冥土めぐり

書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

第147回芥川賞受賞作品

冥土めぐり
著 者:鹿島田真希
出版社:河出書房新社
ISBN13:978-4-309-41338-9

 

再読して感じた喪失感と寂しさ

 中学1年生の頃、この本を初めて手に取った。その時のことを今でも覚えている。純文学をあまり読んでいなかった当時、『冥土めぐり』という怪しげなタイトルと表紙に惹かれて単行本を図書室で借りた。悪い夢を見ているような苦しさと非現実感で、心がざわざわし、表紙に描かれた真紅の絨毯がそんな読後の気持ちを表現しているようで印象的だった。

 あれから6年ほど経ち、再び読んで私が感じたのは、過去への喪失感と寂しさだった。

 8歳の時に家族といった場所へ、夫と一泊二日の小旅行をすることにした主人公の奈津子。その場所は、触れるたびに過去の記憶がよみがえってくるような思い出の地である。
 宿泊先も、奈津子の母が昔「一生のうち一度は行ってみたい」と言い、家族で泊まった立派なホテルを選んだ。母は元スチュワーデスで「あなたはスチュワーデスになるでしょう?」と幼い奈津子に言い聞かせるなど夢見がちでプライドが高い。結婚をして普通の主婦になっても母は、ご近所さんが話していた美人は自分の娘に違いないと連絡をしてきたり、可愛く女の子らしい洋服を買い与えたり、自分の理想像を押し付ける。奈津子はそんな母を鬱陶しく嫌に思っていても未だ母にとらわれた生活を送っていた。奈津子が「あんな生活」と言うような記憶を象徴する場所へ行くことは、彼女にとって苦しくもあったがもう思い残すことはないと思うくらい意味があるものだった。

 過去と現在との景色が重なりながら旅は進んでいく。例えば、旅先で食べた海鮮丼から結婚前に家族といった高級イタリア料理店を、ホテルの絨毯からは、母が前はスイートルームに泊まったと饒舌に語ってきたこと、海の泡からは、太一の発作で目にした泡を、テーブルクロスからは、死ねばあんな生活から逃れてうんざりする家族もマウントの押し付け合いからも逃れられると思った時のことを、そしてそんな時に太一に出会ったことを。本作はそんな記憶の残る地をめぐりながら過去と対峙し、成仏していく物語である。
 寂しさ、辛さを感じるようになったのは、奈津子への感情移入がより大きくなったからなのではないかと感じた。彼女は、自分への価値を見出せずに一人苦しんでいて、もはや何もかも諦め乾ききってしまっている。本当に辛いことは、「成仏できない幽霊たちと過ごすことだ。もうとっくに、希望も未来もないのに、そのことに気づかない人たちと長い時間を過ごすということ」と語っており、物心ついた時から希望も欲望も薄く、抵抗する元気もなかった。太一と出会い、ようやく家を出ることができても、夫の太一は、脳神経の発作を患い、車いす生活を余儀なくされている。繰り返し起きる発作に奈津子は「きっと自分は幸せになるのに値しない人間なのだろう。」と感じている。私はそんな冷めた心情やネガティブさに胸が苦しく思うようになったのだ。

 読んでみて、「あれ、こんな本だったっけ」と思った。6年前には感じられなかった悲観的な視点や年数の経過による私の経験が増えたことによって感じられることも以前より増えて、奈津子の喪失感や寂しさに胸が苦しくなるようになったのかもしれない。あまり再読はしない派だったが、再読も読書の楽しさの一つになった。

<写真コメント:私にとって写真も過去に触れるものの一つです。最近は携帯に入っている高校生の写真フォルダを見返すたびに終わってしまった青春に胸がきゅうっとなります。

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
2004年生まれ。大学生。2016年からアイドル活動を始める。カンコー委員会一期生などモデル活動のほか、「NHK高校講座現代文」の生徒役としても出演するなど幅広く活動をしている。MissiD2021「本と女優賞」受賞。

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