原発県民投票は民主主義をいかにヴァージョンアップさせるか

――いばらき原発県民投票の会共同代表・徳田太郎氏インタビュー――

二〇一一年に起きた福島第一原発事故後、国内では原発稼働ゼロの時期が続いたが、二〇一五年の九州電力川内原発の再稼働を皮切りにして、現在六基が稼働中である。そんな中、原発を再稼働するかどうかを県民投票で直接問おうという動きが出ている。「いばらき原発県民投票の会(HP)」共同代表・徳田太郎氏にお話を伺った(聞き手=佐藤嘉幸・筑波大学准教授)。(編集部)

 

いばらき原発県民投票運動の沿革と現状

佐藤  「いばらき原発県民投票の会」は、首都圏唯一の原発である東海第二原発(茨城県東海村)の再稼動の是非について、県民投票を提起する運動体です。東海第二原発は東京から一一〇キロに位置し、周辺三〇キロ圏内の人口は、県庁所在地である水戸市を含む約九四万人で、全国の原発中最多です。東海第二原発は一九七八年に運転を開始し、二〇一一年に地震、津波で被災して以後は運転を停止しています。しかし、運転開始から四〇年後の二〇一八年、原子力規制委員会は二〇年の運転延長を認可しました。一般的には原子炉の寿命は四〇年とされていますが、それを二〇年も上回る二〇三八年までの運転延長が予定され、しかも被災原発が再稼働される。この点の是非をめぐる県民投票の実施が運動の焦点になっています。東海第二原発は首都圏唯一の原発であり、その再稼動は首都圏全体にも影響する大きな問題です。まず、運動の沿革についてお聞かせください。

徳田  まず全国的な動きですが、やはり東日本大震災および福島第一原発事故が大きな転機でした。二〇一一年六月、原発稼働の是非に関する国民投票の実現を目指す市民グループ「みんなで決めよう『原発』国民投票」が発足しました。その流れを受けて翌年、大都市である東京都、大阪市で、また原発立地県である静岡県、新潟県で、原発再稼働をめぐる住民投票を求める直接請求が行われました。二〇一九年には、宮城県でも同趣旨の直接請求が行われました(いずれも議会が否決)。
 住民投票自体が、原発をめぐる問題と密接にリンクしてきたという側面もあります。一九八二年七月、高知県窪川町(現四万十町)で、日本初の住民投票条例が制定されましたが、これは原発設置の賛否を問うものでした(最終的には、住民投票を実施することなく原発設置を断念)。一九九六年八月には、新潟県巻町(現新潟市)で、条例に基づく初の住民投票が行われましたが、これも原発設置の是非を問うものでした(投票結果を受けて原発設置は撤回)。
 茨城県でも二〇一一年以降、原発再稼動をめぐる住民投票の動きがありましたが、それが本格化するのは二〇一八年四月です。静岡県での直接請求の関係者を招いて学習会を行い、参加者を中心に「原発県民投票を考える会」が発足しました。同年には原子力規制委員会による再稼働認可があり、二〇一九年二月には日本原電が再稼働の意思を表明する。そうした動きを前に県民投票の必要性が高まり、三月に「考える会」を発展的に解消して「いばらき原発県民投票の会」が発足した。以上が経緯になります。

佐藤  この運動は単体で始まったのではなく、原発国民投票の運動や、他県で行われた原発県民投票の運動が背景としてあったということですね。また茨城県の運動は、これらの運動体と様々な形で交流がありますね。

徳田  アドバイスをいただいたり、お互いのイベントに参加する形で交流を深めています。

佐藤  いばらき原発県投票の会は、どのような理念に基づいて活動しているのでしょうか。

徳田  理念が最もよく表われているのが、「話そう 選ぼう いばらきの未来」という会のキャッチフレーズです。最終的な目標は、直接請求によって、東海第二原発の再稼働に関する県民投票が実施されること、そしてその時に、県民一人ひとりが自分自身の意思を表明できるようにすることです。再稼働には周辺六市村と茨城県の同意が必要ですが、民意に支えられた形でその是非を意思決定するためには県民投票が必要である、というのが私たちの主張です。
 県民投票が実施されると、有権者全員が参加できることになりますから、多数の民意が包摂、反映されます。また、推進/反対を問わず、多様な立場から出される情報に基づいて、県民一人ひとりが考え、話し合う。そうした熟慮と討議を重ねた上で賛否の判断を行い、個々の選択を表明することができる。その結果、練られた民意が得られると考えています。
 県民投票以外の方法もあるのではないか、という意見もあります。例えば住民アンケートです。しかしアンケートは、無作為抽出された一部の県民に限られ、かつ各人が記入して返送するだけですから、多様な情報の中で民意を練り上げていく過程がない。また、知事や議会に任せるべきであるという意見もあります。けれども、知事や多くの議員は、選挙の際、再稼働に対する賛否を明らかにしていません。仮に表明していたとしても、選挙は「政策のパッケージ」で争われるため、有権者が東海第二原発の再稼働に関して判断を委ねたとまでは言えません。
 県民投票は「東海第二原発の再稼働」という一点に絞って、県民一人ひとりが考えて一票を投じる。そして、その結果が知事の意思表示に反映されて、初めて「県」としての同意/不同意になる。私たちはそう考えて、県民投票の実現を目指しているのです。
 私たちの運動は県民投票の実施自体がゴールですから、反原発/脱原発の運動体でも、原発推進の運動体でもありません。あくまでも県民が意思を表明する機会を設けることに焦点を当てています。だから、再稼働に賛成/反対、あるいは関心の高い/低いにかかわらず、誰もが関わることができるものにしていきたい。また様々な活動をしている団体ともゆるやかに繋がっていく。それによって直接投票という民主主義の共通体験が得られる。私たちの運動が、そのプラットフォームになれればいい。そのように考えて活動しています。

佐藤  重要なポイントとして、この運動が純粋な草の根の市民運動から出発している、という点があります。同時に、そのことに由来する難しさもあると思います。

徳田  党派的な運動であれば組織的基盤がありますから、多くの方が一気に動くことができます。私たちはまったくそれがないところから出発していますから、運動が広がるには時間がかかります。また、著名人が中心の運動でもありませんので、メディアで大きく報道されることもありません。その点は苦労してきました。ただ、特定の団体とだけがっちり手を組むこともないからこそ、すべての政党、多くの団体に協力のお願いができる。そこは強みでもあります。

佐藤  次に、運動の現状についてお伺いできますか。

徳田  私たちの運動は、「話そう 選ぼう いばらきの未来」というキャッチフレーズに現れているように、単純に投票することだけが目標ではありません。そこに至る、みんなが考え、話し合う過程を重視しています。具体的には「県民投票カフェ」を積極的に開催しています。これは、東海第二原発の再稼働について、あるいは県民投票自体についてどう考えるか、お互いの意見を述べ、聞き合う場であり、二〇一八年四月からスタートしました。一一月三〇日までに、茨城県内の四四市町村のうち三六市町村で、計六五回カフェを開催し、八五〇名以上の方に参加いただいています。茨城県の全市町村での開催を目指しています。
 七月には、「県民投票フェス」という形で、県内の鉄道主要九駅でシール投票を行いました。「再稼働の可否の判断に、どう県民の意思を反映するか?」をテーマにして、知事や議会に任せるか、県民投票を実施するかの二択で投票してもらい、計一三七九名に参加いただきました。こちらも単にシールを貼るだけではなく、言葉を交わすきっかけになって欲しいという意味も込めて開催しています。

佐藤  フェスは一二月一日にも行われましたね。

徳田  三回目となる一二月のフェスは、オンラインで行い、朝の九時から夜の九時まで、十一番組を生放送し、参加者と双方向的に対話しました。県民投票カフェはリアルな場ですが、そこに来られない方も大勢いますし、オンラインならば県外、国外にいる方たちにも参加いただける。一日だけで千名以上の方が参加されました。ユーチューブで動画が公開されています(https://www.youtube.com/channel/UCU0bbyag_M9aTl94saZ1XUw)。

佐藤  私も「対話を可能にするために——原子力話法/脱原発話法を超えて」という番組で、茨城大学の渋谷敦司先生、徳田さんとお話しさせていただきました。


いばらき原発県民投票運動と熟議民主主義

佐藤  カフェやフェスでの議論を通じて、有権者からどういった声が聞かれますか。

徳田  再稼働と県民投票の実施という二点に焦点を当てて対話しているので、それによって多様な意見を聞くことができたと感じています。まず再稼働については、東日本大震災時の経験から話が始まることが多いですね。例えば、手塩にかけた農作物に出荷制限がかかってしまい苦しい思いをした。あるいは当時、道路や橋が通行止めになったことを考えれば、三〇キロ圏内の市町村で策定している避難計画が果たして実効性のあるものになるのか、と強い疑念を示される方も多いですね。茨城県は福島県の隣県で、福島県から避難してきた方もいらっしゃいますので、その時の体験を伺うこともあります。

佐藤  シール投票の結果は、どのようなものだったでしょうか。

徳田  七月のフェスでは、九四%の方が「県民投票を実施したい」という意思表示をされました。ただ、一つの側に圧倒的にシールが貼られている場合、逆側に貼りにくいという心理も働いてしまうでしょうし、そこは単純に捉えられないところもあります。
 一方、カフェにいらした方の意見を伺っていると、また違った面も見えてきます。長らく原発問題に向き合っていた方にも多くご参加いただいていますが、その中には、県民投票の実施には「慎重」あるいは「反対」だという方もいらっしゃいます。つまり、再稼働を止める手段として県民投票が有効な手段となり得るのか、他にやるべきことがあるのではないか、ということです。これは特に、東海第二原発の三〇キロ圏内にお住いの方に見られる意見です。再稼働については、三〇キロ圏内の六市村の各首長が同意/不同意の権限を持っていますから、県民投票に限らず様々な活動が考えられるわけです。また、仮に投票が実現しても、投票率が極めて低かったり、「再稼働賛成」が多数になることもあり得ます。「再稼働反対」の立場から、その懸念が拭えず、県民投票に慎重になる方もいらっしゃると思います。
 ただ、特に若い世代や女性の参加者からは、「反対運動ではないから参加しやすい、声をかけやすい」という意見も多く聞かれます。今まで東海第二原発について考えたことがない、もしくは関心はあるが詳しく知らなかった、という層にとって、考える機会になったということで、この運動が好意的に捉えられているのだろうと思います。

佐藤  県民投票実施に向けて、カフェやシール投票といった実践を通して、熟議を重ねていく。それが、これからの民主主義にどういった新しい可能性をもたらすことができるのか。運動の現場から見た意見をお聞かせください。

徳田  近年、民主主義の危機や機能不全といった議論が高まっていますが、処方箋はいろいろあると思います。その中の一つが、熟議民主主義です。カフェを継続開催していくことで、県民一人ひとりがじっくり考える。そして他の人と意見を交わす中で、悩みながらも自分自身の意見を固めていき、最終的に一票を投じる。私たちの運動は、そういう熟議民主主義の一つの実践としても捉えられるのかな、と感じています。
 特に、実際に県民投票が実施されることになれば、多様な観点に触れられることになります。県や各種機関・団体から様々な情報提供が行われ、その情報に基づいて、私たち一人ひとりが考えていくことになる。ここが非常に重要なポイントになると思います。直接投票というと、投票の瞬間のみに光が当たりがちですが、私たちはむしろ投票に至るプロセスを重視しています。もともと熟議民主主義論は、多数決型の民主主義論への批判から生まれてきたものですが、熟議と投票を対立的に捉えるのではなく、最適な組み合わせを考えることが重要なのだと思います。

佐藤  熟議民主主義論は、議論以前の知識形成、議論による政治的な公論形成のプロセスを含めて住民投票を捉えています。だからこそ、この運動ではカフェでの対話実践を重視しているわけですね。
 もう一つお話ししたいのが、直接民主主義か間接民主主義かという論点についてです。興味深い数字があります。二〇一八年の茨城県議会議員選挙の際、東京新聞が候補者九二人に、東海第二原発再稼働の是非についてアンケートしたところ、「賛成ゼロ/反対二七/どちらとも言えない・無回答六五人」という結果が出ました。重要なのは、県議会で多数派を占め、原発を「重要なベースロード電源」とする自民党の候補者が全員「どちらとも言えない」を選択し、その理由も「当局が慎重に判断するのを注視する」とまったく同じ回答だった、という点です(「県議会候補者92人アンケート(1)」、東京新聞、二〇一八年一二月四日)。これを見ると、ある種の「争点隠し」が行われており、原発再稼働という重要な問題について本当に選挙を通じて議論が行われたのか、あるいは民意が反映されているのか、という疑念が湧いてきます。

徳田  代表制=間接制民主主義の場合、候補者が争点を明確にした上で投票に至るのが当然です。しかし、今ご紹介いただいた結果を見ると、原発再稼働については争点がよくわからないまま投票が行われている。今回県民投票が実現すると、再稼働に賛成か反対かの二択ですから、争点が明確になります。また、それを受けて各自が選択をするわけですから、ある意味で、候補者ではなく選択肢が代表機能を果たすとも言えます。

佐藤  間接民主主義は選挙に依拠したシステムですが、特に原発問題については選挙で民意がうまく掬い取られていない。あるいは、論点が提示されてすらいない。それが国政、地方政治に共通する現状です。そこから、間接民主主義がうまく機能していない部分を住民投票が補完していく、という関係性が成立するのではないでしょうか。

徳田  熟議と投票の関係と同様に、直接制と間接制も、対立的に考えるのではなく、お互いに補い合うものとして捉えたほうがよいのではないかと思いますね。


署名集めは今年一月から開始

佐藤  最後に、今後の展望についてお聞きします。大井川和彦茨城県知事は、東海第二原発の再稼働について、県民の意見を聞きながら判断していく、と常々発言しています。これは住民投票に前向きとも取れる発言ですね。

徳田  大井川知事は、二〇一八年九月の報道各社インタビューで、次のように答えています。「東海第二の再稼働については、常に言っている通り県民の意見を聞きながら最終的に判断していく。[……]住民投票も選択肢の一つに入ってくると思う」。また茨城大学の渋谷敦司先生らによる二〇一八年一二月の調査では、「同意」判断に当たって住民の意向を確認するための手段として、三七・一%が基礎自治体単位の住民投票を、二四・三%が県民投票の実施を選んでいます。つまり、住民の側も六割以上が、直接投票が望ましいと考えている。そうした観点からも、県民投票の実現に向けて努力していきたい。
 具体的に、今後の予定をお話しします。県民投票を実現するには、条例の制定を直接請求するための署名が必要です。茨城県の場合は約五万筆集めなければなりません。署名集めの期間は法律上二ヵ月間で、選挙と重なる自治体では期間がずれますが、基本的に一月六日から三月六日までを予定しています(このインタビューが掲載される二〇二〇年一月二四日時点で、署名集めはすでに始まっています)。その後、四月中旬の署名簿提出、五月下旬の直接請求を経て、六月に開かれる県議会での審議可決を目指しています。議会で可決されれば県民投票条例が制定され、県民投票が実施できる。これが大きな流れになります。
 条例に基づく住民投票は、直接請求の署名が集まっても、議会が否決し、実現できないケースも多くあります。都道府県レベルで実現したのは、沖縄県での二回のみです。しかし、だからといって不可能なわけではない。困難だからこそやる価値がある。振り返れば今から百年前、日本では普通選挙を求める運動が盛り上がっていました。世界的に見ても、女性参政権の運動が繰り広げられていた時期です。二一世紀の今、茨城から日本のデモクラシーをヴァージョンアップしていく。その貴重な機会に、ぜひ多くの方にご参加いただきたいと思います。
(二〇一九年一二月七日、東京・神田神保町、読書人編集部にて)

*署名活動を始めて(徳田太郎)
一月六日、法定書類の交付を受け、署名集めがスタートしました。この日までに、県民投票カフェの実施は三九市町村・七一回となり、九三四名の方にご参加いただきました。また、受任者(署名集めの協力者)は目標の三五〇〇名を超え、各地での「受任者の集い」も、五六回を数えるに至りました。
 最初の週末となった一月一一日・一二日には、「県民投票キャラバン」と称し、県内十二箇所で署名説明会と街頭署名を実施しました。私も四会場を担当したのですが、それぞれの地域で知恵と力を出し合うグループができつつあり、地域の方々の地道な取り組みに支えられた運動であること、そしてこの運動をきっかけに、地域の中で世代や背景を超えた新たなつながりが育まれていることを実感しました。
 しばしば、住民投票とポピュリズムとを結びつけた批判を耳にします。ポピュリズム自体、極めて多義的・論争的な概念ですが、その根本には多様性を認めない反多元主義、二元論的思考があります。しかし、直接請求という「下からの」住民投票運動の場合、実際の様相はまったく異なっています。なぜ再稼働なのか、なぜ県民投票なのか。例えば路上において、一枚の署名用紙を挟んで、これらの問いが何度も問い直され、さまざまな思いや考えが交差し、豊かな言葉が紡ぎ出されている。〈熟議〉を中核的な価値とし、〈プロセス〉を重視することで、まったく新しいデモクラシーが形づくられようとしているのを、肌で感じているところです。
 この熟議プロセスは、県民投票の実施が決まったならば、より本格的な、そしてより充実したものとなるはずです。その意味でも、必ず実現したい。まだ見たことのない、新しい景色を見てみたい。署名ができるのは茨城県内の有権者に限られますが、全国のみなさまからも、資金面での支えをいただけましたら幸いです。クラウドファンディングもスタートしました(https://readyfor.jp/projects/ibarakitohyo)。ぜひお力添えをお願いいたします。

★とくだ・たろう=ファシリテーター、いばらき原発県民投票の会共同代表。一九七二年生。
★さとう・よしゆき
=筑波大学人文社会系准教授。著書に『脱原発の哲学』(田口卓臣との共著)など。一九七一年生。