他人同士という可能性 凸凹な二人組のロードノベル 佐原ひかり / 作家 週刊読書人2022年8月12日号 ペーパー・リリイ 著 者:佐原ひかり 出版社:河出書房新社 ISBN13:978-4-309-03050-0 作家の佐原ひかりさんが、二作目となる長篇小説『ペーパー・リリイ』(河出書房新社)を上梓した。第二回氷室冴子青春文学賞を受賞した『ブラザーズ・ブラジャー』ともリンクしている今作は、結婚詐欺師の叔父に育てられた一七歳の杏と、その叔父に騙された三八歳のキヨエ、二人の女性が主人公。杏の叔父が家に隠していた五〇〇万円を軍資金に、彼女たちは一週間の旅に出る。 「今回はロードノベルを書こうと、早い段階で決めていました。何日目にどこで何が起きるか、誰と出会ってどうなるか。書き始める前に行程表も作りました。 人の変化や成長は、私にとって大きなテーマの一つです。「行きて帰りし物語」であるロードノベルは、その変化が分かりやすい。最初と最後で、杏とキヨエがどう変わったのか。注目しながら読んでもらえればと思います」。 執筆を振り返ってそう述べた佐原さんは、バックボーンも年齢も異なる凸凹な二人組の杏とキヨエについて、次のように語った。 「気にするほどではないけれど、小さな不運に見舞われがち。それがキヨエです。何か理由があるわけでもないのに改札に引っかかったり、たまたま入ったトイレに、虫が二匹もいたりする。そういう星のもとに巡り合わせているというか……。ちなみに後者は、私の実体験です(笑)。 一方、語り手の杏は、改札に引っかかることも、虫がいるトイレを引き当てることもない。学校のクラスに一人はいる、憧れの存在みたいな少女です。でも、彼女は「人を騙したお金で育てられた」という罪の意識を常に抱えている。詐欺師や被害者視点から書かれた物語はたくさんありますが、騙した側の周囲にいる人たちの話も、もっとあっていい。そう思って、杏という少女を描きました。 表面的には杏の方が図太く感じるけれど、根本の部分で強かなのは、実はキヨエです。卑屈に見せているけれど、年齢を重ねることでしか出てこない強かさを彼女は持っています」。 谷間に咲く「幻の百合」を探す二人の道中は、出会いありトラブルありで進んでいく。その中で通底しているのは、〈贈与と返礼の関係〉への疑問である。 「贈与が持つ力に、昔から興味がありました。社会を上手く回していくための文化である贈りものは、いい方向に働くこともあれば、ふとした瞬間に心理的負荷というマイナスの力を持つこともある。 杏が感じている罪悪感も、贈与と無関係ではありません。養う者と養われる者、親子関係には、どうしてもパワーバランスが発生します。そこに贈与/返礼が結びつくと、途端に嫌なものになる。してもらったことに対しては、報いなければならない。与えられたら、同等のものを返さなければならない。そんな型が社会のあちこちに存在していて、気づかないうちに私たちはそれを内面化してしまっている。だから、型に合わせられなかったり報いることができないと、感じる必要のない罪悪感を覚えるんですね。 その縛りをなんとか解きほぐせないか。試行錯誤したのが、この物語になります」。 最後に佐原さんは本作について次のように語り、インタビューを締めくくった。 「読み返しても楽しい物語を書いたつもりです。重たいテーマを扱ってはいるけれど、ユーモアを織り込んで、重苦しくならないよう気を付けました。 あるコミュニティで苦しみを抱えている人がいるとして、その問題をコミュニティ内だけで解決する必要は全くない。むしろ外部に助けを求めた方が、すぐに解決できるかもしれません。種類の違う苦しみを家庭内で感じていた杏とキヨエが出会い、旅に出たことで新たな発見を得たように、「他人同士だからこその可能性」を感じてもらえればと思います」。(おわり)★さはら・ひかり=作家。第一九〇回コバルト短編小説新人賞を受賞。二〇一九年、第二回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞した『ブラザーズ・ブラジャー』で、一躍注目を集める。一九九二年生。