――時評を始めるにあたって―― 三人論潮〈1月〉 吉田晶子 昨年「表町通信」を連載していた鎌田哲哉氏から、次の時評欄を担当する若い書き手達を編集部に推薦したい、と連絡があった。世間の話題を一時的に消費するのではなく、直面している問題を自由に書いて欲しい、ということだった。板倉善之、佐藤零郎、吉田晶子で引き受け、「三人論潮」を担当することになった。 それぞれが好きに書くだけでもよかったが、三人での連載という形式を生かしたいと考え、共有する土台を作ることにした。 第一に、冒頭に同時代の文章を取り上げること。第二に、相互に批評を行うこと。以上を原則とした。 そして一人が口にした言葉が、まさにそうしようと思えるものだった。 「時評に必要な条件は、今の時代に欠けている言葉を差し出すことではないか。」 これを時評の前提として連載を始めたい。 引き受けた意図、テーマは三者三様である。 私は既に書きたいことがあった。だがどういう文章になるか、まだ分からなかった。鎌田氏から連絡をもらったとき、「自由に書いてくれ」という、通常であればこの上なくやっかいな依頼を、「今書こうとしているものが、どういう形になったとしても発表できるんだな」と都合のよい解釈で引き受けた。人に文章を読んでもらいたかった。時評という枠組みの中で、今の時代に違和を抱えている人に読んでもらえるなら、なお良いと思った。違和を手放さないということは、諦めていないということだ。私も諦めていないので、仕事と仕事の間に本を読んだり、文章を書いたりしている。だからどんな文章を書こうと、時評になり得るとも思えた。まずは一つ、文章を書いた。書きたいことはまだある。 *「原子力立地給付金振込のお知らせ毎度お引立てをいただき、ありがとうございます。お客さまの二〇二〇年度原子力立地給付金を下記内容にて振込みさせていただきますのでよろしくお願いします。振込日十一月二十七日 振込金額四千二百十二円」 佐賀県唐津市は原子力発電所を有する玄海町(振込金額八千四百二十四円)に隣接する。年に一度届くこのハガキの差出人を見ると、九州電力株式会社唐津営業所となっている。だが唐津市民交流プラザへの五億円や、早稲田佐賀中学校・高等学校への二十億円のような九州電力からの寄付金とは異なり、原子力立地給付金は国からの交付金である。まず国から佐賀県へ交付金として、次に佐賀県から経産省OBが歴代理事長を務める電源地域振興センターへ補助金として、そして電源地域振興センターが委託契約を行った九州電力から私達の口座へと振り込まれる。では、国は交付金をどこから捻出するのだろうか。それは電力会社が納めた電源開発促進税から出される。では電源開発促進税は電力会社が負担しているのかというと、そうではない。電気料金に上乗せされ消費者から徴収されている。ハガキにはこう説明してある。「原子力立地給付金は、原子力発電所等の周辺地域の振興および地元の福祉向上を図ることを目的とした国の交付金です。当社は、一般財団法人電源地域振興センターの委託をうけ『原子力立地給付金』を、十月一日現在で電気の供給をうけられているお客さまを対象に交付させていただきます。」 唐津市から車で一時間半ほどの距離に、長崎県東彼杵郡川棚町はある。川原(こうばる)地区に入ると、昇りきらない朝日の下に敷かれた緑の穭田の奥、すすきの群れが光を蓄えていた。石木ダム計画によって水没する予定とされているこの集落に今も十三世帯が住み、五十年以上に渡る反対運動を続けている。十一月の終わり、私は初めてこうばる地区を訪れた。現在、連日の座り込みが行われている。既に現場に集まっている女性達に自分も座り込みに来たことを伝えると、皆マスクで顔の半分が隠れながらも、ぱっと笑顔になった。 石木ダム計画は、川棚町に隣接する佐世保市の利水と、石木川を支流とする川棚川の治水を目的とし、一九六二年に長崎県により作成された(一九七五年から佐世保市も事業に参画している)。石木川の流量が川棚川の十一パーセントでしかないことから、治水をダム建設の理由にすることには疑問の声が上がっている。利水の面でも同様である。当初のダム建設の根拠であった、大量の工業用水が必要となる工業団地ができるはずだった場所にはハウステンボス(テーマパーク)が建てられ、佐世保市の人口自体もまた減少傾向にある。「お茶にしよう」と声が上がったのは昼過ぎだった。ここにおいで、と真ん中の席に入れてもらった。どっしりとした木のテーブルの上に、大粒のいちご、手作りの芋餅、ラスク、とおやつが広げられる。はい、と湯気の立つコーヒーが手渡された。手のひらがぬくい。隣に座る女性は「毎日座り込みしてたら太ってしまう」と笑う。テーブルの脇には、大きな看板が立っていた。「物件の除去について」と書かれたそれは、今、皆で囲むテーブルをはじめとする「物件」の撤去を求めるものだった。 二〇一九年九月、長崎県は住民十三世帯の土地を強制収用している。私の前に座る女性が、うちの畑で採れた、と大根の漬物を差し出してくれた。 長崎県のホームページに、地元住民からの質問と県の回答が掲載されている。「個人の価値観を無視して、強制的に土地を奪うというのは人道上許されず、人権問題ではないか?」「一般論として、基本的人権を尊重しなければならないことは重々承知しています。憲法では、国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、最大の尊重を必要とするとされており、一方で、私有財産は正当な補償の下に、これを公共のために用いることができると定められています。石木ダム建設は県民を災害から守るという行政の責務として、最優先するべき公共事業でありますので、法に基づき適正に事業を進めたいと考えています。」 県は回答の後に、日本国憲法第十二条、第十三条、第二十九条を引用する。全てに出てくるのが「公共の福祉」である。誰にとっての「公共の福祉」なのか。その問いは私達に、現実をありのままに認識することを促す。資本主義制度の内に在る限り、それはある階級に望ましい「公共の福祉」である。石木ダム反対運動が「公共の福祉」と衝突するのは、運動がより広い「公共の福祉」を志向するゆえだろう。 現在、日本で稼働している原子力発電所は、佐賀県の玄海原発と鹿児島県の川内原発である。なぜその二ヵ所かは『原発利権を追う』(朝日新聞出版)第一章「九電王国・支配の構造」に詳しい。そして困難な状況にあってもあげられる声は、一九九六年に発行された仲秋喜道『玄海原発に異議あり』(光陽出版社)にある。本書には、原発誘致の話が出始めた一九六五年から玄海町民の著者が協働してきた反対運動の記録が収められている。その中で、「原発の危険に反対」という点であれば原発反対派でも賛成派でも協力し得る、という考えに触れた箇所がある。著者は述べる。「原子力の平和利用を本気で考えるなら、原子力の軍事利用が世界を支配し、核抑止力論がはばをきかせている中で、核兵器の廃絶はなんといっても人類緊急の最重要課題ではないのか。そして、核の軍事利用に実践的に反対もしない核の平和利用者がいるとしたら、多分それは偽物であろうと敢ていわねばなるまい。核戦争につながる日米安全保障条約も、米軍基地も、日本にはいらない。」 中身を問いながら外へ開かれてゆくあり方は、自らも含め人は変わり得るという認識と結び合い、たくましく育まれてゆくものだろう。物事の本質を早く摑める人間がいる一方で、遠回りにあちこちぶつかりながら学んでいく人間もいる。後者の要素は誰もが持つかもしれない。大切なのは、その道筋や時間が人によって異なるのを忘れないことだ。 原発賛成派へ向けられる言葉は必然的に、玄海原発には反対だが米軍基地には反対でない「原発反対派」の足元を突き崩す。それは、どこかの就職試験で見るような、不出来な駒をふるいにかけて取り除くというものではない。自分達の認識を問い直し、学び直す契機として在る。「理想」とは何か。それを思うと胸が静かに沸くものである。 物事をありのままに見ること、それを踏まえ実践を行うこと。この二つの変化を伴った繰り返しが理想を燃やしながら行われる。その協働が運動と呼ばれるものだろう、と思う。 私達は、自らが己の主人となるよう変わっていかなければならない。それは誰かに支配されないためであり、そして、誰かを支配することで自らが主人であろうとする誘惑を拒むためである。自らを主人とすること、全ての人間が平等であること。それらは運動の中で同時に成されてゆく。★よしだ・あきこ=学習塾アルバイト。論文に「わたしは勉強をしたい」(「思想運動」一〇五〇号)、「新しい力」(「批評新聞CALDRONS」第二号)など。佐賀県唐津市在住。一九八二年生。 ≪週刊読書人2021年1月1日号掲載≫