推し、燃ゆ
書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞
第164回芥川賞受賞作品
推し、燃ゆ
著 者:宇佐見りん
出版社:河出書房新社
ISBN13:978-4-309-02916-0
生きづらいと感じる同世代に
今回は、一番最近の第164回芥川賞を受賞した、宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」(初出・『文藝』2020年秋号)を選んだ。
この物語は、「推しが燃えた」というインパクトのある文からはじまる。主人公である高校一年生のあかりが好きなアイドル(=推し)がファンを殴ったというネットニュースが流れ、炎上してしまったのだ。推しについてのブログを書き、“ガチ勢”としてファンの中でも知られているほど、推しを中心に生活をしていたあかりはこの事件をきっかけに歯車が狂い始めてしまう……。
本作は芥川賞を受賞する前から私の周りでも話題になっていた。好きなアイドルを全力で応援している、いわゆる「推し活」をしている女子高生にとって共感する場面が多いのだ。
「推す」という行為は、推しのグッズを祭壇のように並べ、拝めたり、誕生日にはケーキを買ってお祝いをしたり、生活の中心がまさに「推し」一色になる。その推しが芸能界引退などしようものなら寝込んでしまうほど、推しと共に生きているような友人もいる。私は、好きなアイドルはいるけれど、「推し」と言えるほどの人物はいない。アイドル活動をしていた私はどちらかというと、推されている立場なのか、とモヤモヤしながらこの本を読んだ。
チェキをファンと撮ったり、SNSでコメントのやり取りをしたりという場面では、あかりではなく、あかりの推しである上野真幸の見ている景色を思い浮かべていた。最近は、コロナもあり、アイドル活動が出来ていない状況であるし、地下の中の地下アイドルなので、私はアイドルといえる存在なのかどうかわからないが、普段主人公の目線か、その外側からの目線でしか本を読んでいなかった私が、主人公の推しの目線で読んでいたという事は、アイドルを自分になぞらえた証拠だと思う。
だが、あかりの景色と私の景色を重ねた場面もあった。それは保健室での場面だ。
「保健室には、時間の流れがない」「光を鋭く反射するカーテンレールの銀色に自分の眼のピントが合い、またぼやけるのを感じた」。
あかりは、勉強があまり得意でないことから、授業に参加せず、保健室にいることが多い。恥ずかしいけれど、私も保健室の常連なのだ。授業を欠席して、保健室にいるとき、描写された景色を見ている。教室という当たり前のように座っていた場所から抜けると、一気に時間の流れが変わる。ボーっと今の自分に悔やみながら外の景色を見ていると視界がぼんやりとしてくる。でも、現実に戻されるとどうしようもなくその空気に押しつぶされて行き場を失う。あかりの元に先生がやってきて、先の事を考えてあと少し頑張りなさい、と言うけれど、彼女は「今がつらいんだよ」と頭の中で呟く。この彼女の言葉に、私は胸が痛くてたまらなくなった。あかりの居場所は、家でも学校でもなく、ネットと推しなのかもしれない。
作者である宇佐見りんさんは、芥川賞を史上三番目の若さで受賞した大学生で、私と年齢も近い。だから物語を通じて見える景色が私の景色と似ている部分が多くあったのかもしれない。主人公と年齢が近かったり、アイドルの存在だったり、今の自分自身の葛藤と重なったりして、読んでいて、その生きづらさに心が苦しく重たくなった。人それぞれ共感する場面は違うとは思うが、特に推しがいる人、生きづらいと感じる同世代に読んで欲しい。誰かに知って欲しい作品だった。
<写真コメント:「久しぶりにアイドル衣装着てみました!せっかくなのでチェキっぽく!」>
★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_