書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

第74回芥川賞受賞作品


著 者:中上健次
出版社:文藝春秋
ISBN13:978-4-16-720701-4

 

THE純文学

 今回は、第74回芥川賞を受賞し、戦後生まれの純文学作家として活躍した、中上健次さんの「岬」(初出・『文學界』昭和50年10月号)を選んだ。

 主人公、秋幸は、母が三回結婚し、複雑な家庭環境の中で過ごしている。そんな彼は、土方の、単純作業で「人間の心のように綾がない」所に惹かれ、姉の夫の組で勤めていた。

 ある日、母の最初の夫の子にあたる異父姉、美恵の夫である実弘の兄、古市を、美恵の妹の夫、安雄が刺し殺してしまう、という事件が起こる。精神が不安定になる姉、実父の子である異母妹の存在……複雑に絡み絡み合う血縁関係ゆえにくるってしまった歯車。作者自身の故郷である紀州を舞台に、普通とは違う環境に置かれた主人公と、その親戚の心境を描いた物語。

 「地虫が鳴き始めていた。これから夜を通して、地虫は鳴きつづける。彼は、夜の、冷えた土のにおいを想った。姉が、肉の入った大皿を持ってきた。」これは、冒頭の文だ。この本は、父に薦められたのだが、読み始めてすぐに、いかにも父が好きそうな、堅くて男らしい文だと思った。またどこか、血と汗、土の匂いを感じさせる戦後の時代背景が思い浮かんだ。

 本を読んで、あるいは歴史を学んでいて思うのだが、戦時中、戦後の時代はとても混沌としている。そして、その時代を生きてきた人は強く、逞しく、どこか目の奥が寂しい。私が生きている時代では見ることのできない景色を物語っている目だ。中上さんの描く、主人公たち、紀州の景色からもそんな混沌とした重たくて暗い時代と、その時代を生きた人々の強く逞しい誠実さが感じられた。

 また読んでいて、話が生々しく感じられ、ややこしい家庭環境や景色に疑問を持ち、中上さんについて調べてみたところ、血縁関係などが主人公と似ていた。この物語はやはり、中上さん自身の感じた事、景色を描いているのかもしれない。だから、情景や心情が鮮明に見えたのだ。

 中でも印象に残っているのは、物語の終盤に本書の題名でもある「岬」に、主人公たちが出向く場面だ。「日が当たっていた。眩しかった。芝生が緑色に光っていた。あまり日差しが強いために、緑の芝生は、濃く黒っぽく見えた。岬の突端にある気が、海からの風を受けて、ゆっくりと流れていた」。視線が空、芝生、その先の岬へとどんどんと移動し、美しい景色が広がっていく。主人公の心情が、窮屈でこんな血のしがらみに生まれてきた自分と父母を恨むような気持から、大きな空、広い海という開放的な空間である場所に来たことで、何かが吹っ切れた、一つの物語の終わりを示しているように感じた。浜辺でも、海でも、丘でもなく、“岬”であることがこの物語に置いて、より印象的な意味を持つと私は思い、題名の「岬」にもつながった。

 戦後の混沌とした中で人々が持つ強さ、郷里、岬……作者が伝えたい景色が鮮明に、今生きているこの時代にまで伝わってくる。何度も読み重ねるうちに内容が奥深く感じられ、久しぶりに“THE・純文学”を読んだ気がする。15歳の今、読むことができてよかったと思えた作品だった。 


<写真コメント:今年も宜しくお願いします!今年は、色々なジャンルの本を読んでみたいです。>

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_