【読書人WEB限定】中央銀行は誰のものか――番外編

中央銀行は誰のものか――番外編

 植田和男新総裁就任が決定し、4月より日銀新執行部体制がスタートする。混迷をきわめる国内外の経済状況のなか、経済学者出身の新総裁がどのような手腕を発揮するか注目が集まっている。

 本紙3月10日号掲載、経済学者・岩田規久男氏と経済学者・柿埜真吾氏による巻頭対談、<中央銀行は誰のものか>紙面未収録の記事をWEBで特別公開!ぜひ、本紙と合わせてお読みください。(編集部)

[2023年3月10日号販売ページ]
https://jinnet.dokushojin.com/products/3480-2023_03_10_pdf

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岩田規久男・柿野真吾著『自由な社会をつくる経済学』(読書人)
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「日銀は政府の子会社」論を検証する

 岩田 今回の新総裁人事にあたり、政府と日銀が2013年に結んだ共同声明を見直すのではないかという報道があり、共同声明に対しても注目が集まりました。実は、政府と日銀が共同声明を出したこと自体は特別なことではなく、インフレ目標を採用している多くの国の政府とその国の中央銀行の間で、政権交代が起きるたびに協定の結び直しを行っているからです。

 日本の場合は、政府と日銀が一体となって経済運営ができるようになった意味でも画期的でしたが、それに伴い最近、政府と日銀の関係を指して、「日銀は政府の子会社」という表現が盛んに使われるようになりました。ところが、これはミスリーディングを引き起こしかねない非常に危険な言い回しなのですね。

 柿埜 「日銀は政府の子会社」論が出てきた背景には、かつて中央銀行の独立性の意味が誤って解釈されていたことがあると思います。黒田総裁就任以前の日銀は、デフレ的な金融政策を続けながら、批判を受けると、「中央銀行の独立性の侵害だ」と主張し、まるで日銀に政策の説明責任を要求すること自体が許されないことであるかのような主張をしていました。

 日銀審議委員を務められた中原伸之さんは、このような旧日銀の体質を批判し、著書の『日銀はだれのものか』(中央公論新社)の中で、究極的には「日銀は国民のもの」であり、国民に対して説明責任を果たすのは当然のことだと批判しておられます(同書273頁)。

 中原さんも指摘されていることですが、中央銀行には手段の独立性はあっても目標の独立性はないというのが国際標準の経済学の考え方です。政策目標達成のために日銀がとる金融政策の手段は日銀に任せるのが妥当ですが、国民に選挙で選ばれたわけでもない日銀官僚が手段も目標も自分で決めていいということになれば、まるで戦前の軍部です。

 中央銀行は政府と国民に対して政策の説明責任を負い、政府と合意した物価安定の目標の達成に努めるのがあるべき姿です。デフレ下に利上げを強行し、「日本のデフレは良いデフレだから問題ない」などと物価安定の責任を放棄していた旧来の日銀は独立性の意味を誤解していたというしかありません。2013年以降、日銀には2%のインフレ目標という確固とした目標が与えられ、ようやく日銀も正常な姿になりました。

 ところが、今度は過去の反動からか、日銀の独立性を全否定する逆の極端な意見が出てきてしまいました。好意的に解釈すれば「日銀は政府の子会社」というのは、中原さんの指摘を単純化したものといえなくもありませんが、こういう言い方は非常にまずいですね。

 岩田 中央銀行の独立性を正しく理解させるためとはいえ、政府と日銀の関係を親会社、子会社と単純化してしまうと、親会社の政府に対して、子会社の日銀は唯々諾々と従わなければならない、という上下関係ができてしまいます。

 ではもし、政府が明らかに間違えているデフレ容認的な目標を立てたとしましょう。政府は基本的に金融政策に関しては素人ですから、その可能性はないとは言えません。対する日銀は金融政策のプロ集団です。目標達成に向けてあらゆる手段を講じることができる。すると、子会社の日銀は間違った目標と知りつつ、達成に向けた最善の策をとらなければならなくなるので、非常にまずいことになります。

 柿埜 最近、日本のMMT(現代貨幣理論)論者の間から、政府は目標のみならず金融政策の手段も決めることができるし、日銀はそれに従わなければならないのだ、という声が聞かれるようになってきました。それではまるで、日銀は政府の財布だと言わんばかりの認識です。MMTの考え方は過去に中南米でハイパーインフレを招いてきたポピュリズムの思想と酷似していますし、極めて危険な考え方だと思います。

 ときの政府が日銀にいちいち政策を指図し、日銀は政府の命令通りの政策しかできないというのでは、その時々の政府の都合や思い付きで、日銀の政策が左右され経済が大混乱になるのは必至です。政府が日銀に一般的な目標を与えるのは当然ですが、国債引受額等の具体的な政策手段に介入したり経済学的知見を無視した無謀な政策を要求したりするのは大問題です。

 「日銀は政府の子会社」を曲解したナンセンスな議論が目立つようになってきましたが、このような論調が広がってしまうのはとても問題ですね。

 岩田 たしかに中央銀行が勝手に目標を立てて、それを独自に遂行する旧日銀的なやり方は認められませんが、一方で政府が間違えた方向に進もうとしているのであれば、それを諌めて軌道修正を促すのも中央銀行の役割なのです。

 中央銀行は政府の経済政策に意見を申し入れるのに十分な、金融政策の膨大な知見を有しているわけですから、そのときどきの政府に対して必要な情報を提供して、政府にとるべき経済政策の意味を正しく理解してもらった上で目標を策定してもらう。そして、その目標に合意し、中央銀行の独立性の下、金融政策の専門家集団として責任を持って行動をする。経済政策が良好な国の政府と中央銀行の間にはこのような関係が成り立っているのです。

 こういった要点を省いて、「日銀は政府の子会社」という表現で安易に中央銀行の独立性を説明してしまうと、柿埜さんがおっしゃったような極端な解釈が生まれてしまうのです。もし、そういった間違った理解がまかり通ると、いかなる政府にも無批判な中央銀行となってしまい、経済政策は失敗します。ですから、このあたりの議論は十分に気をつけて行うべきです。


データで見るアベノミクスの実績

 岩田 黒田日銀で2%インフレを達成することは叶いませんでしたが、それ以前に比べると各種経済指標は改善しているので、アベノミクスが日本経済を回復させたのは事実です。しかし、その事実を認めたがらない人たちが少なからずいる。むしろ、アベノミクスによって日本経済はおかしくなったのだと、あれこれ理由を並べて批判してきます。しかし、その批判のどれもがデータをきちんと読めば反論できる内容なのです。

 たとえば、一人あたりの実質賃金が下がったとメディアでは盛んに報じますが、これは間違いです。なぜなら、消費増税による物価引き上げの影響を考慮していないから。実質賃金は名目賃金を物価で割った値ですから、消費増税によって物価が上がれば、その分実質賃金は下がってしまう。つまり、増税の影響を取り除かないと正しい実質賃金は見えてこないのです。消費増税の影響を取り除いた上で、なおかつ企業が負担している社会保障負担まで含めた賃金を見ると、期待したほどではないにせよ、一人あたりの実質賃金は増えているのです。

 柿埜 実質賃金が下がったという話題が取り上げられるときは、私の実感で下がった、とおっしゃる方が多く起用されていますよね。しかし、それはあくまで個人の主観レベルの話でしかありません。

 岩田 メディアで報じる内容を実感レベルで語るのは問題外ですね。

 柿埜 あるいは、アベノミクスの金融緩和は放漫財政を招いた、という言説も見受けられます。これもデータをきちんと見ると、コロナ時期を除けば財政はむしろ緊縮気味ですので、GDP比の債務残高はほとんど増えておらず、安定しているのがわかります。

 岩田 ところが財務省は、歳入に対して歳出が大きく増えてしまったから増税をしなければならないと声を大にして言います。もし、本当に歳入を増やしたいのであれば、増税ではなくむしろ減税をするべきです。

 減税をすることで景気がよくなり、名目成長率が上昇します。名目成長率が上昇することで名目所得が押し上げられ、一人あたりの所得税収入は増えますし、法人にしても黒字決算の企業が増えれば、その分の法人税収入も上乗せされる。このようにして、自然に税収を増やすことできるので、無理に増税するよりもはるかに効果的です。

 しかし、財務省は頑として減税を拒むどころか、景気の良し悪しに左右されずに一定の税収が見込める消費税を是が非でも維持し、すきをみては消費増税を画策しています。税制というものは、景気によって徴収額が変動するビルトインスタビライザーのような機能を持たせるのが正しい形なのですが、日本の消費税のように景気と連動しない固定的な税制は、景気の下押し圧力になるので、かえって経済を不安定化させてしまう。

 なお、ヨーロッパでも消費税を導入していますが、ヨーロッパは元々成長率が高かったので経済への影響が小さく、消費税収が全世代型の社会保障として返ってくるから納税者も恩恵を感じやすい。だから、消費税に対する理解があるのです。

 日本の消費税の大半は、導入時から赤字国債を減らすことに充当されてきただけですし、89年の導入時を除けばいずれも経済が低迷している時期に増税に踏み切っているので、経済への影響が非常に大きかった。ですから、余計に重い負担になってしまっているのです。

 日本はまだデフレ経済から完全に回復をしていませんから、いま増税をして税収を増やしたとしても、それは日本経済を再び落ちこませるだけです。性急な増税議論はもってのほかです。

 柿埜 また、アベノミクスによって日本の雇用は大きく増加し、それが経済回復につながりました。その要因となったのが黒田日銀による大規模金融緩和だということも、データを見れば明らかなのですが、それをどうしても認めたくない方たちがいますね。その方たちは、就業率増加の要因を金融緩和によるものではなく、労働市場の構造的要因に見出そうとします。

 岩田 アベノミクスがスタートしてまもなくの2013年から14年にかけて、日本の労働市場の大きなパイを占めていた団塊の世代が65歳を迎えて、定年延長の末に一斉に退職しました。そのような大量の就業者が労働市場から抜けた、その穴埋めを企業が行ったことによって就業率が上昇したのだ、という見方があります。たしかに、生産年齢人口は13年と14年で合計245万人減っていますが、11年と12年も合計230万人減っているのです。


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 就業者数の推移をみると、図表から分かるように、97年をピークに、その後、12年まで、減少傾向になっているのがわかります。この頃から企業は正社員を抱えることが難しくなり、早期退職制度のスタートもあって、団塊の世代のリストラの流れが徐々に広がっていったからですね。

 そして、08年に337万人、09年に302万人、11年には489万人、12年には502万人と、就業者減少が加速しています。もし、退職者数の大幅増の穴埋めによって企業が新規に雇用を増やしたという理解が正しいならば、13~14年より前から就業者が増えていないと辻褄が合いません。

 生産年齢人口が減って、労働市場の逼迫は顕著なのだから、普通は失業率は低下するはずです。しかしこの時期は、働き手が労働市場に十分にいたにもかかわらず有効求人倍率が下がり、失業率は上がり続けました。

 さらに付け加えると、13~14年にかけて団塊の世代が一斉に抜けるのと同じタイミングで採用を増やすことは、正常な経営判断と言えるのか、という問題があります。一般的な経営者ならば、近い将来、大勢の社員が定年退職することは承知していたはずですし、抜けるのは熟練の技術や知識を持つ貴重なベテラン勢です。その人たちの持っている知識や技術の継承は重要な経営課題ですから、普通に考えれば前もって正社員を雇う動きをするでしょう。

 しかし現実は、1998年以降、経営者は正社員を減らさざるを得なかった。それは、この先も日本はデフレが続き経済が低迷するだろう、と経営者たちが予想したからです。もし、景気が上向くとわかっていれば、経営者は積極的に採用を増やしたでしょうから、就職氷河期は回避できたのです。つまり、旧日銀によるデフレ放置の経済政策こそが就職氷河期を引き起こした最大の原因なのです。

 柿埜 「雇用の改善は生産年齢人口が減ったから」は、就業者数がアベノミクスで劇的に増えたという事実を無視した議論で、データを見れば成り立っていないのは明白ですね。

 金融緩和に効果がなかったということを言いたいがために、少し調べれば間違いがわかるような主張をする人が多いのは困ったものです。期待インフレ率ならぬ“気合インフレ率”とリフレ政策を嘲笑するような発言をメディアでする方もいました。

 しかし、予想インフレ率が金融政策において決定的な重要性を持つということは現代マクロ経済学の常識ですし、予想に働きかける金融政策は、リーマン・ショック後のデフレ不況を防ぐ上で大きな成果を発揮しています。真面目な議論を“気合インフレ率”とか“アホノミクス”とかいった下品な言葉遊びで嘲笑して論破した気になるのは勉強不足ですし、何より不誠実だと思います。

 岩田 そういう人たちは、98年以降に、それまで2万人台だった自殺者数が一気に3万人台に急増し、2012年まで年間の自殺者数が3万人台で推移し続けた事実をどうお考えなのか。日銀にはこういったデータも揃っていたはずですから、もっと速やかに手を打たなければならなかったのです。

 柿埜 データをきちんと見ない方々が、何をどう考えて発言をされているのか。その根拠が不思議でなりません。

植田和男新総裁の発言を読む

 岩田 データを正しく見た上で議論ができるかどうか、ということでいうと、日銀審議委員時代の植田(和男)さんはあまり実証的なデータに基づいた議論をされていない印象を受けます。それは日銀のホームページで公開されている議事録を読むとわかります。

 2000年8月のゼロ金利解除を決定した政策決定会合で植田さんは、ご自身がテイラー・ルールという経済モデルの研究をされていたこともあり、この理論を使った学問的な話をしています。

 テイラー・ルールとは、潜在GDPとインフレ率を組み合わせて、短期金利操作を説明するものですが、実はテイラー・ルールは前提によって生じる誤差が大きく、植田さん自身もそのことは自覚していて、そのために正確な経済分析もできない状態でしたので、この時点での判断は、迷いに迷った末の現状維持。つまりゼロ金利解除反対を支持したのです。

 ところが、翌月の9月の議事録を読むと次のような発言をしています。

 「仮に前回ゼロ金利解除をしなかったとして、(中略)物価も弱含みであるので、今回もゼロ金利維持に投票したような気がする。しかし今回は0・25%維持に賛成である。(中略)仮に今ゼロに下げて、さらにデフレ懸念払拭までまた続けると言ったとしても、(中略)むしろそういう朝令暮改のような政策への不信感、あるいは政策一般への不確実性を高めるというマイナスが懸念されるかと思う。」(金融政策決定会合議事録等[2000年9月14日議事録]61~62頁

 経済指標は一ヶ月程度ではあまり変わるものではありません。植田さんもそのことがわかっているようなことを言いながらも、多数派意見に忖度して前月とはまったく真逆の立場を取りました。

 柿埜 植田さんは、政策決定会合の場でテイラー・ルールを用いた議論をするのは「学者的な議論」だと何度も言っていますが、学問的な分析は、現実と合致していない可能性もあるから、何が正しいか一概に言えないのだと煮え切らない態度です。まるで「学者的な議論」は役に立たないといわんばかりです。しかし、政策決定に経済学的分析以外の一体どんな議論が必要なのでしょうか。学者として発言するなら、周りの意見に斟酌するよりも、自分が正しいと考える理論に基づいて堂々と議論すればよかったのではないでしょうか。

 岩田 GDPデフレーターや消費者物価指数といったデータにきちんと目を通していれば、日本経済がデフレに陥っていたことはすぐにわかります。このような状態でゼロ金利解除し、0・25%の利上げに踏み切ると、市場は日銀が利上げ方向の金融政策にシフトしたと予想し、それが経済に大きな影響を与えます。しかし、当時の審議委員の大半は0・25%程度の利上げは大した問題ではないという認識を持っていて、植田さんもその一人でした。

 審議委員の中で唯一、ゼロ金利解除の影響の大きさを看過せずに、データに基づいた確かな経済認識の下、反対意見を表明し続けたのは中原さんだけです。

 柿埜 同じ議事録の中原さんの発言を見ると、ほかのみなさんがゼロ金利解除賛成の論調でお話しているなかで、データを自分でしっかり準備し、日本経済に必要な金融政策は何か、確固たる信念を持ってお話されていることがわかります。ITバブルの崩壊でアメリカの景気後退が近いことを予測するなど、中原さんの見通しは極めて的確なものでした。

 岩田 経済情勢を正しく認識していたからこそ、ゼロ金利解除反対を訴え続けた。政策決定会合で一人だけ反対票を投じ続けることは、想像を絶するプレッシャーがかかることですが、中原さんは肝の座った優秀な経営者でもあったので、その重圧に打ち勝ち、信念を貫くことができたのでしょうね。中原さんの姿勢は、本職の学者である植田さんよりも学者然としたところがあった、といってよいと思います。

 柿埜 当時、中原さんはインフレ目標付きのマネタリーベース・ターゲティングを提案されていましたが、これはアベノミクスの先駆けといってよい優れたアイデアでしたね。中原さんは、ミルトン・フリードマンをはじめ優れた学者と意見交換し、ご自身でも常に研究を重ねておられました。これこそ日銀審議委員のあるべき姿だと思います。

 ところで、日銀のホームページでは、2003年10月25日に日本金融学会秋季大会で行われた、植田さんの「自己資本と中央銀行」という記念講演を読むことができます。こちらも植田さんのお考えを知る上で参考になると思います。

 岩田 この講演で植田さんは、Peter StellaのIMFのレポートを参照して、ジャマイカの中央銀行が1990年代初めに債務超過に陥った際にインフレが亢進し、金融政策では対応できなくなったと指摘し、中央銀行は債務超過を避け、健全なバランスシートを保つべきだと論じています。

 たしかに、ジャマイカは91年から92年にかけてものすごいインフレ率を記録します。ところが、93年にインフレ率は急落し、それ以降は多少の上下するものの、比較的に安定したインフレ率を保っています。つまり、ジャマイカの中央銀行は債務超過を乗り切り、高インフレ克服に成功しました。

 突出した一時点だけを見て、債務超過がハイパーインフレを招き、中央銀行は対処できなくなるから問題だと論じても、現実は違ったのです。学者なら、参照した論文のエビデンスを確認することが必要ですが、植田さんの論文を読むかぎり、その作業を怠っていたのではないか。

 植田さんは政策決定会合の議事録内で再三「学者として」と発言しますが、それならばもう少しきちんとデータにあたるべきでしたね。彼の過去の発言や論文からは、特定の議論や多数意見に忖度して、判断が引きずられる傾向があるようにしか見えませんので。

 植田さんが新総裁就任後に、まだそのような傾向が残っているようだと、日銀は市場の声に耳を傾けろ、とメディアがよく使う日銀の金融政策批判になびきかねません。市場の声とは、債券ディーラーや銀行関係者の声ですから、すなわち利害関係者の意見です。そういった批判に引きずられるようだと、金融政策を誤ります。その点、黒田さんは「悪い円安」だと散々批判にさらされながらも、意に介しませんでした。

 柿埜 黒田さん批判のなかには、到底批判とも呼べない誹謗中傷めいたものもありましたね。黒田さん以外の人が総裁を務めていたら、とっくに利上げに踏み切っていたでしょう。

 岩田 黒田さんには2%インフレを達成するという強い信念があったし、その実現のために世界標準の経済理論をきちんと理解していたから、果断な決断を下すことができたのです。それから、植田さんと同じ学者出身のバーナンキやイエレン、ドラギといった中央銀行総裁たちも、世界標準の経済理論を備えて、信念を持って金融政策を行ったからこそデフレ阻止に成功しました。

 この先、植田さんの周りからいろいろな意見が聞こえてくるでしょうが、くれぐれもそういった声に惑わされず、実績を伴った世界標準の経済理論に基づき、日本経済をデフレから完全に脱却させるという強い信念を持って、金融政策に取り組んでいっていただきたいものです。(おわり)


[2023年3月10日号販売ページ]
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