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読者へのメッセージ
南杏子 / 医師・作家

 

 

ブラックウェルに憧れて 四人の女性医師
著 者:南杏子
光文社文庫
ISBN13:9784334794798

 

「なんだ、女医か」と言われて――医療現場にはびこる女性差別とは……

 人類の歴史上、女性として初めて医学校に進み、アメリカで正式に医師免許を取得した人、それがエリザベス・ブラックウェルです。

 彼女が医師になったのは十九世紀の中ごろ。「医者は男の仕事。女なんてありえない」という時代でした。専門課程への進学はもちろん、外科講座の聴講や臨床トレーニングへの参加など、医師になるまでの段階でさまざまな迫害を受けます。が、ブラックウェルは、ただ患者の病気を治したいという純粋な思いを貫き通したのです。

 それから百五十年以上がたちました。にもかかわらず……。

 「なんだ、女医か。はずれだな」。私自身、陰で舌打ちされるような経験を何度したことでしょう。そのたびに、皆がそう思っているはずはない、と考えようと努めました。

 そこへ五年前、複数の大学医学部の入試で、女子学生の得点が不正に操作されていた事実が判明しました。受験生の信頼を裏切る大学の行為に驚きはしたものの、これを機に女子学生は、男子と平等に扱われるチャンスを得るとも思いました。ところがなお、「今後は、男性が有利になるように試験の内容を変えなければ」などと言う医師がいることに、もっと驚きました。

 この小説はそんな私の体験をエッセンスに、四人の女性が医学部に入り、医師となる中でさまざまに傷つき、もがく姿を描いています。ある者は、手術の腕がありながら手術チームのリーダーになれません。家族の介護や育児に追われる中、それらを前提としない勤務体制ゆえに両立が困難なケースもあります。「女性であるだけで半人前である」といった思い込みを覆すために戦う女性医師も登場します。

 性別を理由に見下される経験が重なると、意欲が奪われ、あきらめた方が楽だという気持ちが生じることもあります。一つ一つの差別は目立たず、ささいなものに見えるかもしれません。それが広くはびこった組織の中にいると、まるで自分の方がおかしいかのように感じてしまうものです。いちいち気にして疲弊するよりは、わざと感受性を鈍くさせ、心に蓋をした方が息苦しくない。不本意ではあっても、「男」のように生きる道を選ぶ方が評価されるなら、そっちを選ぶ。そんな人間の弱さを自分自身が実感しました。

 だからこそ、ブラックウェルは今でも憧れの医師なのです。患者の病気を治したい――雑音に惑わされることなく、その気持ちにまっすぐに従う強さを持った人として。

 女性差別とは、単に一回や二回のイジワルな出来事ではなく、長年にわたってじわじわと女性の心をむしばむ連続した暴力です。余談になりますが、問題となっている少子化は、そんな世の中で女性が自分らしく生きるために選択した結果のように思えてなりません。

 本作のゲラを読み返すたびに、普段は押し殺している怒りが再燃し、ひどく疲弊しました。それだけに、この物語が完成したときは、心からホッとしました。今は読者の方々と、この重荷を分かち合える希望を感じています。(みなみ・きょうこ=医師・作家)

 

――光文社文庫売れ行き好調の10点――