【2023.11.24】週刊読書人note.

 背筋著『近畿地方のある場所について』

 「情報をお持ちの方はご連絡ください。」

 この巻頭言で始まる本書には、週刊紙の記事やネット掲示板、インタビューのテープ起こしなど、さまざまな形式の資料が収録されている。どれも近畿地方のある場所(作中では●●●●●と伏字表記)の怪談で、ライターである〈私〉と、友人でありオカルト雑誌編集者の小沢くんが集めたものだ。調査の最中に小沢くんが失踪してしまったため、〈私〉は彼の情報を求め、資料を『近畿地方のある場所について』として発表したのである。

 〈私〉視点で語られる本編を挟みながら各記録を追っていくうち、点と点は次第にある形へ結ばれていく。さらにモキュメンタリーの形であるがゆえに、怪談の恐怖がリアリティを持って読み手にも迫ってくる。最後に、本書で重要な一文を紹介する。どうかこの言葉を忘れずに読んでほしい。「見つけてくださってありがとうございます。」(四六判・344頁・1430円・KADOKAWA)
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 プチ鹿島著『教養としてのアントニオ猪木』

 アントニオ猪木(以下猪木)没後一年を迎えたこの一〇月前後に猪木関連の書籍が多数刊行された。本書もそのうちの一冊で、猪木とプロレスをこよなく愛する芸人・プチ鹿島氏による渾身の猪木論である。

 これまで本、雑誌、テレビ、ラジオ、ネット番組などで猪木論は語られてきた。著者は本書で次のように述べる。「『自分が一番猪木のことを知っている、考えている』とすべてのファンに思わせてしまうのが、猪木だった。『あの試合の猪木はこうだった』と語ることでの自分語り。さらには『自分だけは猪木を見捨てない』とファンに思わせ、彼らの人生を狂わせた」(二四頁)。ファン心理を喝破した的確な一節である。本書もまた、人生を狂わされた著者の猪木を通した自分語りである。

 とはいえ、一冊の猪木論に仕上げる上で事実確認も怠らない。そのうちの最たるものは、「新宿伊勢丹襲撃事件」の顚末である。東スポ記者がたまたま現場に居合わせその模様を報じた、ファンの間の定説の真相とは。猪木にまつわる数々の逸話を当時の新聞や雑誌などから丹念に紐解く。

 本書には猪木以外の人物にしばしば焦点が当たる。長州力や藤波辰爾らの名前がたびたび登場するが、それだけ猪木の周りには魅力的な人物が多かったことの証左であり、猪木以外を語りつつも必ず猪木は念頭に置かれている。

 著者は猪木を見続けたことで、ものを見る目が養われていったと語る。猪木の生き様を知ることが教養である。そのことを本書は教えてくれる。(四六判・320頁・1870円・双葉社)
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 古市憲寿著『謎とき 世界の宗教・神話』

 現在の世界で、喫緊の問題となっているウクライナ戦争も、イスラエル―ハマスの争いも、宗教の知識なしには、正しい理解を得ることはできない。極論を言えば、世界の歴史は宗教が動かしてきたといってもいい。世界史を学ぶうえでは、宗教史の流れををおさえておくことが必須なのである。

 本書は、一二のテーマにわけ、「一二人の研究者に宗教書や神話の「読みどころ」を聞い」た一書である。すなわち聖書(キリスト教)、ロシア正教、『コーラン』(イスラム教)、ゾロアスター教、インド神話(『マハーバーラタ』)、ジャイナ教、『論語』、『西遊記』、北欧神話(『エッダ』)、『万葉集』、『禅と日本文化』(日本仏教)、『聖と俗』(エリアーデの宗教的人間」)の一二項目について、以下の〝講師〟が、語る。佐藤優・三浦清美・飯山陽・青木健・沖田瑞穂・堀田和義・渡邉義浩・松本涼・上野誠・碧海寿広・岡本亮輔。

 各宗教・神話の基礎知識がわかる見開き二頁のマンガ(ヤングみやざき作)が各章の冒頭に置かれ、本文は、著者と講師の対話形式で進む。何よりも、著者・古市氏の単刀直入、わかりやすく、明解な問いがいい。たとえば、第三回では、「飯山さんは「『コーラン』ってどんな書物ですか?」と尋ねられたら、どう答えますか」と初めに問う。それに対する答えは――「イスラム教徒ではない人間にとっては「イスラム教の聖典」ですけど、イスラム教徒にとっては神様の言葉そのものです。〔中略〕『コーラン』に書かれている神のメッセージは、全人類に向けたものであり、全世界の全人間に届けることが自分たちの使命だということになります」。

 本書読了後は、それぞれの聖典・神話への扉が開かれている。世界の宗教・神話を学ぶための優れた入門書である。(新書判・270頁・1100円・講談社)