ポトスライムの舟
書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞
第140回芥川賞受賞作品
ポトスライムの舟
著 者:津村記久子
出版社:講談社
ISBN13:978-4-06-276929-7
「働くとは何か」を主人公と一緒に考える
今回紹介するのは、第140回芥川賞を受賞した、津村記久子さんの「ポトスライムの舟」(初出・『群像』2008年11月号)を選んだ。
主人公のナガセは、工場で契約社員として働きながら、カフェや、パソコン教室の講師のバイトをしている29歳。ある日、彼女は工場に貼られていた世界一周クルージングのポスターに目が留まる。その費用が、工場勤務の年収と同じ額の163万円だという事に気づき、「工場での時間がそっくりそのまま世界一周に移行される」ということが頭から離れず、興奮したナガセは、世界一周旅行のために、節約生活を送るようになる。働く女性の日常を描いた作品だ。
題名にもなっている、「ポトスライム」は観葉植物。水だけで元気に葉を増やすのは凄い生命力だなぁ、と興味を持った。主人公は家でポトスライムを育てていたが、最近私も、部屋の模様替えをして、観葉植物を机の上に置いている。ほっときがちで危うく枯らしそうなところだったが、この話を読んで急いで水を与えた。人工的なところが何もない自然が昔から好きで、植物はいつまでも眺めていられる。かたいアスファルトにも負けずに根を張る道端の草花の姿には尊敬の感情さえ生まれてくる。植物を部屋に置いて、植物の生命力に触れる時間が増えると、部屋で過ごす時間も心地よく感じるようになった。
作品で一番強く印象に残ったのは、主人公が貯金を世界一周旅行の費用にするという目標を作ったことだ。私だったら、生活のために貯金するだろうし、それが一般的だと思ったと同時に、でも主人公の考えもいいなと思い始めた。今はコロナで遠出の旅行になかなか行くことが出来ないので、羨ましいという気持ちもあるが、ナガセと共に「働くとは何か」を考えると、「生活するために働く」ってなんだかつまらないなと感じた。せっかくなら大きな夢を掲げたほうがワクワクする働き方になる。
しかしそれは現実的とは言えないようだ。ナガセは仕事をするよりも、世界一周旅行のお金を集めることが「生きているという気分になった」と文中で書かれていた。私は、働くことが生きがいだと考えていたため、この文中の言葉に驚き、実際社会に出ると、そんなに甘い世界ではないのかもしれない、と私は不安に感じた。
結果的に、ナガセは世界旅行に行かずにこの話は終わってしまう。そのナガセの姿を見て、最初は自分なりの働く意味が存在して、それに向かって仕事していくけれど、働いていくうちに「生活するために働く」という目的に変わってしまうのかもしれない、と思った。私は少しそれが悲しくもあった。
私は、今仕事について、学生の仕事は「勉強」と言われるように、学校の勉強もそうだが、様々な活動を通して、学び、自分自身の経験として吸収することに楽しさや、やりがいを感じているが、「働く意味」にはあまりピンときていないのが現状だ。私が社会人になったら、もう一度この小説を読み直してみようと思う。そうすればこの話の見方が今とは変わりそうだ。およそ十年後、私はどういう日常を送り、何に働く意味を見出しているのか。そしてナガセの日常にどう感情移入するのだろうか。
<写真コメント:カンコー委員会の活動で制作したスラックスを履いてみました。>
★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_