猛スピードで母は
書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞
第126回芥川賞受賞作品
猛スピードで母は
著 者:長嶋有
出版社:文藝春秋
ISBN13:978-4-16-769301-5
親子を超えた新しい家族の形
「母子家庭の親子の物語」と聞くと、やはり、貧しくて辛い日々を送る親子の姿を思い浮かべる人が多いのだろうか。そう思っていた人には、ぜひこの作品を読んで欲しい。
今回は、2002年の第126回芥川賞を受賞した長嶋有さんの「猛スピードで母は」(初出・「文學界」2011年11月号)を選んだ。
母子家庭の小学六年生の慎の母が、「私、結婚するかもしれないから。」といった。しかもその人は今海外に住んでいるらしい。家の中の生ごみの匂い、お風呂の生ぬるい感触、畳のざらざらとした質感…これらは、本文には描かれていない描写だが、丁寧に描かれる登場人物の動作一つ一つから伝わってくるものである。学校、祖父母、二人の親子の日常が詰まった物語だ。
本題に入る前に、著者の長嶋有さんは多彩で経歴が興味深く、ユニークな人であるので紹介したい。作家として、デビュー作の「サイドカーに犬」で文學界新人賞を受賞し、その後も芥川賞を始め、大江健三郎賞、谷崎潤一郎賞を受賞。俳句同人「傍点」を立ち上げNHKの俳句番組で選者を、ブルボン小林名義で漫画の評論活動をするなど多岐にわたって活動をしている。また、長嶋さんの公式サイトには、「パン屋でバイト中にやけど(すぐに治る)」など思わずその姿を想像して笑ってしまうようなユニークなプロフィールが見られるので、ぜひサイトをみて欲しい。
さて、この物語で一番のポイントといえば主人公の母と、主人公の慎のキャラクターだろう。まず、慎のお母さんは離婚した後も何人か恋人を作ったり、はっきりとモノをいう性格だ。引っ越しが決まった際には、煙草に火をつけてから、慎がいじめられていたということを知って「今度の学校も馬鹿がいないとは限らないよ。」と言ったりと逞しく、息子への愛情も強いお母さんである。例えるなら、サザエさんのようなちょっと風変わりな肝っ玉かあちゃんだ。
対して、この物語の主人公である慎は、冷静で達観していて、大人っぽい子供である。私自身、母子家庭で、ちょっと風変わりな母のもとで育ち(お母さんごめんなさい)、小さいときから「大人っぽい」「達観」「子供っぽくない」という言葉をよくかけられていたので、気づかないうちに主人公と自分を重ね合わせて読んでいた。
本文にこんなエピソードがある。「一階に降りれば、やさしくて甘い祖母がすぐにおやつを出してくれるのは分かっている。それでも暗い部屋でぼんやりとしつづけた。あるいは一人で絵本をめくった。」私もそんな景色を見続けてきて、慎のように部屋にあるいろいろなものを眺めていた。そんな時間が今でも好きだ。また、母の表情をよく捉えているところにも共感した。悪趣味なもので、小学校の時から私の趣味は「人間観察」だった。私は、昼休みも授業中も、よく校庭にいる人々を眺めており、人見知りで、話すときも人の表情をうかがいながら話すタイプである。やはり、慎が見ていた景色は私が見ていた景色ととても似ているのかもしれない。
ちょうど慎と同じ年頃、毎日仕事を夜遅くまで頑張って、くたくたになって帰ってくる母に迷惑をかけたくない、心配かけたくないと思い、母には悩み事を話せずにいた。しかし新しい生活や、出来事をとおして吹っ切ることが出来た。母に甘えることが出来るようになり、高校生となった今では私の母は、いい意味で母親らしくない。お互いの愚痴を聞きあったり、アドバイスしあったり、親友の上のような存在である。
いじめられていたり、母子家庭であったり、母親に恋人ができたりと、これだけ聞くと、主人公が可哀想で同情してしまう話と思われるかもしれない。でもそうとは限らない。幸せは人が決めることではないからだ。母子家庭で苦しんでいるところもあるとは思うが、私自身はこの境遇を恨んだことも、辛いと思ったことも一切ない。私が幸せ者なだけなのかもしれないが、強い母とその母を客観視し、見守る慎のように、二人で困難を乗り越え、成長しあっていく、この物語の先にあるであろう、親子を超えた新しい家族という形を知って欲しいなと思う。
<写真コメント:菅公学生服のカンコー委員会三期生の商品開発担当となり、新型コロナウイルスの影響で初めてオンライン会議をしたり、新しいことにも頑張っています。学生にとても近い存在の制服は調べれば調べるほどはまってしまう魅力があるので、その魅力を伝えられるように頑張ります!>
★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_