しんせかい
書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞
第156回芥川賞受賞作品
しんせかい
著 者:山下澄人
出版社:新潮社
ISBN13:978-4-10-101581-1
十代最後の特別な時期の経験
今回は、第156回芥川賞を受賞した、山下澄人さんの「しんせかい」を選んだ。
19歳の主人公、山下スミトは俳優になりたかった訳ではなかったが、馬の世話ができる、費用がかからない、離れた場所にある、ブルース・リーになりたい、という理由で俳優、脚本家を育てる施設【谷】の二期生に応募し、若者たちと共同生活を送ることになる。そこで、二年間、俳優、脚本の授業を受けながら、馬の世話、農業といった自給自足をし、【先生】、仲間とかけがえのない時間を過ごしていく物語だ。
作者の山下澄人さんは、俳優や脚本家を育てる富良野塾の二期生で、劇団FICTIONの主宰をしている。主人公と同じ名前、同じ二期生、脚本、俳優も務めていることから【谷】も富良野塾で山下さん自身の話だと思いながら読み進めていった。台詞の稽古で間の取り方に試行錯誤している姿、栄養失調で倒れてしまうなど、一期生と共に過ごした一年間のエピソードから、農場、仲間、【先生】、先輩の雰囲気、辛いこと、面白かったこと、学んだこと、主人公が見た【谷】の風景が鮮明に思い浮かべることができた。【谷】が富良野塾であることは明記されておらず、【谷】の正体は不明だが、富良野塾での生活は、山下さんにとってとても大きな出来事で、大切な日々だったことは伝わってきた。
しかし、最後の文でこうかかれているのだ。「どちらでも良い。すべては作り話だ。遠くて薄いそのときのほんとうが、僕によって作り話に置きかえられた。置きかえてしまった。」山下さん自身のノンフィクションのようでもあり、作り話だというのだ。「置きかえてしまった」という。大切な想い出を物語として作り替えたことなのか、この文章からは少しの後悔を感じる。
新潮社のHPにあるYouTubeに本書を朗読している動画を見つけた。小説の朗読に親しみがあまりなかった私は興味津々で視聴した。俳優活動もしている山下さんだからこその抑揚、表現によって目で読むだけでは感じることのできなかった登場人物の性格、表情、物語の新しい風景が浮かんでくる。ぜひ朗読も聞いてほしい。
また、読んでいて、私とも重なる思い出がいくつかあった。「二期生」という言葉でパッと思い浮かべたのは制服のPR活動を行った「カンコー委員会一期生」としての思い出だ。モデル撮影だけではなく、制服の商品開発などの一年間の活動や、委員会の仲間を通して自分を見つめなおす大きなきかっけとなった。もともと「俳優」には憧れがあった。好きな小説の登場人物をいつか演じることが出来たら幸せだなと思っている。そんなことを考えているうちに、どうして芸能の道に踏み出そうとしたのかをさかのぼっていた。ターニングポイントとなった出来事は何だろう、ダンスの友達と遊び感覚でオーディションに行った時かもしれない、と記憶がどんどんこの物語と共に蘇ってきた。
人生のターニングポイントとなる出来事がみんなそれぞれにあると思う。十代の最後という特別な時期に主人公が経験した【谷】での生活のように、そこで得たものは大きいものだと思う。読者は、様々な記憶が呼び起こされ、初心に帰り、新たな決意を引き起こしてくれる物語のような気がする。十代最後、私は何をして、誰と出会っているのだろうか。
<写真コメント:16歳になりました。もう高校2年生…。最近時間の流れが早くて恐ろしく感じています(笑)今年も充実した一年となるよう頑張ります。宜しくお願いします。>
★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_