きことわ

書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

第144回芥川賞受賞作品

きことわ
著 者:朝吹真理子
出版社:新潮社
ISBN13:978-4-10-125181-3

 

物語のゆっくりと進む時間が愛おしい

「きことわ」というタイトルを見たとき不思議な言葉だな、どういう意味なんだう、と思ったが、同時になんだか落ち着く、柔らかい言葉だなあとも思った。今回は、第144回芥川賞を受賞した朝吹真理子さんの「きことわ」(初出・『新潮』2010年9月号)を選んだ。

 少女の頃、葉山の別荘で、共に過ごした貴子と永遠子。二人は、別荘の解体をきっかけに25年ぶりに再会を果たす。二人のそれぞれの記憶が織りなす夢と現実が交錯してゆく物語。

 子どもの頃の景色の夢を見ているような小説だった。私は、子どもの頃の夢を見ることが何度もある。幼稚園で工作をしていたり、ダンスをしていたり……。でも、昔の記憶をもとにした夢は、現実と想像が入り混じって、どれが本当の記憶で、どれが想像の夢なのかが繰り返し見るうちに曖昧になってくる。そんな感覚もこの物語から感じ、不思議な気持ちになった。

 ほとんどの夢は、起きたらすぐに忘れてしまうのだが、小学生低学年頃に見た夢は、強烈なインパクトを私に残し、今でも鮮明に覚えている。その夢では、母が海賊になっていたり、私自身がプリキュアになってかなり過酷な戦いを繰り広げていた……」。

 読んでいてふと思い出したのが、祖母の家の顕微鏡を使って、夏休みの研究を行ったときのことだった。顕微鏡をのぞき、髪の毛や砂糖、身近にあるいろいろなものをみたときのキラキラとした景色。作中でも、二人が顕微鏡で雪の結晶を見ていたシーンがあったからだろうか。私の想い出にある景色の、フィルム映像のような淡い記憶と似た雰囲気がこの物語にもあったのだ。

 また、物語がゆっくりと進む時間も愛おしく感じた。カップラーメンを待っている二人は三分の間に宇宙の話から浴衣の話、夢の話など、たわいもない会話をする。その描写に心地の良い空気を感じたのだ。「そう、こうしているうち百年と経つようよ。」と言うように、私もこの会話をボーっと聞いていたら百年経っていても気づかないかもしれない。

「永遠子は夢をみる」

「貴子は夢をみない」

 という印象的な文から始まる、きこと、とわの物語、「きことわ」。匂い、感触、景色、温度、懐かしの味、五感を感じられる、心地の良い物語だった。

 25年後、私は何をしているのだろうか。2月で17歳になるので、42歳か……。母は、最近大学生の頃の友人と久しぶりに再会をし、話が盛り上がったらしい。私が42歳になっている未来を考えるととても恐ろしいが、今出会っている友人と再会して昔の思い出話なんかをしている未来を想像すると何だか楽しそうだなとも思えてきた。25年後の私は、25年前のどんな景色を思い出し、どんな夢に見ているのだろうか。


<写真コメント:「祖母のお誕生日に、花束を贈りました。黄色が好きなので、黄色の花を選びました。」>

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_