【2023.5.26】週刊読書人note.
四方田犬彦著
『志願兵の肖像』
あなたは知っているだろうか。いや、現代日本は記憶しているだろうか。かつて日本軍兵士には、朝鮮人や台湾人をはじめとした植民地の人々が、「志願兵」として参加していたことを。日中戦争が始まり、植民地に対する「皇民化」政策が推し進められる時代。徴兵制の対象外であった朝鮮人が「志願兵」に応募していく姿を描く映画作品が登場した。本書は朝鮮映画史を振り返りながら、「志願兵」に応募した青年たちの抱える植民地下で生きることの複雑さや切実さに切り込んでいくものである。
映画史家にして評論家である四方田犬彦が、聞き手に黒川創、弓井知子、瀧口夕美、北沢街子を迎えて講義の形をとることで、「志願兵」映画の世界をわかりやすく解説してくれる。さらに、四方田によって適時、朝鮮映画に関する先行研究が紹介されるのもありがたい。この講義を手掛かりに、朝鮮映画研究の世界に手を伸ばしてみるのもいいだろう。
また、本書は日本映画界の戦争・侵略責任にまで言及するほか、戦後の日本映画が植民地出身の「日本軍兵士」をどのように捉えようとしていたのかまで踏み込んでいく。歴史との向き合い方を考えることのできる一書。※本書の購入は郵便払込による直接購入のみ。(四六判・176頁・2640円・編集グループSURE)
映画史家にして評論家である四方田犬彦が、聞き手に黒川創、弓井知子、瀧口夕美、北沢街子を迎えて講義の形をとることで、「志願兵」映画の世界をわかりやすく解説してくれる。さらに、四方田によって適時、朝鮮映画に関する先行研究が紹介されるのもありがたい。この講義を手掛かりに、朝鮮映画研究の世界に手を伸ばしてみるのもいいだろう。
また、本書は日本映画界の戦争・侵略責任にまで言及するほか、戦後の日本映画が植民地出身の「日本軍兵士」をどのように捉えようとしていたのかまで踏み込んでいく。歴史との向き合い方を考えることのできる一書。※本書の購入は郵便払込による直接購入のみ。(四六判・176頁・2640円・編集グループSURE)
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清水美穂子著
『月の本棚 under the new moon』
「掬った水に映したり、夜の向こうに目を凝らしたり。 月を眺めるように、わたしは本を読んだ。」
エピグラフ通り、本書では文筆家である著者が「月を眺めるように」読んできた、五八冊本のことが綴られる。
著者は本を読むという行為を「遠い旅」「冒険」と表現する。あるいは、「別の人生を生きる体験」なのだ、と。『アップルと月の光とテイラーの選択』『テヘランでロリータを読む』『雑貨の終わり』『華氏451度』『使者と果実』……いくつもの世界を旅しながら、著者はその時々に感じたことを記していく。美しく、静かな言葉で。
さらに本書は、装幀も素敵だ。そばに置いて、ふとした時に開きたくなる読書エッセイである。(B6変・288頁・2420円・書肆梓)
エピグラフ通り、本書では文筆家である著者が「月を眺めるように」読んできた、五八冊本のことが綴られる。
著者は本を読むという行為を「遠い旅」「冒険」と表現する。あるいは、「別の人生を生きる体験」なのだ、と。『アップルと月の光とテイラーの選択』『テヘランでロリータを読む』『雑貨の終わり』『華氏451度』『使者と果実』……いくつもの世界を旅しながら、著者はその時々に感じたことを記していく。美しく、静かな言葉で。
さらに本書は、装幀も素敵だ。そばに置いて、ふとした時に開きたくなる読書エッセイである。(B6変・288頁・2420円・書肆梓)
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加賀乙彦顕彰特別文学賞
受賞・四方田犬彦『戒厳』
加賀乙彦顕彰特別文学賞(加賀氏の死去により今回より名称変更)の第三回受賞作が、四方田犬彦『戒厳』(講談社)に決まった。「加賀乙彦・文学の会」のメンバーが候補作を選定し、選考委員は、第一回・第二回受賞者である岳真也、三田誠広、藤沢周の三氏。満場一致での受賞となった。
三田氏は、「候補作を一読して、この作品以外ないと思いました。いわゆる私小説と言えるかもしれませんが、舞台となるのは一九七九年。主人公が大学院を卒業し、日本語教師として渡った、当時の韓国は軍事政権で、やがて大統領の暗殺が起こり、戒厳令が敷かれる事態となる。非常にシビアな状況におかれたわけです。そこで、自分より年上で、軍隊経験がある教え子たちと交流する。センチメンタルなところは全くなく、一人の人間が世界の大きな動きの中に投げ込まれ、危機と直面するところに、文学のすごさが感じられる作品です。加賀乙彦の作品もまさに、世界と一人の人間がさしで勝負するといったものですが、その精神にふさわしい作品が、本賞に得られたことを喜びたいと思います」と話した。
藤沢氏は、「圧倒されました。ドキュメンタリーであり私小説であり、また一個の自立した文学でもあります。一人の青年が、ちょっとしたきっかけで韓国という未知の国に飛び込み、翻弄されていくわけです。一九七九年当時の日本は、ニューアカが入ってきて、ノンポリたちが軽やかに戯れて遊ぶというような、結構ルーズな風潮があったのですが、そういうところから、韓国へと入っていく。主人公は、居酒屋で遭遇したサラリーマンの若者の酒の飲み方に、その奥にあるルサンチマンや、韓国の闇を読みとるんです。当然、主人公は大きな違和感を抱えますが、日本と韓国の差異を描き出すという方向には向かわず、違和感という定点がどんどんゆらいでいくんですね。時代や生まれ、政治思想……我々を輪郭づけるものとは何なのか、何を根拠に自分は自分だと思わされているのか、そのようなことまで考えさせられました」と語った。
受賞した四方田氏は「半世紀にわたって小説を書いていらした三人の作家の方々が、私の本を読んでくださったことにまず驚き、感動しました。
ひと言自作について申し上げますと、ここに出てくる主人公と、四方田犬彦は重なっておりません。年齢も名前も違っています。これは私が韓国に滞在していたときに、毎日細かくつけていた日記や、当時の韓国の新聞や号外など保存していたものを元に、細部を確認しながら、書くことができました。ずっと、いつか作品を書いてみようと思っていました。
この小説を一番最初に読んでくださったのは、金石範さんなんです。金石範さんはその時九五歳でしたが、なお「世界」で連載をしていました。そして私の小説についてフィクションとして面白いけれど、何かが足りないと、四時間にわたって、ビールを飲みながら細かく指摘してくださいました。まずきれいな女性が出てこないのが致命的だと。金石範先生の『火山島』には、李香蘭そっくりの謎の美少女が出てきます。四方田くんもそういうのを出さないとだめだと言われました。
私は昨年、自分の人生の中で深く関わってきた二つの街についての物語を刊行することができました。一つはこの『戒厳』のソウル、もう一つは『さらば、ベイルート』として上梓したベイルートです。二冊を刊行することができ、自分に一つけじめがつけられたような気持ちがいたしました。このたびは本当にありがとうございました」と挨拶した。
その後、俳優の石田純一氏が乾杯の音頭をとり、和やかな歓談の夜となった。
三田氏は、「候補作を一読して、この作品以外ないと思いました。いわゆる私小説と言えるかもしれませんが、舞台となるのは一九七九年。主人公が大学院を卒業し、日本語教師として渡った、当時の韓国は軍事政権で、やがて大統領の暗殺が起こり、戒厳令が敷かれる事態となる。非常にシビアな状況におかれたわけです。そこで、自分より年上で、軍隊経験がある教え子たちと交流する。センチメンタルなところは全くなく、一人の人間が世界の大きな動きの中に投げ込まれ、危機と直面するところに、文学のすごさが感じられる作品です。加賀乙彦の作品もまさに、世界と一人の人間がさしで勝負するといったものですが、その精神にふさわしい作品が、本賞に得られたことを喜びたいと思います」と話した。
藤沢氏は、「圧倒されました。ドキュメンタリーであり私小説であり、また一個の自立した文学でもあります。一人の青年が、ちょっとしたきっかけで韓国という未知の国に飛び込み、翻弄されていくわけです。一九七九年当時の日本は、ニューアカが入ってきて、ノンポリたちが軽やかに戯れて遊ぶというような、結構ルーズな風潮があったのですが、そういうところから、韓国へと入っていく。主人公は、居酒屋で遭遇したサラリーマンの若者の酒の飲み方に、その奥にあるルサンチマンや、韓国の闇を読みとるんです。当然、主人公は大きな違和感を抱えますが、日本と韓国の差異を描き出すという方向には向かわず、違和感という定点がどんどんゆらいでいくんですね。時代や生まれ、政治思想……我々を輪郭づけるものとは何なのか、何を根拠に自分は自分だと思わされているのか、そのようなことまで考えさせられました」と語った。
受賞した四方田氏は「半世紀にわたって小説を書いていらした三人の作家の方々が、私の本を読んでくださったことにまず驚き、感動しました。
ひと言自作について申し上げますと、ここに出てくる主人公と、四方田犬彦は重なっておりません。年齢も名前も違っています。これは私が韓国に滞在していたときに、毎日細かくつけていた日記や、当時の韓国の新聞や号外など保存していたものを元に、細部を確認しながら、書くことができました。ずっと、いつか作品を書いてみようと思っていました。
この小説を一番最初に読んでくださったのは、金石範さんなんです。金石範さんはその時九五歳でしたが、なお「世界」で連載をしていました。そして私の小説についてフィクションとして面白いけれど、何かが足りないと、四時間にわたって、ビールを飲みながら細かく指摘してくださいました。まずきれいな女性が出てこないのが致命的だと。金石範先生の『火山島』には、李香蘭そっくりの謎の美少女が出てきます。四方田くんもそういうのを出さないとだめだと言われました。
私は昨年、自分の人生の中で深く関わってきた二つの街についての物語を刊行することができました。一つはこの『戒厳』のソウル、もう一つは『さらば、ベイルート』として上梓したベイルートです。二冊を刊行することができ、自分に一つけじめがつけられたような気持ちがいたしました。このたびは本当にありがとうございました」と挨拶した。
その後、俳優の石田純一氏が乾杯の音頭をとり、和やかな歓談の夜となった。