著者から読者へ 舛添要一 / 国際政治学者・前東京都知事 週刊読書人2023年7月7日号 プーチンの復讐と第三次世界大戦序曲 著 者:舛添要一 出版社:集英社インターナショナル ISBN13:978-4-7976-8126-0 ロシア軍のウクライナ侵攻から一年以上が経過するが、戦争は終わりそうもない。この戦争について議論しようとすると、ロシアやウクライナの歴史、プーチン大統領の思想と行動、ベルリンの壁崩壊後の国際政治の歩みなどについての知識が必要である。そこで、読者は何冊もの本を参照せざるをえなくなる。 なんとか一冊の本、それも新書版くらいの簡潔な本に、以上のような諸点を網羅できないかと考えて執筆したのが本書である。詳細な点までは記述できなかったが、本書を読めば最低限必要な知識は獲得できると思う。 私は、若い頃ヨーロッパに留学して、戦間期(第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期)の外交史の研究を行った。それは、第一次大戦終結から僅か二〇年後に、人類はなぜまた世界大戦を起こしたのかということを解明したかったからである。 当時の研究成果を元に、最近、『ヒトラーの正体』『ムッソリーニの正体』『スターリンの正体』という本を公刊したが、本書も、それらの独裁者研究の延長線上にある。 執筆に当たって注意したのは、できるだけバランスのとれた記述をするということであった。戦争のときには、交戦国の双方が情報操作を行う。戦争は軍事のみならず、情報の戦いでもある。サイバー攻撃を含め、ハイブリッド戦争と呼ばれるように、交戦国や支援国はあらゆる資源を動員する。 日本は、国際法を遵守する国として、ロシアによる侵略行為を非難し、欧米諸国と同様に西側の一員として、ウクライナを支援している。しかし、そのことと情報分析とを混同してはならない。情報操作は、ロシアのみならず、ウクライナや英米も行っている。いわば噓つき競争である。 ロシアの噓のつき方があまりにも稚拙なために、ロシア情報はあまり信じてもらえていないが、ウクライナ情報が一〇〇%正しいわけではない。ところが、ウクライナ情報が全て正しくて、ロシア情報が全て間違っているとナイーヴに信じているのが日本人である。 第二次世界大戦で敗北した日本は、アメリカに占領され、軍事のみならず、情報までアメリカに依存するようになった。戦前の日本は、優れた情報・諜報(インテリジェンス)能力を有していた。ところが、今では情報小国に落ちぶれてしまっている。本書で特に強調したかったのは、その問題である。 情報分析に感情を移入するのは禁物である。一般大衆が正義感第一に動くのは仕方がないが、専門家に必要なのは冷徹な情報分析である。(ますぞえ・よういち=国際政治学者・前東京都知事)