破局

書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

第163回芥川賞受賞作品

破局
著 者:遠野遥
出版社:河出書房新社
ISBN13:978-4-309-02905-4

 

個性が強すぎるわけではない登場人物の絶妙なバランス

 初の平成生まれの芥川賞作家である遠野遥が描く『破局』は大学生の“日常”が描かれる。

 大学 4 年生の陽介は公務員試験の勉強に励んでいる傍ら高校でラグビー部のコーチをしている。日課である筋肉トレーニングで鍛え上げられた肉体を持ちながら、勉強も順調だ。麻衣子という彼女もいるのだがそれぞれの就職活動で忙しくなり関係が上手くいっていない。そんなある日、友人のサークルのお笑いライブに誘われていくことになり、1年生の後輩、灯と出会う。

 彼女がいながらも灯と連絡を頻繁にとっていた陽介は、麻衣子の誕生日デートでも灯のことが脳裏によぎる。後日、筆記試験が終わったお祝いにケーキを作ったから食べてほしいと誘われて灯の家に行くなど二人の距離は縮まっていき、灯と付き合うようになる。二人の良好な関係が続き、公務員試験も突破。あとは面接のみとなった陽介は公私ともに何不自由ない日々を送っていたが…。

 恋愛のドロドロなど生々しい描写がなく、読みやすい印象を受けた。しかし淡々と進んでいるはずなのに違和感を感じる。その違和感は癖のある登場人物たちの言動から感じたのかもしれない。

 まず、灯はあざとい。あからさまにテクニックを使う。猫のように丸まって上目遣いをしたり、陽介を家に呼び出した理由がケーキを食べてほしいというのもそうだが、家に招き入れた際、陽介がトイレに行っている間に消えてしまう。そしてベッドの下から「ずっとここから見ていたのに、全然気づいてくれなかったですね。」と笑いながら出てきたのだ。こんな言葉を言ってしまうことが驚愕だ。隠れんぼサークルというクセのあるサークルでもこうしていたらしい。そこまでするのかという怖さとそんなことされたら相手は忘れられないだろうなと二つの意味で思わずドキッとしてしまう。

 麻衣子は、何故なのか文庫本で10ページ以上自分の小学生の時の思い出話をひたすら語る。内容は、インフルエンザで家にいなくちゃいけないときに遭遇した不審者の話だ。急にホラーミステリーの短編集が挟まってきたようだった。覚えた恐怖心や不安が今と重なっていたのか、その真意はわからない。

 筋トレを欠かさないなどルーティーンは守るし規律性がある陽介は、しれっと浮気している。彼の考え方が現れていると感じたのは、タックルの教え方をゾンビに例えて教えている場面だ。「今からお前らはゾンビだ。」「ゾンビだから何度でも立ち上がるのは当然だし、ゾンビは疲れや痛みなんて感じない。死んでいるわけだから、何も感じない。」私だったら心の中で(いや、死んでないし)と反抗してしまうような教え方だ。だが、よく考えると社会においてもゾンビでいることが求められているような場面はある。疲れや痛みに鈍感である方が生きやすいからだ。規律性があり、健康的な肉体を持ち、感情の起伏が少ない主人公は社会で上手く生きられている人間にも私には思えた。主人公もそう思っているから、ルーティーンや淡々とした性格でいるのではないだろうか。規範に従うし、一般的な気遣いもあるのだが、自我が語られることがほとんどなく淡々としすぎて中身がつまらない人間ともいえるかもしれない。

 私は大学生2年生になって周りの恋バナが多く今が一番面白い時期なのだが、一方で人間関係に恋愛関係も絡まりあって面倒でもある。友人の話を聞いていて高校生と違うなと感じたのは、浮気や酒癖など恋愛トラブルが変化していることだ。また、陽介のように感情的にならずに、何事もこなす器用な人間も大学生になって出会う機会も増えた。私は友人と悩み事や嫌なことまで感情的になるくらい語り合いたいし、とても不器用人間なので、大学1年生の頃は陽介タイプとの友人関係に悩んでいたこともあった。そんな友人と話してみて、話が合わないかもと感じていたものの、要領が良くて本当はとても羨ましかった。登場人物たちと年齢が近い分、親近感がありキャンパスの雰囲気は現実と重なる。

 簡潔でテンポのある文章の中にあるユーモア、個性が強すぎるわけではない登場人物たちの絶妙なバランス、リアリティのある大学生の姿が描かれる本作で一体主人公がどんな<破局>を迎えるのか確かめてほしい。

 

<写真コメント:今回は大学生の話で、私も大学生なので身近な作品でもありました。実際の大学生活は勉強とバイトで今までで一番忙しくて、放課後も一人で過ごすことを楽しんでいるので陽介みたいな生活とは程遠いかもしれません。陽介も遊んでばっかりな生活なわけではないんですけどね。>

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル

2004年生まれ。2016年よりアイドル活動を始め、現在「読書人web」にて書評コラム「書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞」を連載中。NHK高校講座「現代文」では聞き手役を務め、ミスiD2021では「本と女優賞」を受賞。本に関わる活動を中心に多岐にわたって活動中。

Twitter:@koha_kohha_
Instagram:@koha_58_