影裏

書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

第157回芥川賞受賞作品

影裏
著 者:沼田真佑
出版社:文藝春秋
ISBN13:978-4-16-791347-2

 

すべてを愛す、なんてきれいごと?

 「あなたは、大切な人のすべてを愛せますか。」これは、映画「影裏」のキャッチコピーだ。この言葉で終わる映画予告が強く印象に残っていたので、今月の書評は、沼田真佑さんの「影裏」(初出・『文學界』2017年5月号)を選んだ。
 
 「勢いよく夏草の茂る川沿いの小道。一歩踏み出すごとに尖った葉先がはね返してくる。かなり離れたとこからでも、はっきりそれとわかるくらいに太く、明快な円網を結んだ蜘蛛の巣が丈高い草花の間にきらめいている。」ただただきれいな情景が浮かんだ。こんなに爽やかな冒頭なのに、後半は裏切られる。
 
 主人公の今野は、盛岡にある親会社に異動になる。そこで、違う課にいる日浅と、お互い声を掛け合うような仲になる。それから、突然家に日浅がやってくる。以来お酒を飲み、釣りに行ったり、山菜を採ったり、ドライブなんかをしたりして交流を深めていった。

 しかし、突然日浅は会社を退社。その後訪問営業職に就き、県でトップの営業成績を上げていた。二人の交流は続き、時々会っては話し込み…、そんな日々を送っていた。いつの日か、今野にとって日浅は友達以上の存在となっていたのだ。

 ある日、日浅は、互助会に入って欲しいと今野に頼み、契約したっきり、また共通の知人に貸した30万円を返済せずに行方不明となってしまった。日浅の会社に問い合わせると、3月11日、東日本大震災の時、海に釣りに行ったあと、連絡が取れなくなり、津波に巻き込まれた可能性が高いという。それを聞きつけて主人公は日浅の父親のもとを訪ねるが、息子とは縁を切っているから、行方不明届けは出さないといっている…。

 「すべてを愛せますか。」の問いに私は即答できなかった。今野は日浅のことを純粋に信じていた。だから主人公はその問いにどうこたえるのだろうか。私は、人を信じないと上手なコミュニケーションは取れないというのは分かっているけれども、実際には人を100パーセント信じられないのが本音なのかもしれない。そういう意味では、すべてを愛すなんてきれいごとのように思えてしまう。誰にだって裏はある。私だって、学校でのふるまいが表の顔だとしたら、家での顔は裏の顔となる。学校の友達から見たら、家での私は裏だけれど、家族から見たらその逆だ。よく「女子の裏は怖い」とかいうけれどもそれは果たして、裏なのか。

 日浅は今野のことを裏切ったのだろうか。傍からみればそうなのかもしれないが、今野がすべてを信じられるほど、日浅には魅力があったのだろう。営業成績も一番であったし、何か惹きつける力を備えた人物であったのではないか。主人公から見れば、日浅の裏の顔は、学歴を詐称し家族にも縁を切られ、交友関係を広めては契約を迫り、お金をとる詐欺師のようなものにうつる。でも実際の顔はどうなのだろう。どちらが表の顔なのだろうか。しかしタイトルは「影裏」。「影裏」とはいったい何なのか。“えいり”という熟語は存在しないため、影、裏、とキーボードで打たないと変換されない。

 影の裏…、まだまだ深いものがありそうだ。


<写真コメント:モノクロの世界!>

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_