【2023.6.30】週刊読書人note.
山下澄人著
『おれに聞くの? 異端文学者による人生相談』
本書には、コミュニケーションサービスム「Mond(モンド)」に掲載された問答八五本が収録されている。回答者は二〇一七年に『しんせかい』で芥川賞を受賞した作家・山下澄人氏。副題に「人生相談」とあるが、山下氏はまえがきでこう述べる。「人生とやらのまだ途中であるわたしに他人の「人生」の相談に乗れるはずがない」。「もしかしたらそこらの猫にでも聞くように相談者は尋ねるのかもしれない。だから引き受けた」。
質問は実に多様だ。「人間が生きる意味とは」のような大きなものから、「苦しい日々の生活から逃げたい」といった切実なもの、中には「山下さんの小説を読むと眠くなりますが、また読みたくなります」という内容もある。種々様々な問いに、山下氏は一つ一つ答えていく。その内容はぜひ、本書で確認してほしい。自分が抱えている悩みと、それに対して求めている言葉が、この本には記されている。(四六判・192頁・1980円・平凡社)
質問は実に多様だ。「人間が生きる意味とは」のような大きなものから、「苦しい日々の生活から逃げたい」といった切実なもの、中には「山下さんの小説を読むと眠くなりますが、また読みたくなります」という内容もある。種々様々な問いに、山下氏は一つ一つ答えていく。その内容はぜひ、本書で確認してほしい。自分が抱えている悩みと、それに対して求めている言葉が、この本には記されている。(四六判・192頁・1980円・平凡社)
=======================
『戦国の城攻めと忍び 北条・上杉・豊臣の攻防』
山吹ゆかし 道灌の 昔を偲ぶ 花の色
これは、「岩槻市民の歌」のなかにある一節である。戦国時代初期の名家宰太田道灌が、埼玉県は岩槻に城を築いたとされることにちなんでいるのだろう。いまではのどかな岩槻も、戦国時代にあっては上杉氏と北条氏による争いが繰り返される土地であった。関東には一見、観光地と程遠いと思える土地であっても、戦国史から見れば重要な場所であったということも多い。
本書は、そんな「岩付城」も含めた戦国時代の関東で、「忍び」が城攻めの際にどのような役割を担っていたのかにスポットライトを当てたものとなっている。それは決して、後世のフィクションで描かれるようなニンジャ像を対象とするものではない。確かな一次史料や出土品から忍びの実相に迫っていく研究となっている。本研究から見えてきた例を少し挙げてみよう。本書によれば、「忍び」とは夜間における潜入・乗っ取り・放火などの戦術を行う役についた部隊や呼称でもあった。それだけでなく、「忍び」という存在からは架橋や普請といった特殊工作を得意とする職能集団としての一面まで見られる。史料によれば、足軽や商人の身分で、忍びが徴用されていたという。「忍び」と一口に言っても、伏兵戦や情報戦に携わるスパイ的集団にとどまることのない、多様な忍びの姿が浮かび上がってくる。本年の大河ドラマは徳川家康が主人公である。「忍者」服部半蔵も登場する。ドラマの裏では、本書が紹介するような多様な「忍び」たちが「暗躍」していたかもしれない。(戦国の忍びを考える実行委員会・埼玉県立嵐山史跡の博物館編)(A5判・256頁・2200円・吉川弘文館)
これは、「岩槻市民の歌」のなかにある一節である。戦国時代初期の名家宰太田道灌が、埼玉県は岩槻に城を築いたとされることにちなんでいるのだろう。いまではのどかな岩槻も、戦国時代にあっては上杉氏と北条氏による争いが繰り返される土地であった。関東には一見、観光地と程遠いと思える土地であっても、戦国史から見れば重要な場所であったということも多い。
本書は、そんな「岩付城」も含めた戦国時代の関東で、「忍び」が城攻めの際にどのような役割を担っていたのかにスポットライトを当てたものとなっている。それは決して、後世のフィクションで描かれるようなニンジャ像を対象とするものではない。確かな一次史料や出土品から忍びの実相に迫っていく研究となっている。本研究から見えてきた例を少し挙げてみよう。本書によれば、「忍び」とは夜間における潜入・乗っ取り・放火などの戦術を行う役についた部隊や呼称でもあった。それだけでなく、「忍び」という存在からは架橋や普請といった特殊工作を得意とする職能集団としての一面まで見られる。史料によれば、足軽や商人の身分で、忍びが徴用されていたという。「忍び」と一口に言っても、伏兵戦や情報戦に携わるスパイ的集団にとどまることのない、多様な忍びの姿が浮かび上がってくる。本年の大河ドラマは徳川家康が主人公である。「忍者」服部半蔵も登場する。ドラマの裏では、本書が紹介するような多様な「忍び」たちが「暗躍」していたかもしれない。(戦国の忍びを考える実行委員会・埼玉県立嵐山史跡の博物館編)(A5判・256頁・2200円・吉川弘文館)
=======================
第54回大宅壮一ノンフィクション賞(受賞・伊澤理江『黒い海』)
第30回松本清張賞(受賞・森バジル「ノウイットオール」)贈賞式
6月21日、東京會舘で第54回大宅壮一ノンフィクション賞と第30回松本清張賞の贈賞式が行われた。今回の大宅壮一ノンフィクション賞は伊澤理江著『黒い海 船は突然、深海へ消えた』(講談社)、松本清張賞は森バジル著「ノウイットオール あなただけが知っている」に贈られた。
まず大宅賞の選考委員を代表して後藤正治氏は選考会の際に選考委員全員が丸をつけて受賞を決めたことを報告し、「海難事故を扱った作品です。伊澤さんは生存者、関係者、海に詳しい専門家に会いに行って、真相に肉薄していく。人に会うために何度も手紙を書いて会っているし、海外の様々な文献にまで目を通している。小さな事実を自分の中で積み上げて真相に迫る、まさにノンフィクションの王道を行く作品です。また登場人物の人間の魅力もクリアに書かれている点においても感銘を受けました。この本を読んで、久しぶりに鎮魂の書という言葉を思い浮かべました」と選評を述べた。
受賞者の伊澤氏は「いまから15年前の6月23日に漁船の第58寿和丸は千葉県沖で沈没しました。海に消えた17人の命。「原因は波」という国の事故調査に異を唱えた人たちは軽んじられ、圧力によって排除され、そういう人たちの言葉はやがて埋もれていきました。強い者の大きい声はよく通る。一方でこちらから会って話を聞かないと表に出てこない小さな声。そうしたものにこそ伝えるべき大切なものがあると思っています。この作品には理不尽にただ耐え忍び、怒りや悲しみや悔しさを押し殺しながら生きていかなければいけない人たちが何人も登場します。そうした社会から見えない人たちの存在、思い、理不尽さ、逃れようのない絶望の最中にあっても何とか前を向いて生きて行こうとする人間の尊さを私はこの作品で描きたいと思いました」。
続いて松本賞の選考委員を代表して、阿部智里氏は「受賞作は非常に変則的な作品です。第1章・推理小説、第2章・青春小説、第3章・科学小説、第4章・幻想小説、第5章・恋愛小説と五つの違ったジャンルを連ねることによって一つの物語をつくる。これはやろうと思ってもなかなか出来ない非常に難しい構成です。そのジャンルごとのお約束を踏襲しなければならないので一つひとつに難しさがあるのは当然ですが、それ以上に難しいのはそれによってどんなテーマを回収するかです。受賞作品はそれがちゃんとできていて、しかも読んだ時に、こんなやり方があったのかとびっくりしました」と興奮気味に作品の魅力を語り、「強い気持ちを持って書かれている方だと感じました。それは作品を読んでいて、「これで落とせるものなら落としてみろ」という声が聞こえた気がしたからです。この方だったら、今後我々が想像もつかないようなすごい話を書いてくれるのではないかと、私は作品を評価すると同時に森さんのことを応援したい。小説を読んでこなかった人たちが、「こんなに面白いんだ、小説って」と気づかせてくれるような作品を書いてくれることを期待しています」と選評を締めくくった。
これを受けて森氏は「素敵すぎる講評で、後程書き起こしをいただきたい」と会場の笑いを誘い、「これまでは好き勝手に書いてきましたが、これからは指針を決めて活動をしていこうと受賞の知らせを聞いてから考えていました。自分の作品を読んだ後に、読み手の方が「自分も小説を書いてみたい」と思ってもらえるような作品を書いていきたい。たくさんの人に読んでもらうだけではなく、どれだけ深く読んで、どれだけその人の心を刺すことができたのかを念頭において、自分の作品に問いながら活動したいと思います。自分も十代の頃にたくさんの本を読んで心を動かされ、自分も書きたいと思って書き続けたからこそここに立てています。バトンという形で自分の作品が若い読者に繫がってくれたらこんなに幸せなことはありません」と喜びを交え決意表明した。
まず大宅賞の選考委員を代表して後藤正治氏は選考会の際に選考委員全員が丸をつけて受賞を決めたことを報告し、「海難事故を扱った作品です。伊澤さんは生存者、関係者、海に詳しい専門家に会いに行って、真相に肉薄していく。人に会うために何度も手紙を書いて会っているし、海外の様々な文献にまで目を通している。小さな事実を自分の中で積み上げて真相に迫る、まさにノンフィクションの王道を行く作品です。また登場人物の人間の魅力もクリアに書かれている点においても感銘を受けました。この本を読んで、久しぶりに鎮魂の書という言葉を思い浮かべました」と選評を述べた。
受賞者の伊澤氏は「いまから15年前の6月23日に漁船の第58寿和丸は千葉県沖で沈没しました。海に消えた17人の命。「原因は波」という国の事故調査に異を唱えた人たちは軽んじられ、圧力によって排除され、そういう人たちの言葉はやがて埋もれていきました。強い者の大きい声はよく通る。一方でこちらから会って話を聞かないと表に出てこない小さな声。そうしたものにこそ伝えるべき大切なものがあると思っています。この作品には理不尽にただ耐え忍び、怒りや悲しみや悔しさを押し殺しながら生きていかなければいけない人たちが何人も登場します。そうした社会から見えない人たちの存在、思い、理不尽さ、逃れようのない絶望の最中にあっても何とか前を向いて生きて行こうとする人間の尊さを私はこの作品で描きたいと思いました」。
続いて松本賞の選考委員を代表して、阿部智里氏は「受賞作は非常に変則的な作品です。第1章・推理小説、第2章・青春小説、第3章・科学小説、第4章・幻想小説、第5章・恋愛小説と五つの違ったジャンルを連ねることによって一つの物語をつくる。これはやろうと思ってもなかなか出来ない非常に難しい構成です。そのジャンルごとのお約束を踏襲しなければならないので一つひとつに難しさがあるのは当然ですが、それ以上に難しいのはそれによってどんなテーマを回収するかです。受賞作品はそれがちゃんとできていて、しかも読んだ時に、こんなやり方があったのかとびっくりしました」と興奮気味に作品の魅力を語り、「強い気持ちを持って書かれている方だと感じました。それは作品を読んでいて、「これで落とせるものなら落としてみろ」という声が聞こえた気がしたからです。この方だったら、今後我々が想像もつかないようなすごい話を書いてくれるのではないかと、私は作品を評価すると同時に森さんのことを応援したい。小説を読んでこなかった人たちが、「こんなに面白いんだ、小説って」と気づかせてくれるような作品を書いてくれることを期待しています」と選評を締めくくった。
これを受けて森氏は「素敵すぎる講評で、後程書き起こしをいただきたい」と会場の笑いを誘い、「これまでは好き勝手に書いてきましたが、これからは指針を決めて活動をしていこうと受賞の知らせを聞いてから考えていました。自分の作品を読んだ後に、読み手の方が「自分も小説を書いてみたい」と思ってもらえるような作品を書いていきたい。たくさんの人に読んでもらうだけではなく、どれだけ深く読んで、どれだけその人の心を刺すことができたのかを念頭において、自分の作品に問いながら活動したいと思います。自分も十代の頃にたくさんの本を読んで心を動かされ、自分も書きたいと思って書き続けたからこそここに立てています。バトンという形で自分の作品が若い読者に繫がってくれたらこんなに幸せなことはありません」と喜びを交え決意表明した。
=======================
第39回太宰治賞 贈呈式
受賞・西村亨「自分以外全員他人」
第39回太宰治賞の贈呈式が6月16日開催された。応募1246篇中/最終候補4篇(北野解「コスメティック・エディション」/西井貴恒「魚の名前は0120」/村雲菜月「肖像のすみか」/西村亨「自分以外全員他人」)から受賞作に選ばれたのは、西村亨さんの「自分以外全員他人」。選考委員は、荒川洋治、奥泉光、中島京子、津村記久子の4氏。
津村氏は選評で「受賞作は主人公と母親の距離感が秀逸で、主人公と母親の関係は暴力とか虐待のような目に見えるものでないけれど、誰かの子であるということの普遍的な苦しみみたいなものがあるのではないか。作品はコロナ禍以降の個人の実感を面白く詳らかにしている現代性もありながら、好感の持てない人物である義父への悲しい共感みたいなものが通底にあって、その基盤にある人間性みたいなものを上手に切り出してみせるということが作者への信頼につながったのではないか」と述べた。
受賞者の西村氏は、「今年3月の初め頃まで春になったら自転車で旅に出てどこか適当な場所で野垂れ死のうと本気で考えていたので、ここに立っているのが不思議な気がする。昔からずっと早く死にたいと思いながら生きてきたが最終候補の連絡をいただいてから、毎日がとても充実していてこういう時間をもっとたくさん味わえたら生きるのもそんなに悪くないと考えているうちに、いつのまにか死ぬ気も労働意欲も完全に失ってしまった(笑)。受賞の知らせを受けたときは喜びよりも安堵の方が強くて嬉しいというより助かったという思いだった。18歳の頃に初めて『人間失格』を読んたときの衝撃は今でもはっきりと覚えている。太宰治という人がその昔自分の恥をさらけだしてくれたから今の自分はある。人とうまく関われなくても世間に受け入れられなくても一人じゃないという思いが自分をここまで歩かせてくれた。いくつになっても生きるのが下手で、何もうまくできなくて、でもだからこそそれが誰かの心の支えになることがあることを身をもって知っているつもりでもある。その気持ちを忘れずに書いていきたい」と実感を込めて語った。
津村氏は選評で「受賞作は主人公と母親の距離感が秀逸で、主人公と母親の関係は暴力とか虐待のような目に見えるものでないけれど、誰かの子であるということの普遍的な苦しみみたいなものがあるのではないか。作品はコロナ禍以降の個人の実感を面白く詳らかにしている現代性もありながら、好感の持てない人物である義父への悲しい共感みたいなものが通底にあって、その基盤にある人間性みたいなものを上手に切り出してみせるということが作者への信頼につながったのではないか」と述べた。
受賞者の西村氏は、「今年3月の初め頃まで春になったら自転車で旅に出てどこか適当な場所で野垂れ死のうと本気で考えていたので、ここに立っているのが不思議な気がする。昔からずっと早く死にたいと思いながら生きてきたが最終候補の連絡をいただいてから、毎日がとても充実していてこういう時間をもっとたくさん味わえたら生きるのもそんなに悪くないと考えているうちに、いつのまにか死ぬ気も労働意欲も完全に失ってしまった(笑)。受賞の知らせを受けたときは喜びよりも安堵の方が強くて嬉しいというより助かったという思いだった。18歳の頃に初めて『人間失格』を読んたときの衝撃は今でもはっきりと覚えている。太宰治という人がその昔自分の恥をさらけだしてくれたから今の自分はある。人とうまく関われなくても世間に受け入れられなくても一人じゃないという思いが自分をここまで歩かせてくれた。いくつになっても生きるのが下手で、何もうまくできなくて、でもだからこそそれが誰かの心の支えになることがあることを身をもって知っているつもりでもある。その気持ちを忘れずに書いていきたい」と実感を込めて語った。