-英国王室秘蔵の名品でたどる-海を渡った日本と皇室の文化 「日英文化季間2019-20」記念出版 出版社:便利堂 ISBN13:978-4-89273-111-2 この度、『―英国王室秘蔵の名品でたどる―海を渡った日本と皇室の文化』が便利堂より刊行された。本書は3世紀にわたる英国と日本の交流の歴史を秘蔵のコレクション156点と未発表のエピソードで明らかにするものである。 この刊行を機に西洋近代美術史を専門とする粂和沙氏と日本近代美術史を専門とする山塙菜未氏に対談をお願いした。(編集部) 17世紀初頭からの日英交流をたどる 粂 『海を渡った日本と皇室の文化』は、バッキンガム宮殿に隣接するクイーンズ・ギャラリーで2020年春に予定されていた展覧会「JAPAN COURTS AND CULTURE」展の日本語版図録です。150点以上ある掲載作品はいずれもロイヤル・コレクション、つまり英国の宮殿や王族の邸宅、あるいは元邸宅に保管されていた日本の美術工芸品などで、そのほとんどが世界初公開ということです。 私は英国のジャポニスムについて研究していることもあって、かねてより展覧会を楽しみにしていたのですが、残念ながら新型コロナウイルスの影響で展覧会は2022年に延期となってしまいました。今回期せずして日本語版図録のほうを先に拝見したわけですが、英国各地に点在している王室コレクションが詳しい解説とともに一冊に集約されていて、大変勉強になりました。 英国王室の日本コレクションの来歴は、大きく二つに分類できると思います。一つは外交上の贈呈品としてコレクションに加わったもの。もう一つは王族が個人的に蒐集してコレクションに加わったものです。 まず、英国と日本の美術交流を考える際に、歴史的背景は非常に重要です。外交に関して言えば、英国は幕末から薩摩藩とは緊密な関係にありました。 例えば、4章「漆器」に、薩摩藩主の島津忠義が1865年にヴィクトリア女王へ献上した朱塗りの盃が載っています。1862年に生麦事件、63年に薩英戦争が起こり、その後薩摩藩と英国は講和条約を結びます。それまで反目していた関係から一気に連携して協力関係を築いていく。その過程で敵対する理由が無くなった証として献上されたものがこの盃です。まさに近代の日英外交史に立ち会ったコレクションの一つであると言えると思います。 その後、大政奉還を経て明治新政府が誕生すると、討幕を進めた旧薩摩藩出身者たちは政府の要職に付く。すると、幕府を支援したフランスとは対照的に、英国は日本の外交や経済を掌握できる立場につきました。そうした英国との緊密関係は、王室の日本コレクションにも反映されていて、19世紀後半からかなり特殊なコレクションが充実していく印象を受けました。山塙さんは図録をご覧になってどのように感じましたか。 山塙 普段は学芸員として展覧会を企画する立場なので、まず図録を見た時に、12章も構成があって驚きました。しかもそれぞれの章の内容の充実ぶりに、作った人は大変だっただろうなと思いましたね(笑)。 英国王室と日本文化の往来を軸に構成されている展覧会なので、ジャポニスムと言われる時代の美術工芸品だけではなく、17世紀初頭の江戸時代から現代の皇室との交流史まで載っていて、幅広いスパンで日英の交流をたどることができるスケールの大きさを感じました。知らない作家の名前も出てきましたし専門外のことも本当に勉強になりましたね。 粂 日本美術コレクションと言っても、英国王室のコレクションにはかなり偏りがありますよね。外交上の贈呈品としてコレクションに加わったものは、贈呈品として相応しいか否かが重視されます。よく考えてみれば当然なのですが、この図録には、ジャポニスムのコレクターがこぞって蒐集していたような浮世絵や版本、着物は登場しません。しかし、それが図録の不思議な構成に繫がると思います。「磁器」「漆器」「金工品」「侍、武具と甲冑」といったカテゴリーの章がある一方で、「交易」「旅行」「条約」「美術交流」といった歴史的な背景に着目した章もあって、全体を通して日英間の交流が通史でたどれるようになっていて非常によく考えられた構成です。 山塙 英国で開催される日本美術展ということもあって、現地の読者に向けて日本美術や工芸品について丁寧に説明がされているし、武具や甲冑には細かい部分の解説があったりして、私たち日本人が読んでもすごく楽しめます。歴史的背景を色んな資料を参照しながら学べると同時に、それぞれの作品の特質や技法も理解できる。日英の文化交流の歴史もそうですが、日本美術にそれほど知識がない人が読んでもすごくわかりやすい一冊ですね。 専門外の武具や刀は特に、日本人なのに自分はこんなことも知らなかったんだと思いました。1613年に2代目将軍の徳川秀忠からジェームズ1世へ贈呈された甲冑や、明治天皇が後のジョージ5世へ贈呈したとされる甲冑も大きな図版で載っています。こういったコレクションからも日英関係の歴史の長さを感じます。武具などをコレクターズアイテムとして蒐集していた人もいるかもしれませんが、家康のお抱えの具足師が作った甲冑という由緒正しいものが状態の良いままで保存されているのは王室コレクションならではですよね。今更聞けないことが載っていました(笑)。 粂 同感です(笑)。王族コレクターの個人の嗜好が垣間見える 山塙 浮世絵や版本など大衆的な層に享受されていた日本の美術と、王室に対して日本の将軍や皇室から送りこまれた美術工芸品との差も見えるし、近代日本の国策や殖産興業政策と当時の美術工芸品がどのように繫がっていたかがわかりやすく出ていますね。 粂 日本と英国の美術交流を俯瞰して見ることで、当時の日英関係の中で日本が何を発信しようとしていたのかが見えてきますよね。 来歴の二つの分類のうち、王族が個人的に蒐集してコレクションに加わったものについて言えば、今回の図録では、その個人がどのように関心を持ったかなどのエピソードも紹介されています。王族のコレクターとしての人となりが見えてくるところも読みどころですね。ジョージ4世の日本美術コレクションも面白い。彼は磁器を蒐集していて、赤絵や金彩が施された磁器はそれだけでもかなり華やかで装飾的ですけれども、そこにさらにフランス製の装飾金具を取り付けています。蓋と甕の間に透かし彫りの装飾金具を取り付けていて、それをポプリ壺として使っていたようです。現地の職人の技が加わって改変された日本の美術品は、在外日本美術コレクションからは外されたり見落とされたりしてしまうものですが、こうした作品が掲載されているのも、王室コレクションという文脈ならではだと思います。 山塙 豪華な装飾をほどこしてインテリアとしての価値を高め、自分の邸宅の内装に合うようにこんなにも大胆な改造をしていたんだと驚きましたね。発注者が王室なので、金の装飾も超一流で本当に素晴らしいものです。その装飾にしても全く見当違いな装飾をするのではなく、元々の作品に描かれた絵や文様から、ヨーロッパの職人が要素を感じ取ってそれに似合う装飾をしているので、よく考えられていますよね。見方によってはすごく強引だけれど、日本美術の元々のエッセンスをうまく感じ取りながらアレンジされています。実際に使うものとして普段の生活の中に置いておきたかったことが伝わります。 粂 ジョージ4世は金ピカ好きとして有名ですけれど、日本美術の受容の在り方もその人となりが出ている感じがします。金で装飾された花瓶は、日本人から見ると違和感がありますが、改変を加えた作家なりに文様とのバランスが考えられていますね。 山塙 想像力が沸いて新しいデザインに繫がった様子がわかります。粂さんがおっしゃった「個人の嗜好」が垣間見えるコレクションもあったりして面白いですよね。 ロイヤル・コレクションの日本美術を拡充した一人にメアリー王妃がいますが、彼女の生きた時代はまさにジャポニスムのど真ん中です。彼女自身は日本には来ていないけれど、アドバイザーも付けながら熱心に自分の審美眼に沿って色んな美術品や工芸品を買い集めています。それをきちんとリスト化している。 粂 メアリー王妃の日本美術コレクションは、19世紀末の一般的なコレクターの感覚に近いような感じがしました。1880年代になると、ロンドンでは美術館、博物館、民間のギャラリーでかなりの数の日本美術展が開催されていて、そういった展覧会にも彼女は足しげく通ってコレクションを拡充していったようです。ただ、同時代のコレクターは男性がほとんどですから、これだけ自由にコレクションを蒐集することができたのは彼女の出自ならではでしょうね。日本人作家の再評価に繫がる可能性も 山塙 彼女のコレクションには漆原由次郎(木虫)の版画が含まれています。吉田博の版画もあります。江戸時代の北斎や広重といった一般的にジャポニスムの時代に欧米に渡った浮世絵ではなくて、明治期以降の版画家の作品や、「新版画」の作家が含まれていて、同時代の作品をメアリー王妃が購入していたことに驚きました。1928年にロンドンで開催された木虫の作品展をメアリー王妃が訪れて購入しているエピソードも書かれています。新しい時代の作品も、自分の目で選んで買っていたことがわかりますよね。 漆原木虫は日本ではあまり知られていないけれど、日本と英国の文化交流の観点では非常に重要な作家だと思いますし、日本に残されている資料だけでなく、英国に残されているこうした作品や資料をたどることによって、作家の再評価に繫がる可能性もありますね。 粂 個人のコレクションでも、その人が生きた時代背景をある程度反映しています。1869年には、ヴィクトリア女王の第二王子であるエディンバラ公爵アルフレッド王子が日本に来ています。彼は英国の王族として初めて日本を訪れた人物で、滞在中にかなりの数の日本美術品を蒐集しています。ヨーロッパのジャポニスムの初期のコレクターの一人と言ってもいいと思います。さらに、重要なのは、彼の場合は帰国してから、自分が集めたものを積極的に一般に公開しているということです。 メアリー王妃の時代には、大衆が展覧会などで日本の美術品を目にする機会も増えてきますけれど、1870年代初めはそこまで多くなくて、そうした中でアルフレッド王子はコレクションを貸し出して一般に公開し研究に協力しています。そのことによって、日本美術愛好家が関心を持ち、結果的に英国のジャポニスムが活発になっていく一つのきっかけになっているので日英の美術交流において重要な人物だと思います。 山塙 他にもジョージ・オブ・ウェールズ王子(のちの国王ジョージ5世)と兄のアルバート・ヴィクター王子が日本に来たエピソードも面白いですよね。ジョージ王子の日記も紹介されていて、そこにはまだ十代の二人が骨董品屋に行って、家族へのお土産を買った思い出が記されていたり。公的な贈呈品ではなく私的なプレゼントがロイヤル・コレクションへ加わっていく。 粂 同時代のコレクターとあまり変わらないのはそういった部分ですよね。 山塙 親近感がわきますね。粂さんの目から見て、大衆と王室の日本美術受容について気になったところはありますか。 粂 日本への関心自体は、実はあまり変わらないのではないかと思いました。例えば、ロンドンでは、1886年に「ミカド」というコミックオペラが初めて上演されるのですが、それを「かなりバカバカしい」と言いつつヴィクトリア女王も観劇したというエピソードが紹介されています。「ミカド」が上演される前年には、ロンドンで「日本村」という日本文化の博覧会が開催されるなど、1880年代半ば以降、英国では日本への関心が一気に高まって、日本の工芸品や着物を買い求める人が増えていきます。「日本村」や「ミカド」はそうしたジャポニスムの大衆レベルでの展開を示す最たる例だと思っていたので、ヴィクトリア女王もまた、「ミカド」をみて着物に関心を持ったというエピソードは、とても意外でした。図録にはヴィクトリア女王の孫のアレクサンドラ王女が着物を着ている写真や、コノート公爵アーサー王子が家族と仮装している写真も載っていましたね。 山塙 当時の大衆レベルで受容されていた日本のイメージやある種の勘違いやずれも王室に同じように伝わっていて、「幻想の日本」を楽しんでいる様子が伺えます。当時の日本が見せたかった日本のイメージ 粂 アレクサンドラ王女の写真は家族のプライベートなアルバムの中に載っていたものです。そういった資料は19世紀の日本美術の受容を調べていても、当時の雑誌や新聞には出てこないものだからかなり貴重な資料だと思います。ロイヤル・コレクションにある資料なんて日本の研究者が簡単にアクセスできないですから。 山塙 これ出して大丈夫なの? と傍から見ていると思いますよね(笑)。 粂 そうですよね。公的な日英間のやり取りに絞ってみると、日英同盟が調印されて国同士が緊密になってくると、王室コレクションは政治的な結束を高めるための、いわゆる文化外交の役割も担うようになります。日本側が見せたい日本像が、文化交流のイベントなどでも前面に出てきます。今のクールジャパンと本質はあまり変わらないと思いました。 エドワード7世が大英帝国最高位の勲章であるガーター勲章を明治天皇に授与した御礼として、1907年に伏見宮貞愛親王が英国を訪れた際には、王室侍従室は日本との関係を気にして、「ミカド」の上演を中止させています。20世紀に入ると、日英間の文化交流が活発になり積極的に推進していく一方で、ちょっと顔色を窺ってやめたものがある。 山塙 その頃には「ミカド」が、実際とは異なる日本のイメージだということが英国側でもわかってきたのでしょうか。 粂 そうかもしれませんね。あきらかに日本が見せたい日本像ではないので。 山塙 現地の人たちが想像上で描いた日本ですからね。 粂 当時、何を前面に出して、何を隠そうとしたのかも読み取れます。例えば、日英同盟からほどなくしてロンドンの日本協会で行われた「日本古来の武具と甲冑」展には、王室コレクションから武具など22点もの作品が貸し出されています。20世紀に入って、日本が近代国家の仲間入りを果たし、政治的な存在感を高めつつあった時期にこうした展覧会が行われたことは、力強い日本をアピールするかのようです。 山塙 私も日本近代美術の研究に軸足を置いているので、明治期以降に贈呈されたものは、当時の日本が見せたい日本のイメージを合わせ鏡のように反映していると感じました。漆の工芸品や磁器は江戸時代からの伝統と技術を生かして、外貨獲得のための殖産興業政策の一環としてヨーロッパに大量に輸出していました。 また、七宝は明治期以降に急速にその技術が発展し、19世紀の後半からは輸出品の代表格と言えるくらいに目覚ましい発展をとげた工芸品です。当時の日本政府が、何をもって日本の技術の高さを見せたかったかが読み取れます。濤川惣助(七宝家)や安藤七宝店といった宮内省御用達の名高い職人や会社の作品も贈られている。 粂 安藤七宝店は王室に贈呈するために、英国王室の紋章であるライオンと一角獣を入れた小箱を作っています。贈呈先のことを考えて制作されたもので、日本の七宝にはあまり見られないデザインですよね。 山塙 当時の東京市長が献上したものですよね。一般大衆向けのものだけではなく、特別注文も受けていたことがわかります。政治や経済が近代の地場産業や美術工芸品に大きく影響を与えていたことがはっきりと表れていると思います。 粂 歴史が生んだ作品ですね。 展覧会が実現したらぜひ行きたいと思っています。図録もすごくきれいですが、やはり実物を見たい。 山塙 展覧会を見る前の準備として、この図録は欠かせないですよね。登場人物はすごく多いけれど、丁寧に紹介されているので人物相関もわかるし、コレクションが誰から誰に引き継がれたかも書かれているので鑑賞の手助けになる。 粂 付帯資料が充実していて表に出てこないような王室のアーカイブも書かれているので研究者にとってはアプローチがしやすくなりますよね。文献目録もかなり細かく網羅されていますし、この図録をきっかけにして、日英交流や或いは英国王室が持っている日本美術コレクションについての研究が進むと思います。 山塙 日本の近代美術にとっても重要な展覧会ですよね。秘蔵のコレクションが公開されることは研究の発展にはとても大事なことですから。(おわり) ★くめ・かづさ=実践女子大学文学部美学美術史学科助教。専門は西洋近代美術史、比較文化史。著書に『美と大衆―ジャポニスムとイギリスの女性たち』など。一九八二年生。★やまばな・なみ=ポーラ美術館学芸員。専門は日本近代美術史。担当展覧会に「Connections―海を越える憧れ、日本とフランスの150年」ほか。一九八五年生。