【2023.5.5】週刊読書人note.

 永富真梨、忠聡太、日高良祐編
 『クリティカル・ワード ポピュラー音楽』

 文化を論じる際に〝政治的〟な考え方やイデオロギーを持ち込むな。そのような声を本邦では時々耳にする。とくに大衆に属する文化ほど、こうした意見が囁かれやすいだろう。しかし、日常と密接につながっているポピュラーカルチャーだからこそ、むしろイデオロギーや社会構造が強く関わっている。そのことに気づかせてくれるのが、ポピュラー音楽をテーマとした本書である。

 本書は、ジェンダー、人種、コロニアリズム/ポストコロニアリズムなど28のキーワードや事例をあげて、ポピュラー音楽研究の基礎から最前線までをわかりやすく読者に示してくれる。社会に関するさまざまな問題を、ポピュラー音楽を通してどのように考えるのか。それを教えてくれる良き入門書となっている。

 第1部では基礎編として、8つのキーワードをとりあげ、ポピュラー音楽の政治性を解説する。第2部の事例編は、第1部で提示された概念を、考察の手段としていかに用いることができるのかを紹介したものだ。ここで扱われるのは、ポピュラー音楽研究の中でも、比較的蓄積の多いトピックである。第3部拡張編は、ポピュラー音楽とは一見、無関係に見える研究との交差点を探るものだ。近年の音楽文化を領域横断的に語るうえで欠かせないキーワードを扱った短い論考が掲載されている。

 本書を読めば、ポピュラー音楽の聴き方/見方もきっと変わってくるであろう。自身が興味・関心を抱いたトピックからポピュラー音楽を見つめなおすことで、新たな発見をするといった楽しみ方もできるに違いない。 読んで終わるだけでなく次なるステップアップを望む人にとっての心強い入門書にもなっている。自分の好きな作品を分析し、知的生産を行おうとする際、本書で取り上げられているキーワードや概念を確認することは、その手助けとなってくれるはずだ。(四六判・二六四頁・二四二〇円・フィルムアート社)
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 金原瑞人編集・発行/三辺律子編集
 『BOOKMARK 20』

 海外文学、翻訳作品を熱く紹介する小冊子「BOOKMARK(ブックマーク)」が20号で終幕。最後の特集は満を持しての「詩」。巻頭エッセイも含め17の、詩集、詩で綴る物語、詩についての物語、ラップやロックに込められた反骨、生命……が訳者によって紹介される。斉藤倫による巻頭エッセイは、「暇しかないころに、辞書をひきながら、洋楽の歌詞をひたすら訳していた」「「詞」から「詩」が現れる、錬金術みたいな瞬間に、謎の気もちよさをかんじていた」との言葉が心に残る。(CDケースサイズ・二四頁・free)
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 第二回「ゴンクール賞日本2023」
 受賞作発表式

 「第二回ゴンクール賞日本2023 日本の学生が選ぶゴンクール賞」受賞作発表式が3月29日、東京・港区のフランス大使公邸で開かれた。本賞は、フランスのゴンクール・アカデミーが選考した作品を学生が読み、独自の作品に賞を与えるものである。全国を五つの地区ブロックに分け、それぞれの地域ごとに審査を行い、地区の代表者によるディベートを経て受賞作が決定される。今回は、クロエ・コルマン『姉妹のように』が選ばれた。

 在日フランス大使館のニコラ・ティリエ公使の挨拶、ゴンクール賞日本委員会の澤田直氏(立教大学教授)、第二回ゴンクール賞日本後見人の作家・平野啓一郎氏とクララ・デュポン=モノ氏(第一回ゴンクール賞日本受賞作家)のスピーチの後、学生を代表して、松尾晋太郎氏(九州大学)は、授賞理由を次のように述べた。

 「私たちは、クロエ・コルマン『姉妹のように』を、今年度のゴンクール賞日本に選びました。この作品は日本人にとって親しみがあるとは言えない、ユダヤ人の強制収容所を主題としています。それについてはすでに多くの小説や映画があります。この作品を選んだ理由は、知識としては知っている歴史の重要な問題を、小説の形で読むことによって、この歴史の悲劇が過去のものではなく、現在につながることがひしひしと感じられたためです。特に冒頭から作品世界に引き入れられる文章力、語り手が被害にあったユダヤ人の少女たちを想像しながら、過去を調査する点に感動しました。この小説を通して、現在ウクライナで起こっている戦争の状況も、私たちにとって決して人ごとではないことがわかります。ぜひ多くの日本人にこの作品を知ってほしいと思います」。