書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

第150回芥川賞受賞作品


著 者:小山田浩子
出版社:新潮社
ISBN13:978-4-10-120541-0

 

モヤモヤが残る妙な世界
 
 今月の書評は第150回芥川賞を受賞した小山田浩子さんの「穴」(初出・『新潮』2013年9月号)を選んだ。
 
 仕事を辞めて、夫の田舎に移り住んだ主人公のあさひ。ある日コンビニの振り込みに言って欲しいと姑に頼まれ川沿いの遊歩道を歩いていると、黒い獣が歩いていた。気になってその後をついていくと草むらにあった穴に落ちてしまう。穴は胸の高さほどあり、気づいた女性が穴から助け出してくれたが、もうそこに獣の姿は無かった。コンビニに何とか辿り着くことができたあさひは、子供たちに“先生”と呼ばれていた夫の兄と出会う。結婚前、夫は一人っ子だと言われていた。あさひは不可解に思うも、あさひの落ちた“穴”は一体何なのか20年近くこの場所に住んでいるという義兄に問う。彼は獣の事を観察し続けているらしく、どうやら“穴”は獣が掘ったものだという。慣れない田舎生活に謎の獣…。あさひの奇妙な夏休みの物語。

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 高校の現代文の授業は小説をより面白く読むことができる。何故、この比喩は出てきているのか、不思議に思っていたことを正解へと導いてくれる。小説を書く人はいろんな知識をもとに構成し、自分のものにしていく。「小説家は意味のない言葉は書かない。」先生のこの言葉を胸に刻み、最近はいろんな言葉の意味を知り、読解の力をつけたいと思いながら読書をする日々である。

 私が一番気になったのは「穴」というイメージがこの作品においてどんな働きをもっているのかだ。皆さんは「穴」と聞いて真っ先に思い出すことは何だろうか。私は幼稚園生の頃、バラエティー番組の落とし穴に憧れて友達と作ったことがある。それから、夢の中で覗いた穴の世界は、薄暗くて怖かったし、またある時はきれいな森や小説の中の世界で、幼い頃の想像の世界へ行けたことを思い出した。小説では、穴に落ちて不思議な国に行ってしまう「不思議の国のアリス」の物語を連想した。なんとなく、「穴」を見ると、異世界へのトンネルというイメージがある。

 この作中の「穴」は、主人公の胸のあたりまでと中途半端な高さだ。穴に落ちてその先がまるっきり別世界になっているということもない。しかし、見たことのない獣がいたり、奇妙なことが起きたり、現実味っぽいのにどこか変な不思議な世界へと主人公をいざなう。この作品にも“異世界へのトンネル”のような意味があるのだろうか。
 
 しかし、この物語には奇妙なことが多すぎる。謎の獣に、人目のつかない場所にある穴から助けてくれた近所の女性、聞いたことのない義兄の存在、枕経に、いっぽんばなという聞きなれない葬式、そして多く登場する虫の描写。主人公の義祖父が夜中に獣の眠る穴の付近にいって命を落とした不気味さも印象に残る。義祖父が死んだあと、子供の姿も、獣の姿も、穴もすっかりなくなってしまった訳。義祖父が何かしらのキーマンであったように思えるが、確証は得られない。読み終わった後も単なる私の読解不足か奇妙な謎が解けずに、モヤモヤが残る。妙な世界は私たちを知らない世界へと連れていてくれる。そんな穴をまた覗いてみたくなってしまった。


<写真コメント:穴探検してきました!かなりアドベンチャーで楽しかったです。>

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_