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読者へのメッセージ
額賀澪 / 小説家

 

 

転職の魔王様
著 者:額賀澪
PHP文芸文庫
ISBN13:9784569903125

求職者の本音を探して――転職にひそむドラマを小説に

 かつて広告業界で働いていた頃、上司に「電車の中の広告をよく見ろ」と教えられた。そこには世の中が求めているもの、注目しているものが凝縮されているから、と。会社を辞めて専業作家になって随分たつが、未だに電車に乗ると車内広告をぼんやり眺めてしまう。

 「転職をテーマに新作を」と担当編集に依頼されたとき、真っ先に元上司の言葉を思い出した。当時も今も、電車の中は転職関連の広告であふれていた。転職を題材にした小説を求めている読者はきっといると思った。

 いわゆるお仕事小説を書くとき、必ずタイトルから決めることにしている。お仕事小説のタイトルはその物語の中心を貫くコンセプトだと私は思っているので、タイトルをキャッチーに、わかりやすいものに決められればおのずと作品の芯ができあがる。逆に、ここがしっくりと決まらないまま書き始めたお仕事小説が上手くいったためしがない。

 担当との打ち合わせの中で運よく『転職の魔王様』というタイトルが生まれ、魔王というあだ名を持つ無愛想なキャリアアドバイザー・来栖嵐と、迷える求職者として彼と出会い、共にキャリアアドバイザーとして歩むこととなる未谷千晴というコンビが誕生した。千晴と嵐で正反対の名前なのに、苗字を並べると「未来」という言葉が隠れている凸凹の二人だ。

 転職エージェントを舞台に、二人はさまざまな求職者と出会う。今の職場で働き続けていいのか? よその会社でやっていけるほど自分に価値があるのか? どうすれば自分の毎日は今よりいいものになるのか? 彼らに来栖は酷く辛辣で冷淡な言葉を浴びせる。戸惑いを通り越してドン引きしていた千晴も、求職者本人も、彼の言葉の先にある「転職におけるもっとも大切なこと」に気づいていく。それは、「自分の本音と向き合う」ということだ。

 人は働きながら生きていく。どんな会社で、どんな人達と、どんな条件の下でどんな仕事をするか――それはつまり、自分がどう生きていくかという選択でもある。自分の本音と向き合えない人間が、自分の人生を見つめられるわけがない。

 そのことを教えてくれたのは、大学時代からの友人だった。転職活動をしているうちに、いろんな会社でいろんな人と話すのが面白くなって、いつの間にか百社以上の選考を受けていたという変わり者だ。転職エージェントのキャリアアドバイザーにはかなり嫌がられたという。

 だが、そんな彼がこぼした「自分が何をしたいかもわかってない人間が、転職エージェントに行ったっていい転職ができるわけがない」という言葉だけは、妙に説得力があった。『転職の魔王様』で来栖が求職者に対し、本音を語らせることに強くこだわるのは、ここから来ている。もっとも、この友人の担当に来栖がなったら、「人生を真剣に考えろ」といつも以上に辛辣に言い放つのだろうけれど。(ぬかが・みお=小説家)

 

――PHP文芸文庫売れ行き好調の10点――