おいしいごはんが食べられますように
書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞
第167回芥川賞受賞作品
おいしいごはんが食べられますように
著 者:高瀬隼子
出版社:講談社
ISBN13:978-4-06-527409-5
食と共に語られる不穏な空気漂う職場の人間模様
初めての読書体験を味わった。可愛くて思わず手に取った単行本のカバーには白の背景にシンプルなキッチンに置かれた鍋が描かれており、ページを開くと透明のチェック模様のページの奥に見える縦に並んだスイーツのイラスト。題名に「おいしいごはん」とあるのもあってか、温かいかわいらしい物語なのかと思っていた頃が懐かしい。
物語は二谷と押尾、二人の男女の視点が交互に描かれている。主な視点は、サラッと仕事も人間関係も器用にこなしているサラリーマンの二谷。彼は、お腹を満たすだけ、とカップラーメンが1日3食でもいいと考えているほど食に無頓着である。
一方の押尾は、芦川という女性の同僚が苦手だ。強豪のチアリーディング部にいた押尾にとって、前勤めていた会社でのハラスメントが原因により無理をしない仕事スタイルで周りから配慮されている芦川は腹立たしい存在であった。「それじゃあ、二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」と飲みの席で冗談交じりに誘う押尾――。
そんな芦川は、か弱く守ってあげたくなってしまう二谷の好みのタイプの女性だ。二谷と芦川は仕事が一緒になり流れで恋人同士となる。彼女はお菓子作りが得意で、作ったお菓子を会社に差し入れたり、二谷の家に来た際は手料理をよくふるまった。
しかしある日、芦川の机の上に捨てられた彼女の手作りスイーツがきれいに置かれていたのが発見される。そこから三人の人間関係の不穏さはさらに勢いを増していく。
3人の表裏のある人間模様も本作の魅力である。二谷は好きなはずの芦川のお菓子は捨てるし芦川と関係を続けながら押尾とも一夜を共にする。芦川と付き合っていることが噂され職場で冷やかされた際には「死んで、ほら死んだ、ざまあみろと、誰とはなしに投げてぶつけてぐっちゃぐちゃになってしまいたいし、なってしまいましたって言いたい」とブラックな心の内があるところがまた面白い。それでもやはり、上手くやっており要領がよく、出来る人だ。芦川は仕事を急に休んだり病弱で早退したりしている。そして頻繁に手作りスイーツを会社に配る。気を遣わなくてはいけなく迷惑がられることもあるが、この行動も彼女が感じている生きづらさや繊細さ故にと私には思える。押尾は単純にいじわるだ。でも頑張り屋なところやはっきりとした性格は好感を持てる。
読むと登場人物それぞれに好きなところ、嫌いなところ、狂っているところ、共感するところがあると思う。読者は、とても人間的な彼らに愛おしささえ感じるのだろう。
食から垣間見られる人間性もある。二谷は芦川の手作りお菓子を表面上は喜んでおいしそうに食べているように見せるが、実際は食に美味しさを感じていないので食後にうがいをしたり、見えない場所でぐちゃぐちゃにして捨てたりしている。この美味しくなさそうに食べる描写は他の本ではあまりなく本作の私が好きなところの一つだ。対して押尾はせっかく毎日食べるものだからお金を出しておしゃべりしながら美味しいご飯を、というタイプ。芦川の手作りスイーツをわざとらしいほどに褒める社員たち。私たちの毎日の生活に食が伴うからこそ、食に関する描写はその人らしさが表れるのではないかと感じた。マイペースな私は食べるのが遅かったりから揚げはレモンをかける派だったり…。
食と共に語られる不穏な空気漂う職場の人間模様。タイトルになっている「おいしいごはんが食べられますように」。本作を読んでこの言葉にゾクっとしてほしい。
<写真コメント:今年の夏休みは海に行ったり花火をしたり夏らしいことが出来た気がします。>
★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
2004年生まれ。大学生。2016年からアイドル活動を始める。カンコー委員会一期生などモデル活動のほか、「NHK高校講座現代文」の生徒役としても出演するなど幅広く活動をしている。MissiD2021「本と女優賞」受賞。
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