【2023.7.21】週刊読書人note.
井上真偽著『アリアドネの声』
『その可能性はすでに考えた』などの著者による、約三年ぶりの長編である。最新のIT技術を使用し、地下5層にわたってつくられたスマートシティ『WANOKUNI』。街のオープニングセレモニー直後、最大震度6強の巨大地震が発生する。活断層地震であったために、地下都市はほぼ壊滅。その最下層階に、ある女性が取り残されてしまった。彼女の名前は中川博美。「令和のヘレン・ケラー」として知られる博美は、「見えない、聞こえない、話せない」という三つの障がいを持っていた。
崩落と火事、浸水により、救助隊の侵入は不可能。二次災害も時間の問題で、タイムリミットは6時間もない。博美の救出ミッションは、最初から極限状態で始まるのだ。その際、重要な役割を担うのが災害救助用ドローン『アリアドネ』である。ドローンを用い、地下3階の避難シェルターまで博美を誘導する。アリアドネの操縦者・高木ハルオを含む、救助担当のメンバーたちが考案した作戦である。
ただし、目が見えず耳も聞こえない彼女の救出は、一筋縄ではいかない。最下層にいる博美の安否が確認できたとして、そこからどのように彼女を導くのか。予期せぬアクシデント、次々に発生するトラブル、浮かび上がる疑惑に、迫るタイムリミット。手に汗握る展開が続くが、ハルオは諦めない。幼い頃に事故で亡くなった兄の言葉を自身に言い聞かせ、僅かな活路を探す。救出劇の末に待ち受ける真相は、その目で確認してほしい。(四六判・304頁・1760円・幻冬舎)
崩落と火事、浸水により、救助隊の侵入は不可能。二次災害も時間の問題で、タイムリミットは6時間もない。博美の救出ミッションは、最初から極限状態で始まるのだ。その際、重要な役割を担うのが災害救助用ドローン『アリアドネ』である。ドローンを用い、地下3階の避難シェルターまで博美を誘導する。アリアドネの操縦者・高木ハルオを含む、救助担当のメンバーたちが考案した作戦である。
ただし、目が見えず耳も聞こえない彼女の救出は、一筋縄ではいかない。最下層にいる博美の安否が確認できたとして、そこからどのように彼女を導くのか。予期せぬアクシデント、次々に発生するトラブル、浮かび上がる疑惑に、迫るタイムリミット。手に汗握る展開が続くが、ハルオは諦めない。幼い頃に事故で亡くなった兄の言葉を自身に言い聞かせ、僅かな活路を探す。救出劇の末に待ち受ける真相は、その目で確認してほしい。(四六判・304頁・1760円・幻冬舎)
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第40回渋沢・クローデル賞 表彰式・受賞記念講演会レポート
七月七日、東京・日仏会館ホールにて第四〇回渋沢・クローデル賞の表彰式・受賞記念講演会が行われた。今回、奨励賞に西村晶絵著『アンドレ・ジッドとキリスト教 「病」と「悪魔」にみる「悪」の思想的展開』(彩流社)、佐藤香寿実著『承認のライシテとムスリムの場所づくり 「辺境の街」ストラスブールの実践』(人文書院)の二作が受賞。なお本賞の該当作はなしだった。
表彰式では、渋沢・クローデル賞委員会委員長の中地義和氏が審査委員を代表して『アンドレ・ジッドとキリスト教』、『承認のライシテとムスリムの場所づくり』、それぞれの審査結果報告を行った。
まず『アンドレ・ジッドとキリスト教』について、病と悪魔を両輪に据えて、ジッドにおける悪の問題を独特の見解で探り、特にジッド最後の大作『贋金使い』をウィリアム・ブレイク論、ドストエフスキー論を手がかりに精緻に分析した本書の第三部が白眉である、と評した。さらに文章の軽快さ、読みやすさも大きなポイントだったと述べた。
つづいて『承認のライシテとムスリムの場所づくり』は、多元的社会実現とグローバリゼーションの趨勢の中で、フランスの普遍主義であるライシテが抱える難題に風穴を開けるヒントとして、ストラスブールにおける宗教が公共的役割を担うことを積極的に承認するライシテの試みに着目し、現地調査と当事者たちへのインタビューをふんだんに交えながら、報告、考察された第二部を特に評価した。
表彰式では、渋沢・クローデル賞委員会委員長の中地義和氏が審査委員を代表して『アンドレ・ジッドとキリスト教』、『承認のライシテとムスリムの場所づくり』、それぞれの審査結果報告を行った。
まず『アンドレ・ジッドとキリスト教』について、病と悪魔を両輪に据えて、ジッドにおける悪の問題を独特の見解で探り、特にジッド最後の大作『贋金使い』をウィリアム・ブレイク論、ドストエフスキー論を手がかりに精緻に分析した本書の第三部が白眉である、と評した。さらに文章の軽快さ、読みやすさも大きなポイントだったと述べた。
つづいて『承認のライシテとムスリムの場所づくり』は、多元的社会実現とグローバリゼーションの趨勢の中で、フランスの普遍主義であるライシテが抱える難題に風穴を開けるヒントとして、ストラスブールにおける宗教が公共的役割を担うことを積極的に承認するライシテの試みに着目し、現地調査と当事者たちへのインタビューをふんだんに交えながら、報告、考察された第二部を特に評価した。
一方で、二作とも留保点がいくつか挙げられたが、奨励賞にふさわしい成果であることは疑いないと、審査報告を結んだ。
* * *
表彰式後に行われた受賞記念講演会では、まず西村晶絵氏が壇上に上がり、「文学と現代性」と題した講演を行った。
西村氏は冒頭、『アンドレ・ジッドとキリスト教』の執筆に至るまでの経緯として、学部生時代に抱いた宗教と同性愛という二つの関心との出会いを話した。遠藤周作の『沈黙』から衝撃を受け、「なぜ宗教によって人間は不幸になることがあるのに、宗教は存在し続けているのだろうか?」という宗教に対する素朴な疑問。交換留学で訪れたパリで知った同性愛者たちのオープンな文化と社会。そして、オペラ・ガルニエでのバレエ観劇の幕間で隣の座席のマダムに紹介してもらったジッド作品。西村氏は『狭き門』に遠藤周作作品と類似のキリスト教への問題意識を見出し、「ジッドは同性愛を擁護する立場にあったと学んだことを思い出した私は、宗教と同性愛という二つの関心の接合点としてジッドを研究対象に据えたのです」と述べ、後年、大学院生時代に再び留学したパリで出会ったノルダウ『退廃論』から得た「病」というテーマとの出会いが、自身の研究に新たな観点を与えたことも振り返った。
また、次のようにも語る。「私のジッドへの関心は、ジッドという作家その人自身や作品に発しているというよりかは、社会的事象から生じたものであると言えます。だからこそ、私は研究において実社会との関わりをもう一度意識するようになりました。そしてそれは、『文学研究は何の役に立つのか?』という、しばしば文学研究に向けられる批判的眼差しへの抵抗でもあるように思います」。この問題意識の裏付けは、ジッドをはじめとするフランスの作家たちが積極的に社会に参画していたことに由来し、文学は社会との関わりにおいて捉えられるべきだと強調する一方で、地方の大学で教鞭をとった際に、フランス語やフランスの文化を教える難しさに直面した体験も語る。「学生たちにとっての当たり前が、実はほかの国や地域では当たり前ではないのだ、と気がついてもらうきっかけとしてなら、私が研究してきたことも果たせるのではないか」。そう考えた西村氏は、フランスの事例を比較対象とし、日本のローカルの問題や、日本全体の文化や社会を理解するための視点を学生たちに提示したという。
さらに、研究と現代社会とのつながりを、相手にきちんと伝えられなければ意味がないことも指摘する。その観点を得られたのは、PD研究員時代の異なる領域の研究者たちとの共同作業にあったことを振り返った。
そして西村氏は、「研究者の側から、作家や作品をいま読むことの面白さをわかりやすい言葉で語る努力が今後ますます重要となるはずです」と、現代における発信の必要性を述べ、講演の最後に、「現代性というキーワードのもと、文学の魅力を発信していく機会を自ら創設しつつ、結果的に文学研究全体の発展にも寄与する。このような研究者の姿を自らの目標とし、これからより一層の努力を重ねてまいります」と抱負を語った。
* * *
つづいて、佐藤香寿実氏が壇上に上がり、「「これ」と「それ」の狭間にあること――ストラスブールにおけるライシテとイスラーム」と題した講演を行った。
佐藤氏が『承認のライシテとムスリムの場所づくり』を執筆した問題意識にあったのはフランスの憲法原則であるライシテとイスラームをめぐる諸問題、特にイスラームのスカーフに対する規制に関心があったという。
「拙著ではフランスのナショナル・アイデンティティと化したライシテが、しばしば共和国の教条として押し付けられることに対し、ローカルな現場での実践を示すことで、それぞれの地域の歴史、地理、文化、社会的特性に応じたライシテを考える必要性があることと、ライシテがイスラームを含めたあらゆる宗教のつなぎ役となる可能性を提示しようとしました」と語った。
その事例として取り上げたストラスブールというアルザス=モゼル地方の中核都市は、二〇一〇年代以降、ムスリムの統合促進のための様々な施策、大モスクの建設、ムスリム公共墓地の建設、宗教間対話の取り組みが公共政策として積極的に行われてきたことをスライドを見せながら紹介。「ストラスブールでは宗教的な差異を認め、宗教に公的な役割を与える、『承認のライシテ』が実践されてきたと分析しました」と説明した。
現地での調査を進めるなかで佐藤氏は、日本人としてフランス社会に関する研究を行うこと、ノンムスリムとしてムスリムコミュニティに関する研究をすること、この二点で自身が狭間におかれていると感じ、「移民第二世代、第三世代が直面しうるアイデンティティ・クライシスをごく部分的かつ擬似的に体験することとなりました」と回顧した。
自身の狭間の体験を、アルザスという地が経験してきた歴史に重ね、フレデリック・オッフェ『アルザス文化論』(みすず書房)から「アルザスはこれでも、それでもない。アルザスは同時にこれとそれであり、そのうえ、これでもそれでもない何かである。この地方は民族的にはこれで、言語的にはそれであり、風俗的にはこれで、感性的にはそれであり、また心情的にはこれで、精神的にはそれである」という一節を引用。一九世紀以降、仏独間でたびたび行われた帰属変更の経験により、曖昧さを有しつつ独自の確固たる地域アイデンティティが醸成されてきた、と考察する。加えて、歴史的な理由でライシテを基礎づける重要な法律文が適用されず、かわりに存続する公認宗教体制によって宗教的に多元な社会状況を呈してきたと、ストラスブールの特異性を解説し、「このような狭間にあるという場所の経験が、宗教的多元性に開かれた承認のライシテを可能にしているように思います」と述べた。
最後に佐藤氏は自著の反省点として、公権力から承認されない宗派や人びとに対する視点が不十分だった点、ムスリムの中で周縁化されがちな人びとへのアプローチが足りなかった点、ストラスブール以外の様々な地域と比較する必要性を挙げ、これら別の狭間にあることへの視点の重要性を今後の課題として述べ講演を締めくくった。
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横断的な読書環境と社会のアーカイブ―図書館・書店・読者―
日比谷図書文化館 柴野京子氏 講演(レポート)
6月30日(金)、日比谷図書文化館にて「横断的な読書環境と社会のアーカイブ」と題し、柴野京子氏(上智大学文学部新聞学科教授)による講演が行われた。
本講演は、書籍の電子化、プラットフォーム及び流通のデジタル化といった変革が進む状況を概観し、今それぞれに求められていること、互いの役割やありかたを一緒に考えていくというもの。
出版取次会社に勤めたのち大学院に進み、現在は大学で教鞭をとる傍ら、NPO法人本の学校で理事長も務める柴野氏は、冒頭、自身の歩みと共に図書館で出会った本(長谷川一著『出版と知のメディア論』、佐藤健二著『歴史社会学の作法』)が導いてくれた不思議な縁について語った。
「何も知らずに図書館で手にした一冊が私を導いてくれた。(本講演では)これからの書店、図書館、出版社、取次、著者や読者と言われる人たちも含めて、それらを俯瞰したような形で、この読書環境=本が存在している環境がどのようになっているのか、見取り図のようなものを確認していく」として講演がスタートした。
▼書店動向
柴野氏は、近年の書店動向について、全国チェーンのような大型店と小書店という二極化が進んでいるのではないかとして、構造的な観点から次のように語った。
「出版文化産業振興財団(JPIC)の調査では、書店が一つもない「書店ゼロ」の市区町村は全国で26・2%にのぼる。しかし今なぜか書店ブームで、書店の統計の中には出てこない小さな本屋さん、セレクト系書店がたくさん出てきている。学生の研究調査では、2021年までの間に約400弱くらいの本屋さんがリストアップされていた。軒数で見ると、2020年30軒、2021年58軒というように確実に増えていて、コロナになってもあまり減っていない。地域別に見ても全国各地にいろんなタイプの本屋さんが現れてきている」
さらに、NPO法人本の学校で開催された「書店入門講座」では、なんと480名(オンライン含む)が受講したと述べた。
▼インターネットがもたらした構造変化「検索エンジンのない世界は想像できない」/書店の意味変容
ネット書店がリアル書店にどのような影響を与えたか、柴野氏はこのように分析する。
「そもそもインターネット書店というものが、読書環境に何をもたらしたのか。一番大きな要因はサーチエンジンの効果。検索データベースがオープン化されたことで、個人ベースで行うスキームが成り立つようになった。学生のリアクションペーパーの中にも、「検索エンジンのない世界は想像できない」と書いてあって、そこがもうデフォルトになってきている。
もう一つは、ネット上で多様な本の存在が可視化されるようになった(紙版とKindle版、新刊と中古、単行本と文庫など)。本を買うという行為、その交渉が行われる場所が大きく変わった。そこでリアル書店もアマゾンに対抗するために巨大化せざるを得なくなり、2000年代から書店がどんどん巨大化していく。書店自体がデータベース化してアマゾンのビジネスモデルがリアル書店の中にも持ち込まれるようになった。そうなってくると、今度は小さい本屋さんがクローズアップされてくる。一般の読者がデータベースにアクセスすることが可能になり、(リアル書店は)ヒューマンスケールでごくごく限られたものを扱うセレクトショップの意味が出てくる。こういうことが既存の書店が減少し、小書店が増加していることの背景の一つで、それが全体に広がったというふうに見れば今の状況というのは理解しやすいのではないか」
▼図書館と書店
柴野氏は、図書館と出版業界の状況について、「図書館自体も、図書館の利用も増えていく中でそこに民営化というような競争原理も導入される。一方、出版産業は衰退してきて読書環境が変容していく。そうした中でいろいろな問題が顕在化しているという構図がある」として、2000年頃に同時多発的に起きた出版不況、図書館と出版業界の対立の歴史、71年の書協の図書館連絡委員会の設置、再販制度の見直し、TRC設立の経緯など、図書館界と出版業界の前史を振り返った。
「本来図書館はどういうことをやったらいいのか。図書館の存在意義が問われる中で、ビジネス支援、生涯学習支援、地域産業の振興などそれぞれの図書館にあったサービスが開発されて図書館が充実してくると、書店の顧客が流れてしまうということもある。図書館や書店それぞれの状況と、その間に起きている小さなコンフリクトの集積みたいな問題。こういうところからも読み解くことができるのではないか。書店自体も変わってきて、そこで必要となってくるのは、おそらく読者の視点」
▼「読者とは誰か」
柴野氏は学生との議論をきっかけに「読者」という言葉を次のように考えたという。
「ある学生に、「読者」ってどこにいるんですか、と問われた。彼女が言っていることは、私たちはただの人間でしかなくて本に出会った時に読者になる。その読者になる瞬間が何であるのかということを研究したいということだったのだが、そこから示唆されることは大きかった。
一般に言われる読者という言葉は、図書館の中では利用者、あるいは書店では顧客かもしれないが、そのどちらでもありどちらでもないものが読者なのかもしれない。あるいは潜在的な読者というものも世の中にはいて、可視化されていないそういう人も含めて「読者」と呼ぶのが正しいのかもしれない」
▼読者の誕生を促す仕掛け
仮にそれを「読者」と呼んだ場合に、本をめぐる状況はどういうふうに見えてくるのか。
「生活圏内にはいろんな本があって、リアルだけでなく手元のスマートフォンの中にもある。そういうところにどのようにアプローチしていくかを考えることが重要。SNS、ゲーム、リア充、いろんな場面で本と出会う瞬間があって、これが読者の発生になる。どのように読者を誕生させ続けていくか。そこが図書館、書店、出版に関わる人々の仕事になっていく」
▼課題と展望 ―「読書通帳」の事例、地域の人材雇用、「本の国体」―
柴野氏は、岐阜県・海津図書館の「読書通帳」(読書履歴等が印字される)事例を紹介し、「アイデア自体はとても楽しいもの。このわかりやすさを新たな価値や指標で示せないか」として次のように提案した。
「これを経済資本ではなく文化資本のような形で共有したりカウントしたりする工夫、一つの知恵として発想できないか。読者を主体にその実態に基づくような共通ビジョンみたいなものが作れないか。話し合うべきはそういうことで、その中で本に関わる地図を描き直す」
図書館や書店で働く人たちの非正規雇用や低賃金の問題、地域の人材雇用については、「書店さん、図書館さんでは非正規雇用の人たちが安い給料で働いているという実態があって、もし書店と図書館を兼ねる仕事/役割というものを地域の中で担保できれば、それぞれが賃金を出すことによってその人に支払われる賃金として今より高い賃金を支払えるのではないか」として、それを進めていくにあたっては、「実際に関わる人たち、学校や市民をいかに巻き込めるかということが成功の鍵になる」と述べた。
講演の終盤、地域のネットワークを創出し県全体の読書環境を向上させた鳥取県立図書館の例やグローカルな発想の一例として「ブックインとっとり'87 日本の出版文化展」(通称「本の国体」)を紹介し、次のように締めくくった。
「この「本の国体」の後、1995年から開催された本の学校大山緑陰シンポジウムでは、いろんなアクターが集まって本の環境を議論した。そのキャッチフレーズは、「地域から描く21世紀への出版ビジョン」というものだった。私たちもこのような共通キャッチに基づく議論、新しい地図みたいなものを描いていかなければいけないし、そこには横断的な視点というのが必要になってくる」(おわり)
本講演は、書籍の電子化、プラットフォーム及び流通のデジタル化といった変革が進む状況を概観し、今それぞれに求められていること、互いの役割やありかたを一緒に考えていくというもの。
出版取次会社に勤めたのち大学院に進み、現在は大学で教鞭をとる傍ら、NPO法人本の学校で理事長も務める柴野氏は、冒頭、自身の歩みと共に図書館で出会った本(長谷川一著『出版と知のメディア論』、佐藤健二著『歴史社会学の作法』)が導いてくれた不思議な縁について語った。
「何も知らずに図書館で手にした一冊が私を導いてくれた。(本講演では)これからの書店、図書館、出版社、取次、著者や読者と言われる人たちも含めて、それらを俯瞰したような形で、この読書環境=本が存在している環境がどのようになっているのか、見取り図のようなものを確認していく」として講演がスタートした。
▼書店動向
柴野氏は、近年の書店動向について、全国チェーンのような大型店と小書店という二極化が進んでいるのではないかとして、構造的な観点から次のように語った。
「出版文化産業振興財団(JPIC)の調査では、書店が一つもない「書店ゼロ」の市区町村は全国で26・2%にのぼる。しかし今なぜか書店ブームで、書店の統計の中には出てこない小さな本屋さん、セレクト系書店がたくさん出てきている。学生の研究調査では、2021年までの間に約400弱くらいの本屋さんがリストアップされていた。軒数で見ると、2020年30軒、2021年58軒というように確実に増えていて、コロナになってもあまり減っていない。地域別に見ても全国各地にいろんなタイプの本屋さんが現れてきている」
さらに、NPO法人本の学校で開催された「書店入門講座」では、なんと480名(オンライン含む)が受講したと述べた。
▼インターネットがもたらした構造変化「検索エンジンのない世界は想像できない」/書店の意味変容
ネット書店がリアル書店にどのような影響を与えたか、柴野氏はこのように分析する。
「そもそもインターネット書店というものが、読書環境に何をもたらしたのか。一番大きな要因はサーチエンジンの効果。検索データベースがオープン化されたことで、個人ベースで行うスキームが成り立つようになった。学生のリアクションペーパーの中にも、「検索エンジンのない世界は想像できない」と書いてあって、そこがもうデフォルトになってきている。
もう一つは、ネット上で多様な本の存在が可視化されるようになった(紙版とKindle版、新刊と中古、単行本と文庫など)。本を買うという行為、その交渉が行われる場所が大きく変わった。そこでリアル書店もアマゾンに対抗するために巨大化せざるを得なくなり、2000年代から書店がどんどん巨大化していく。書店自体がデータベース化してアマゾンのビジネスモデルがリアル書店の中にも持ち込まれるようになった。そうなってくると、今度は小さい本屋さんがクローズアップされてくる。一般の読者がデータベースにアクセスすることが可能になり、(リアル書店は)ヒューマンスケールでごくごく限られたものを扱うセレクトショップの意味が出てくる。こういうことが既存の書店が減少し、小書店が増加していることの背景の一つで、それが全体に広がったというふうに見れば今の状況というのは理解しやすいのではないか」
▼図書館と書店
柴野氏は、図書館と出版業界の状況について、「図書館自体も、図書館の利用も増えていく中でそこに民営化というような競争原理も導入される。一方、出版産業は衰退してきて読書環境が変容していく。そうした中でいろいろな問題が顕在化しているという構図がある」として、2000年頃に同時多発的に起きた出版不況、図書館と出版業界の対立の歴史、71年の書協の図書館連絡委員会の設置、再販制度の見直し、TRC設立の経緯など、図書館界と出版業界の前史を振り返った。
「本来図書館はどういうことをやったらいいのか。図書館の存在意義が問われる中で、ビジネス支援、生涯学習支援、地域産業の振興などそれぞれの図書館にあったサービスが開発されて図書館が充実してくると、書店の顧客が流れてしまうということもある。図書館や書店それぞれの状況と、その間に起きている小さなコンフリクトの集積みたいな問題。こういうところからも読み解くことができるのではないか。書店自体も変わってきて、そこで必要となってくるのは、おそらく読者の視点」
▼「読者とは誰か」
柴野氏は学生との議論をきっかけに「読者」という言葉を次のように考えたという。
「ある学生に、「読者」ってどこにいるんですか、と問われた。彼女が言っていることは、私たちはただの人間でしかなくて本に出会った時に読者になる。その読者になる瞬間が何であるのかということを研究したいということだったのだが、そこから示唆されることは大きかった。
一般に言われる読者という言葉は、図書館の中では利用者、あるいは書店では顧客かもしれないが、そのどちらでもありどちらでもないものが読者なのかもしれない。あるいは潜在的な読者というものも世の中にはいて、可視化されていないそういう人も含めて「読者」と呼ぶのが正しいのかもしれない」
▼読者の誕生を促す仕掛け
仮にそれを「読者」と呼んだ場合に、本をめぐる状況はどういうふうに見えてくるのか。
「生活圏内にはいろんな本があって、リアルだけでなく手元のスマートフォンの中にもある。そういうところにどのようにアプローチしていくかを考えることが重要。SNS、ゲーム、リア充、いろんな場面で本と出会う瞬間があって、これが読者の発生になる。どのように読者を誕生させ続けていくか。そこが図書館、書店、出版に関わる人々の仕事になっていく」
▼課題と展望 ―「読書通帳」の事例、地域の人材雇用、「本の国体」―
柴野氏は、岐阜県・海津図書館の「読書通帳」(読書履歴等が印字される)事例を紹介し、「アイデア自体はとても楽しいもの。このわかりやすさを新たな価値や指標で示せないか」として次のように提案した。
「これを経済資本ではなく文化資本のような形で共有したりカウントしたりする工夫、一つの知恵として発想できないか。読者を主体にその実態に基づくような共通ビジョンみたいなものが作れないか。話し合うべきはそういうことで、その中で本に関わる地図を描き直す」
図書館や書店で働く人たちの非正規雇用や低賃金の問題、地域の人材雇用については、「書店さん、図書館さんでは非正規雇用の人たちが安い給料で働いているという実態があって、もし書店と図書館を兼ねる仕事/役割というものを地域の中で担保できれば、それぞれが賃金を出すことによってその人に支払われる賃金として今より高い賃金を支払えるのではないか」として、それを進めていくにあたっては、「実際に関わる人たち、学校や市民をいかに巻き込めるかということが成功の鍵になる」と述べた。
講演の終盤、地域のネットワークを創出し県全体の読書環境を向上させた鳥取県立図書館の例やグローカルな発想の一例として「ブックインとっとり'87 日本の出版文化展」(通称「本の国体」)を紹介し、次のように締めくくった。
「この「本の国体」の後、1995年から開催された本の学校大山緑陰シンポジウムでは、いろんなアクターが集まって本の環境を議論した。そのキャッチフレーズは、「地域から描く21世紀への出版ビジョン」というものだった。私たちもこのような共通キャッチに基づく議論、新しい地図みたいなものを描いていかなければいけないし、そこには横断的な視点というのが必要になってくる」(おわり)
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第4回日本写真絵本大賞 授賞式
7月1日、東京都千代田区の学士会館に於いて第4回日本写真絵本大賞の授賞式が行われた。今回、金賞に『ビッキーのみる夢』(三浦ガク、三浦綾子)、銀賞に『空を飛ぶ』(青木勝、青木由紀子)、ポエム賞に『拝啓 ふるさとより』(三浦孝裕)、審査員特別賞に『お花畑のキツネ達』(maruko.0429)、毎日小学生新聞賞に『モグーは郵便パイロット』(大畑俊男、まつもと俊介)がそれぞれ選ばれた。
金賞を受賞した三浦氏は、20代の頃に新聞社でスポーツカメラマンとして活動し、「1997年に諫早湾の干拓事業が始まった時に、泥の中をムツゴロウが力いっぱい飛んでいる写真が新聞に載りました。僕はそれを見て、自分が今まで知っていた世界と違う動物の世界があって、そこに介入している人間の罪深さを考えさせられました」とネイチャーカメラマンという仕事に興味を持ち始め、モリアオガエルを撮影するようになった経緯を話した。
モリアオガエルは福島・川内村と岩手・八幡平市で天然記念物に指定されており、また自身が神奈川から移住して関わっている八幡平市の観光協会の仕事と結びつけながら、「モリアオガエルは水と深い森がないと生きていけません。僕はその環境が観光に対する武器になると思って、自分でビッキーというモリアオガエルのキャラクターを作って、ビッキーが八幡平をPRするということで孤軍奮闘をしています。モリアオガエルは木の上で暮らして、産卵する時だけ水辺に降りてきます。白い卵を木に植え付けるのですが、その光景は神秘的です。その貴重な生き物をこれからも皆さんに知ってもらいたい。写真を見るのも大事ですが、来てください。自分で来て、その土地の匂いを嗅ぎ、その土地の光景を目にすることはすごく大事なことだと思います」と語った。
授賞式当日は愛犬の介護のために欠席した、妻・綾子氏の「年老いた愛犬は眠っている時だけは、子どもの頃のように活発に足を動かして楽しく遊ぶ夢を見ているようです。そんな姿から、冬ごもりをしているカエルたちを連想して『ビッキーのみる夢』というお話を作りました。長年児童に関わる仕事をしており、子どもたちに読み聞かせをする機会が多いのですが、自身で書いたお話を読み聞かせできると思うと今から子どもたちの反応が楽しみであり、幸せを感じています」とコメントを代読し、受賞を喜んだ。
本作は大空出版より写真絵本として2023年末に出版予定。
また都内2か所で、第4回「日本写真絵本大賞」応募作品のなかから受賞作を含む最終ノミネート15作品を中心にした『大空出版「写真絵本の世界」展』が開催される。
▽会場/ポートレートギャラリー(新宿区四谷1―7―12日本写真会館5階)▽会期:(開催中)~7月26日▽開館時間:平日10時~18時・土日祝11時~18時▽入場無料
▽会場/ティールーム花(千代田区一ツ橋1―1―1パレスサイドビル1階)▽会期:8月3日~8月31日▽開館時間:平日8時~18時30分・土9時~15時・日祝休み ▽入場無料
金賞を受賞した三浦氏は、20代の頃に新聞社でスポーツカメラマンとして活動し、「1997年に諫早湾の干拓事業が始まった時に、泥の中をムツゴロウが力いっぱい飛んでいる写真が新聞に載りました。僕はそれを見て、自分が今まで知っていた世界と違う動物の世界があって、そこに介入している人間の罪深さを考えさせられました」とネイチャーカメラマンという仕事に興味を持ち始め、モリアオガエルを撮影するようになった経緯を話した。
モリアオガエルは福島・川内村と岩手・八幡平市で天然記念物に指定されており、また自身が神奈川から移住して関わっている八幡平市の観光協会の仕事と結びつけながら、「モリアオガエルは水と深い森がないと生きていけません。僕はその環境が観光に対する武器になると思って、自分でビッキーというモリアオガエルのキャラクターを作って、ビッキーが八幡平をPRするということで孤軍奮闘をしています。モリアオガエルは木の上で暮らして、産卵する時だけ水辺に降りてきます。白い卵を木に植え付けるのですが、その光景は神秘的です。その貴重な生き物をこれからも皆さんに知ってもらいたい。写真を見るのも大事ですが、来てください。自分で来て、その土地の匂いを嗅ぎ、その土地の光景を目にすることはすごく大事なことだと思います」と語った。
授賞式当日は愛犬の介護のために欠席した、妻・綾子氏の「年老いた愛犬は眠っている時だけは、子どもの頃のように活発に足を動かして楽しく遊ぶ夢を見ているようです。そんな姿から、冬ごもりをしているカエルたちを連想して『ビッキーのみる夢』というお話を作りました。長年児童に関わる仕事をしており、子どもたちに読み聞かせをする機会が多いのですが、自身で書いたお話を読み聞かせできると思うと今から子どもたちの反応が楽しみであり、幸せを感じています」とコメントを代読し、受賞を喜んだ。
本作は大空出版より写真絵本として2023年末に出版予定。
また都内2か所で、第4回「日本写真絵本大賞」応募作品のなかから受賞作を含む最終ノミネート15作品を中心にした『大空出版「写真絵本の世界」展』が開催される。
▽会場/ポートレートギャラリー(新宿区四谷1―7―12日本写真会館5階)▽会期:(開催中)~7月26日▽開館時間:平日10時~18時・土日祝11時~18時▽入場無料
▽会場/ティールーム花(千代田区一ツ橋1―1―1パレスサイドビル1階)▽会期:8月3日~8月31日▽開館時間:平日8時~18時30分・土9時~15時・日祝休み ▽入場無料