悪い仲間/陰気な愉しみ

書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

第29回芥川賞受賞作品

ガラスの靴・悪い仲間
著 者:安岡章太郎
出版社:講談社
ISBN13:978-4-06-196053-4

 

彼らの刺激的な日々も、一つの青春

 今回は、第29回芥川賞を受賞した、安岡章太郎の「陰気な愉しみ」「悪い仲間」を選んだ。

 お小遣い日に、このお金で何をしようか楽しみにしているのは私だけだろうか。そんなことはないはず。

「陰気な愉しみ」は、軍隊で受けた傷が原因で病気になり、役所に金を受け取りに行くことに陰気な愉しみを覚えた青年の物語である。

 何もしていないのにお金を受け取れる、いや、病気であるから主人公はお金を受け取ることが出来るのだが、この言葉に表せない感情を「陰気な愉しみ」と著者は言葉に表していた。

 青年が役所を出ると雑貨店、飲食店、喫茶店……様々な店が彼を待っていた。彼はわざわざ大回りをして広い通りも見て回る。現代の私と重ねると、お小遣いを受け取った後、つい駅でウィンドウショッピングを楽しんでしまう時のようだ。約70年前の主人公の見る景色と通じ合えるのだから面白い。結局彼は、靴磨きにお金を使う。信じられない程輝いた靴とは対照的に、なんだか憂鬱な気分で帰るというラストにも面白味を感じた。

 普段あまり短編は読むことが少ないのだが、作中漂う陰気臭さと、ユーモアを感じられるオチが楽しく、個人的に好きな作品だった。
 
 もう一つの短編「悪い仲間」は、ユーモラスな「陰気な愉しみ」よりも、切ない印象を受けた。

 大学の予科に進んで最初の夏休み、主人公の「僕」は、藤井高麗彦に出会う。藤井は近寄りがたい異様な雰囲気を放っていたが、帰りの電車が一緒になったことから、主人公は次第に彼と親しくなり、ある日、友情につきまといがちな、現実を見られなくなる興奮のような「ある架空な気分」から一緒に食い逃げを企てるなど悪事をするようになる。普通の日々に退屈してしまった「僕」は、友人の倉田にも藤井と行った悪事と同じことを教え、倉田もその刺激的な日々に魅了されていく。

 季節が冬へと移り変わるとき、藤井から、退学すること、病気をしていること、田舎へ帰ることを記した手紙が送らてくる……。結末をここで書くとこれから読む人の楽しみが一つ無くなってしまいそうなので書かない。

 ところで、私は、自分で言うのもなんだが、真面目に生きてきた。制服も着崩さない、校則違反の物は持たない。真面目で困ったことは何だろうと考えてみたが、ぱっと思いつかない。強いて言うなら、ほどほどに不真面目に生きないと疲れてしまうと思い、だらだらと何も気にせずにいたら係の仕事が終わらなくなってしまったりと、塩梅がわからず失敗してしまったことだ。周りにも「悪い仲間」のような人はいないので、主人公たちと年齢はそんなに変わらなくても世界が違うと感じた。こんな風な日々を送りたいとは言えないが、彼らの刺激的な日々も、一つの青春だなと少し羨ましい。

 二つの話に共通して印象に残ったのは、戦争だ。「陰気な愉しみ」では、主人公が軍隊にいたという設定もそうだが、街中にアメリカ兵が普通に歩いているという描写に驚いた。「悪い仲間」では、最後の締めくくりの文章が、「……そのとしの冬から、また新しい国々との戦争がはじまった。」とある。主人公の先行きが明るい未来ではなかったのでは、と不安と暗闇を感じるような文だった。

 じめっとしたこの季節に、長い時間読んでいたくなる二作品だった。たまには、暗くて湿気のある部屋の中で一人、昔の純文学をじっくり楽しむ時間もよいのではないだろうか。


<写真コメント:「友達といるときはは、こんな笑顔をしている思います。良い仲間と出合えて嬉しいです。」>

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_