乳と卵

書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

第138回芥川賞受賞作品

乳と卵
著 者:川上未映子
出版社:文藝春秋
ISBN13:978-4-16-779101-8

 

今までにない感覚の読書体験

 女性の体というものは、赤ちゃんを作るために少々厄介で面倒なつくりをしていて、私は好きではない。好きではないけれど生まれ持ったものだからどうすることも出来ない。さらに、容姿で印象や人生も左右されやすいため、コンプレックスもある。だからメイクやダイエット、自分磨きをする。二重整形をする人は同世代にもいるようで、整形とは言わずとも二重テープやノリなどをしている子は多く、最近では校則問題になるほどだ。女性の生きづらさは身近な社会問題としてニュースでも取り上げられている。

 今回は、第138回芥川賞を受賞した、川上未映子さんの「乳と卵」(初出・『文學界』2007年12月号)を選んだ。

 本書は女性の体や悩み、その仕組みについて、大阪弁の語り口を用いた、独特の描写とリズムで描かれた作品だ。

 主人公の「わたし」の住むアパートへ、姉である「巻子」とその娘「緑子」がやってきて、夏の三日間を共に過ごすことになったところからこの物語は始まる。

 巻子と緑子の親子は風変わりだ。巻子は、大阪でホステスをしており、なぜか豊胸手術にとりつかれている。娘の緑子は、はっきりとした理由は描かれてはいないが、思春期だからなのか、話すことを拒否し、筆談でやり取りをしている。筆談の内容は、自身や周りの女の子たちの体の変化や、性の事が多い。「体があたしの知らんところでどんどん変わっていく。こんなに変わっていくことをどうでもいいことやとも思いたい、大人になるのは厭なこと、それでも気分が暗くなる」。時には、巻子の豊胸手術について「信じられへん、だいたいそれって何のためによ?って何のためにか仕事のために?考えられへん。気持ちわるい、気持ちわる気持ちわる気持ちわる気持ちわる気もちわる」と反抗的な態度もとることもある。

 緑子の性に対しての考え方で気になった言葉があった。母乳を飲ませた分胸が小さくなったから、豊胸をしようとしているのならばそもそも自分が生まれてこなければよかったのか、と感じた緑子は、「卵子と精子があるのはその人のせいじゃないけれど、そしたら卵子と精子、みんながもうそれを合わせることをやめたらええと思う」と言葉にした。衝劇的な言葉だったが、納得してしまった。著者の川上未映子さんの色々なインタビュー記事を読んでいた中で、「反出生主義」という言葉を知った。「反出生主義」とは、生まれてくること、産むことを否定する考え方だという。緑子は、きっと産むことも、生まれてきたことに対しても否定しているのだと思う。

 私は、生まれてきたことに否定的ではないのだが、女性の体のつくりが好きではない。だから産むことに対しては、どちらかというと、卵子自体なくてもいいのに、と感じている。それは、緑子の言葉に近いなとも思った。

 最後にある、親子喧嘩ともいえるような、緑子が本音をぶつける場面は、題名にもある「卵」が印象的だった。緑子の不満が爆発して、家にある生卵をすべて投げつけ合う。私は、一度卵かけご飯を作ろうとして茶碗をひっくり返してしまったことがあって生卵が髪の毛につくと、生卵特有の匂いとぬめぬめした感触が髪にへばりついて、とても気持ち悪かった。そんな生卵を容赦なく投げたのだから本当に恐ろしいが、緑子が「卵」を投げつけたのは、卵子の卵を拒絶したのかとも感じた。母に何故胸を大きくしたがるのか、何故、自分が生まれてきたのか、母が大事だけど母みたいになりたくない、矛盾した色々な気持ちがせめぎ合い、気持ちの整理がつかず、真実を知りたいと母に問うが、真実はないこともある、と返答された。

 喧嘩後、二人は一緒に帰る。きっと、緑子は自分の体や、母の思いを受け止めることが出来たのだのだと思う。

 卵を投げつけあう親子喧嘩も、タブー視されてしまっている女性の性や体やコンプレックス、整形の話題を赤裸々に描いたこの作品は、今までにない感覚の読書体験だった。


<写真コメント:「高校三年生になりました。早いですね。少し大人っぽくなれたかな。」>

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_