【2023.8.18】週刊読書人note.

 松永正訓著『1文が書ければ2000字の文章は書ける』

 文章をうまく書きたい人に向け、本書には4つの〝処方箋〟がまとめられている。「分かりやすい1文」「読みやすい1文」「生きている文章」「絵が見える文章」。この4点を軸に、「いい文章」について考えていく。

 著者は現役の医者であり、一五冊の著書を持つ作家でもある。表題の「2000字の文章」とは、著者が文章を書く際に基準にしている分量のこと。2000字を1つの単位と考えれば、どんな人でも1万字の原稿(2000字×5本)を書くことができる。

 続けて本書では、2000字を構成する「1つの文」の書き方が実例とともに示される。中でも「読点」を解説する3章は必読。テンの打ち方の重要性を実感できる内容となっている。文章に携わるすべての人にとって、学びとなる内容が詰まった一冊だ。(四六判・328頁・1650円・日本実業出版社)
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 武田鉄矢著『向かい風に進む力を借りなさい』

 武田鉄矢さんの顔を前にすると教えを請いたくなるのは、ひとえに武田さんの国民的先生像によるものだろう。しかし、本書の武田さんはむしろ自身が教わる側となった、学びと思索の日々の記録である。

 読書家の武田さんがつけている読書ノートには、自身が敬愛してやまない思想家の内田樹さんの難解なフレーズを特に多く書き写している。武田さんは学問的にではなくそれらを自身の人生経験に紐づけて解きほぐすことで不思議なくらいにわかりやすくなる。武田さんの言葉の力である。

 六〇歳を過ぎて通いはじめた合気道道場で体の使い方を学ぶ武田さん。年下の先輩たちを前にして真摯に学ぶ姿勢には襟を正す思いになる。

 本書は人生の後半生をよりよく生きるために、学び続ける大切さを後進たちに伝える、武田鉄矢版のキケロ『老年について』と呼ぶにふさわしい一冊である。(四六判・248頁・1760円・ビジネス社)
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第一六九回 芥川賞・直木賞 選考会

  

 七月一九日、東京都内にて第一六九回芥川龍之介賞・直木三十五賞(日本文学振興会主催)の選考会が行われた。選考の結果、芥川賞は市川沙央氏「ハンチバック」(『文学界』五月号)、直木賞は垣根涼介氏『極楽征夷大将軍』(文芸春秋)と、永井紗耶子氏の『木挽町のあだ討ち』(新潮社)に決定した。

 芥川賞の選考委員を代表し、最初に平野啓一郎氏が講評を述べた。

 「最初の投票で「ハンチバック」が圧倒的な支持を得たため、今回は決選投票を行いませんでした。受賞作は、「多様性を認めよう」といった健常者中心主義的な社会の枠組みの中で、重度の障がいを持つ女性主人公が「自分を認めてほしい」と訴える作品ではありません。彼女が抱える個人的な問題を通じて、社会的な通念や「常識」を批評的に解体しながら、その存在を描き出している。主題となっている状況と文学的な才能が高いレベルで拮抗した、稀有な一作です」。

 直木賞の選考委員である浅田次郎氏は「どちらも時代小説だが、好対照な作品だった」と述べ、以下のように選評を続けた。

 「ここ数年、直木賞は二作受賞が多いが、選考委員が甘くなったわけではありません。それだけ接戦だという証拠です。

 『極楽征夷大将軍』は一般読者にはなかなか馴染みのない足利幕府の成立経緯を、太平記の時代の物語に沿って、丁寧に表現した大変な力作です。愚直なほど真面目な長編である『極楽征夷大将軍』に対し、『木挽町のあだ討ち』は非常に技巧的で、一行一句読み飛ばすことができないほど、繊細に練られている。どの選考委員も「うまい小説である」と評価しました」。

 続いて、受賞記者会見が芥川賞、直木賞の順番で行われた。難病の筋疾患である先天性ミオパチーを患っている市川氏が最初に登壇し、次のように語った。

 「私は訴えたいことがあり、去年の夏に初めて純文学である「ハンチバック」を書きました。その作品で芥川賞の舞台に取り次いでいただいたことは非常に嬉しく、「我に天祐あり」と感じています。

 私が問題視していたのは、これまで当事者の作家がいなかったことです。重度障がい者が芥川賞を受賞したのは、初のことだと思います。けれど、どうして二〇二三年にもなって初めてなのか。それを考えてもらいたいです。

 同時に、みなさんに一番訴えたいのは読書バリアフリーの推進です。読みたいものが読めないのは辛い。出版業界の方には、読書面での障がい者対応、環境整備をもっと真剣に、早く取り組んでほしいです」。

 次に直木賞を受賞した垣根氏が、「こういう眩い場所に出るのはずいぶん久しぶりなので、緊張しています」と述べ、以下のように語った。

 「面白おかしくて、でも読んだ後には何か残る小説を書きたいと僕は思っています。今作の主人公である尊氏は、自分の感情を感じたままに言う人です。それを文字でそのまま表現すると、エンタメの枠から出てしまう。僕はあくまでエンタメの枠を守りたかったので、非常識な人間を常識的な視点で捉えて、「それ、どうなのよ」と見る構図を取りました。

 いろいろな方々の後押しがあって、今、僕は受賞の場に立つことができています。そのことを分かったうえで、今日はたまたま僕の日でもあったのではないかと思います」。

 最後に、同書で山本周五郎賞も受賞している永井氏が登壇し、「知らせを受けてから、嬉しさと恐ろしさでいっぱいです。こういう感情を恐悦至極というのだと、実感しています」と、率直に述べた。

 「歴史・時代小説を書いていると、難しそうだと敬遠される場面を何度も見ます。だからこそ、どんな人でも楽しめる内容の作品を書きたかった。そのうえで、現代社会に通じるテーマを歴史小説で描きたいと思っていたので、その点を評価いただけたのは大変光栄です。

 私は書くことしかできない人間なので、余計な躓きや回り道を何度もしました。時に逃げ、時に人に支えられながら歩いてきたこれまでが、受賞作にすべて昇華されている気がします。たくさんの方に応援いただき、ここまでたどり着くことができた作品です。私を支えてくださった多くの方に、心から御礼を申し上げます」。