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読者へのメッセージ
五十嵐貴久 / 作家

 

 

交渉人・遠野麻衣子
著 者:五十嵐貴久
河出文庫
ISBN13:9784309419688

 

「交渉人シリーズ」再始動に寄せて――大幅改稿、生まれ変わった本格ミステリー小説

 エンタメのコンビニと称しているが、節操なくノンジャンルで書く。面白ければ何でもありが私の屋号で、当たり前のように警察ミステリーも書くわけだが、最初の一冊が「交渉人」だった。

 その後もぽつぽつと警察ミステリーを書くことになるのだが、困るのは警察機構がコロコロ変わることで(部署の名称変更も含む)刑法や法律もやたらと変わる。酷い時には連載中に設定変更を余儀なくされたこともあった。
もちろん、時代に応じて組織が形を変えるのは当然だし、正しいことでもあるが、書く側としては文庫が出る頃に直さざるを得ず、ペーパーバックライターの私にとって、非常に厄介な問題だと常に感じていた。
同時に、インターネットの発達とスマートフォンの出現、そして科学捜査の進歩により(過去、人類が経験したことがないほど凄まじいスピードである)、極端に言えば、書いた瞬間古くなる宿命が警察ミステリーについて回るようになった。ダブルで困った状況に陥り、書きにくいと思っていた。

 「交渉人」シリーズは、いずれも社会派(死語かもしれないが)の側面を持ち、何かしら問題提起をしているつもりなのだが、問題そのものは昭和、平成、令和と変わっても同じで、ほとんどが解決されていない。
だが、今時ガラケーを使う刑事が走り回る警察ミステリーなんて、誰も読まないだろう。古典ならともかく、私だって読みたくない。

 テーマもトリックもストーリーもそれなりに整っているのだが、背景となる警察機構が古いので、意味も価値もなくなってしまう。SDGsの世の中、資源の無駄遣いは許されないだろう。では、どうすればいいのか。
そんな話を何年も編集者諸氏に訴えていると、要するにバックになる警察を現代に合わせて直せばいいんでしょ、と言い出す人が現れた。ついでと言ったら何ですが、シリーズ三作を書き直し、新作も書いたらどうです、と勧められたが、そんなことを許す版元がないでしょうと答えるしかなかった。出版不況の現在、作家のワガママが通るはずもない。

 ところが、うちが引き受けます、と河出書房新社が手を挙げて下さったので、気が変わらないうちに、と慌てて作業を始めることにした。こんなチャンスは二度とないとわかっているので、必死にならざるを得ない。
 
 いわゆる「新装版」は私も経験があったが、今回はちょこちょこ直すのではなく、最初から最後まで、あらゆる部分に手を入れている。執筆時と法律が変わっていたり(例えば成人年齢が十八歳になったのは、二〇二二年四月一日である)、冗長なところをスリム化するなど、正直に言うと新作を書いた方がよほど楽なくらいだったが、編集者の叱咤激励、校正者の鋭いチェックを経て、整合性を取りつつ、完全に生まれ変わった「交渉人」シリーズを世に送り出すことができた。

 「交渉人」は文字通り「交渉」だけを武器に犯罪者と戦う捜査官で、ミステリーの本質は頭脳戦にあると信じているが、その意味で私としては珍しい本格ミステリー小説になっている自負がある。楽しんでいただければ、それ以上の喜びはない。(いがらし・たかひさ=作家)

 

――河出文庫売れ行き好調の10点――