―女が強いられる現実の理不尽さ、滅びつつある男― 文芸〈4月〉 川口好美 櫻木みわ「コークスが燃えている」、木村友祐「きわに暮らす者たちの十年」 綾部 おう、久しぶり。 川口 あら。 A 俺も小説でも書こうと思って文芸誌を読んでみたんだ。俺の相方もだが、このご時世小説家の約半分がお笑い芸人だろ? 残り半分はミュージシャンだ。加納愛子って人も最近盛んに書いてるぜ。「ステンドグラス」(『文學界』)読んだか? K はい。 A 身体的なパフォーマンスの言葉と、書かれる/読まれる言葉は時間性がまったく違うからよ。それの交雑って難しくて、下手すりゃ全然笑えなくなっちまう。それにしてもいつから、締まんねぇ手癖っぽい表現のダダ漏れが〝小説〟として通るようになったんだ。〝ステンドグラス〟が何のことかそもそもわかんねぇし。 K それ以前のところで僕にはこの作品がわからない気がして……。説明が難しいですが、僕はこの書き手と世界をまったく共有出来ていなくて、この人が見てるものが僕には見えていない。見ないでも生きていける。だから小説の根本の動機を共有できない。恐いことですが、それってひょっとして、僕が男で作者が女性だからじゃないのかな、って。 A なるほど。 K 似た戸惑いは三木三奈さん「実る春」(『文學界』)、くどうれいんさん「氷柱の声」(『群像』)にたいしてもあります。 A 馬鹿げた感想だが、二言三言茶化してこれが批評でございと居直るよりマシだ。前に貴様がくさしてた児玉雨子「誰にも奪われたくない」や李琴峰「彼岸花が咲く島」にも同じことを言うべきじゃないか。 K そうです。 A どうやら貴様は男が書いたものを褒める割合が多いようだ(女/男ってのは簡単には言えないにしても)。読むことって、作品を通して自分の歪み、男なら男としての自分の歪みを知らされることだと思うんだ。その歪みの意味を問う軌跡を貴様の批評にしていくしかないだろ、批評やりたいんなら。 K そうかもしれません。 A じゃあ櫻木みわ「コークスが燃えている」(『すばる』)は応えたんじゃねぇか。貴様のカミさん、子育て支援の仕事やってたんだろ? 春生っていう主人公の彼氏の変節の描き方が雑でよくわからんが、たいしたことじゃない。みぞおちにズシンときたぜ、女が強いられてる現実の理不尽さがよ。ほんとに笑えねぇ。 K はい。妊娠を機に、結婚、父親の認知、出産、労働、その他ありとあらゆる事柄をめぐる不条理が――個人と個人の関係においても、社会制度的にも――主人公にのしかかり、彼女は命を産み育てること、命を肯定することが不可能になるギリギリまで追い込まれてしまう。そんな世界を造ったのはミクロでは個々の男の振る舞いであり、マクロでは男たちによる政治である。作者はさいごに希望としての「強くやさしいひとびと」の存在を書き込んでいますが、たぶんそこに男は含まれていない。それでいいんだと思います。男は滅びたほうがいいし、そうなりつつある。 A うん、自壊してる。 K そんなことが心にかかってたもんで、前段で自己反省的なことを吐いたんですよね。 A 昔『男流文学論』で上野千鶴子たちが〝こいつは女が書けてる、こいつは書けてない〟なんて議論する〈男流〉作家のコッケイを批判してたが、いつか男たちが女性作家について〝男が書けてる、書けてない〟って堂々と話す日が来るかな。 K たしか、室井光広さんは遺著(『多和田葉子ノート』)で自らを〈男末流〉と位置付けていました。滅びの瞬間まで、男は試行錯誤して変容し続けるしかないですよね。 A 震災後十年だが、木村友祐の「きわに暮らす者たちの十年」(『すばる』)は読んだか? K いえ。目次に「エッセイ」とあったので。 A なんで批評家がエッセイと小説を人様に区別してもらう。てめぇで決めろバカ! K……。 A 「きわ」に生きる青森のおっちゃんの「おかしみのある語り」から笑えねぇ現実が浮かび上がってくるんだ。こりゃ文学そのものだぜ。震災という絶対的な〝切断〟の内側に戦後から今ここへの〝連続〟をも探り当てる目、「生きることの普遍を言いあてた言葉」と共に「〝日本型〟問題の根深さ」をも聴き取る耳、そういう目と耳の働かせ方が大事だよな。 K 読みます。 A 元気ねぇな。 K 藤原侑貴「ビザラン挽歌」(『対抗言論 vol.2』)は? A 笑えねぇ。主人公の日本人の若い男は東南アジアを放浪してるんだが、女を買い、孤独を深める。こいつが疎外されてると思い込んでる国家なんてほんとはたんなる幻想よ。でもアジアとの歴史的・経済的非対称性と複雑に絡み合うことで〝日本〟はこいつをじっさいに孤独にし、差別や暴力を反復させるんだ。一番笑えねぇのはラスト、現地の政治的動乱にこいつの虚無感が反応し共振するところよ。あまりにイビツだ。このイビツさをもう少し意識的に書いてくれてればちっとは笑えたかもな。お、もう時間だ。原稿料は折半でいいだろ? 会社には絶対に内緒だ。 K 闇営業……。 A 批評家なんて反社みたいなもんだぜ。 K 違いますよ。(かわぐち・よしみ=文芸批評) <週刊読書人2021年4月9日号>