海峡の光
書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞
第116回芥川賞受賞作品
海峡の光
著 者:辻仁成
出版社:新潮社
ISBN13:978-4-10-136127-7
果てしない宇宙と人生は相似
今回は、第116回芥川賞を受賞した辻仁成さんの「海峡の光」(初出「新潮」12月号)を選んだ。
主人公は青函連絡船の客室係を務めた後、函館の少年刑務所にある船舶訓練教室の副担当官の仕事に就くこととなった。その少年刑務所で目にしたのは、小学校の同級生である花井修だった。
花井は優等生で、クラスメイトからの人望も厚く、仏のような生徒だった。しかし花井が道端で倒れていた老婆を見捨てていた姿を目撃し、裏の顔を知ってしまった主人公は、その翌日からクラスメイトから苛めにあってしまう。卑怯なことに、花井は手を直接下さず、裏から仕切っているようだった。苛めから抜け出すために、空手やラグビーに打ち込み、心情も肉体も面構えも逞しくなり、次第にいじめられることはなくなった。
刑務所内の花井は、模範的で、仮釈放が認められるほどの優等生っぷりを発揮していたが、主人公は裏で何か企んでいるのではないかと気が気でない。
そんなある日、花井は暴動を起こし保護房と呼ばれる独房に連れ出される。仮釈放の話も一度はなくなったが、翌年昭和天皇の恩赦によって仮出獄が認められることになる。花井は、晴れ渡る好天のなか立派なスーツを着て出所するのだった―。
最後まで花井の真意はよくわからなかったが、読みやすくてスラスラと読み進めることが出来た。重たい復讐劇でもないので、初めは淡々と物語がすすむ印象を受けた。再読してみると、主人公の慈悲や花井の人生も深くは語られないが、いじめられた主人公も、刑務所入りした花井も可哀想にも思えてきて、感情移入をしてしまった。
個人的には解説が好きな作家の一人である江國香織さんだったことで最後の最後まで何度も読んでしまった作品でもある。
著者は、辻仁成さん。母が知っていたので検索してみると、テレビでコメンテーターとして出演されていたのを観たことがあった。肩書は、ミュージシャン、映画監督、演出家、作家、さらにロックバンドをしているなんて、ギャップがありすぎる。普段は小説を読んでも作家の顔を思い浮かべることは少ないが、この人がこんな小説を書いているなんて考えると、なんだかかっこいい。
いじめられた側の感情を一番強く感じ、心が痛くなり、恐ろしくなった部分がある。「監視こそが私の復讐である。この私が持てる権力を花井修に見せつけることこそが、幼少期に受けた無数の暴力と支配に対する返報である。」しかし、主人公は鉄壁の向こうにいる花井に対して手が震えてしまう。牢獄の内に入る彼と、その外で監視をしている私、という内と外で区別したい気持ちとは裏腹に花井の事をまだ恐れ、自分を見失いそうになるくらい花井に気持ちが侵食されていた。「監視者を失格し、彼への報復にしくじった」と自身を責めるほどだ。主人公は権威を見せつけるどころか、彼に内面を支配されてしまっていた。
その後、船舶訓練の実習で船を出発し、主人公が地球儀について回想をする場面がある。「宇宙の果ても、存在の果ても、次元の果ても、時間の果てまでも、自分の手中にあるのを知った。」「つまり宇宙とはこの砂州の中の出来事と全く相似なのだった。」
海や宇宙…果てしないものに恐怖を感じていた私だが、この表現におもわず「え?」と首をかしげてしまった。果てしなくて手の届かないはずのものが自分の手の中にあると知り、別世界だと思っていた宇宙が人生と相似だという。地球儀で地球を手で回せるように、人生も人の手で回すことが出来る、それは人生も自分次第で回るという事。星や元素、生命が誕生し、広がっていく宇宙は、人生と重ねることが出来る、のではないか。ということだろうか。なんとなくだが分かった気がしてきた。
現在、著者はフランスで活動をしている。新型コロナウイルスの影響で世界も変化している中、彼は何を思い過ごしているのだろうか。今後の作品や、言葉が楽しみだ。
<写真コメント:おうち時間、魔女の町で帽子やさんしている女の子?イメージして写真撮って遊びました。長く家にいる分、本や映画など様々やカルチャー楽しんでいます。>
★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_