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読者へのメッセージ
大島清昭 / 作家

 

 

影踏亭の怪談
著 者:大島清昭
創元推理文庫
ISBN13:9784488451219

 

怪談と本格ミステリのキメラ――「怪異」の謎を解く連作短編集

 日本の夏といえば、やはり怪談です。お盆にあの世からこの世へ先祖や無縁仏がやって来るように、この時期は生者と死者が交歓する機会が増えます。江戸時代、陰暦の六月から七月は、芝居小屋が暑いのと祭礼月のため、主要な歌舞伎役者は興行を休み、地方へ巡業に出ました。留守を任された若手の役者たちは、怪談狂言や水狂言を演じましたが、これを夏狂言や夏芝居といいました。現代でも、夏になればテレビは心霊特番を放送し、各地では怪談イベントが開かれています。そんな季節にお届けするのが、怪談作家・呻木叫子の活躍する連作短編集『影踏亭の怪談』です。

 ただ、誤解がないように、最初にいっておかなければならないことがあります。本書はタイトルの通り怪談であると同時に、密室殺人事件を扱った本格ミステリでもあります。従って、純然たる怪談を期待される方が読むと、違和感を覚えるかもしれません。また表題作の「影踏亭の怪談」は、光栄なことに第十七回ミステリーズ!新人賞をいただいた作品ですが、すべてが合理的に解決するミステリとは一線を画します。本書は怪談と本格ミステリのキメラ――怪談ミステリといえるでしょう。

 これまで私は在野の研究者として、民俗学を主軸としながら、幽霊や妖怪について学際的な立場で研究を行い、論考を発表してきましたが、本書にはその成果が反映されています。死者といえども万能ではありません。膨大な事例を見ていくと、怪異には怪異の論理が存在し、何が超常的な現象で、何が人為的なものであるのかは、ある程度区別がつくものです。こうした特徴は怪異の謎解きというベクトルを生み出します。それから、作中に書いた怪談の幾つかは、私が実際に聞いた怪異譚が元になっています。その意味では、これは純粋なフィクションではなく、創作と実話のキメラともいえるかもしれません。

 さて、今日でも知られる怪談会に、百物語というスタイルがありますが、これには作法がありました。江戸時代の怪談集『伽婢子』には、月が暗い夜、青い紙を貼った行灯に百筋の灯心を灯して、一つの物語が終わるごとに灯心を一つずつ引き抜いていくとあります。これを続けると必ず怪しいこと、怖ろしいことが起こるそうです。

 実は『影踏亭の怪談』を一層楽しんでいただくためにも、簡単な注意点があります。本書には「影踏亭の怪談」「朧トンネルの怪談」「ドロドロ坂の怪談」「冷凍メロンの怪談」の四編が収録されていますが、最初から順番に読んでいくことをおすすめします。次に、本書を読み終える前に、決して最後のページを見ないでください。この禁忌を破ってしまうと、読者の皆さんは甚だしい落胆を味わうことになるでしょう。最後に、もしも読書中に背後から気配を感じたとしても、振り返らないでください。絶対に。(おおしま・きよあき=作家)

 

――東京創元社の文庫売れ行き好調の10点――