対談=内藤陽介×掛谷英紀 『誰もが知りたいQアノンの正体』(ビジネス社)刊行を機に 読書人WEB限定 誰もが知りたいQアノンの正体 みんな大好き陰謀論Ⅱ 著 者:内藤陽介 出版社:ビジネス社 ISBN13:978-4-8284-2273-2 昨年11月、世界が注目する米大統領選の大勢が決した。ドナルド・トランプからジョー・バイデンへ、共和党から民主党へ、政権交代が行われ、世界は新しいリーダーを迎えることになる……。しかし話はそれだけでは終わらなかった。不正選挙をめぐる数々の真偽不明の情報が飛び交い、トランプの勝利を疑わない人たちがその情報をネットに拡散し、日本のトランプ支持者たちまでも焚きつけることになった。その根も葉もない情報の発信源としてQアノンという存在が広く知られるようになった。 Qアノンとは何なのか? 昨年の大統領選をめぐる一連の騒動はなぜ起きたのか。それらを整理し1冊にまとめた内藤陽介著『誰もが知りたいQアノンの正体 みんな大好き陰謀論Ⅱ』(ビジネス社)刊行を機に、著者で郵便学者の内藤陽介氏と筑波大学准教授の掛谷英紀氏に対談をしてもらった。 なぜ人びとはQアノンにのめり込んでいったのか、陰謀論にハマりやすい人の特徴とは。昨年の大統領選以降、様々な情報がSNSやYouTubeなどの新しいメディアを中心に発信されていくなか、冷静な分析を自身のTwitterなどで発信してきた両氏に、Qアノンに端を発する問題について大いに議論してもらった。(編集部) 【Qアノンとは?】 ネット上でトランプが悪の組織ディープ・ステイト(闇の政府)と戦っていると情報を流している大本。 そもそも日本の2チャンネルの影響を受けて米国でスタートした4チャンネルから分かれた8チャンネルで登場したのがQであった。 ハンドルネームQの投稿が拡散されて大きなQアノン現象を生み出したのだ。 Qアノンの主張によると、この世界は悪魔崇拝者による国際的な秘密結社によって支配されている。 国際的な秘密結社はディープ・ステイトやカバール(陰謀団)の強い影響下にある。 彼らは合衆国政府を含め、基本的にすべての有力政治家、メディア、ハリウッドをコントロールしているが、その存在は隠蔽されている。 ディープ・ステイトについて従来は多くのことが秘匿されていたのだが、トランプが2016年の大統領選挙で勝利したことで、闇の組織ディープ・ステイトの存在が広く世間に知られるようになった。 トランプは、まさしくディープ・ステイトと戦うために大統領になったのだ、という。 (出版社HPより) ================================= 陰謀論にハマる人、ハマらない人 掛谷 刊行が楽しみだった内藤先生の『誰もが知りたいQアノンの正体』ですが、本書で書かれている7割ぐらいの情報が私にとって新しい知見でした。そして内藤先生は相変わらずなんでもご存知だな、と(笑)。今回のQアノン現象を理解するうえでの背景も丁寧にお書きになられていてですね。 内藤 これは往々にして言われることですが、事実として正しいか正しくないかを切り分けること、それ自体は当然大事なことなのですが、一方で今回のQアノンのように明らかに事実と異なるものを何故人びと、特に保守系の人たちが受け入れたのか。出所不明の偽情報であることはきちんと踏まえつつ、その前提となった背景は追うべきだろうと思っていたんですよ。 これはもともと僕の出身であるイスラム学科というのは大学の制度的には宗教学の分家で、そこで学んでいたことに起因する発想といいますか、特定の宗教を論じる上でも語り継がれていることがすべて歴史的事実かというと、誇張された部分は当然あるわけで。一方でその誇張を含めて人びとが信じてきた歴史はたしかに存在していますし、そういった思考回路で信徒の人たちが世の中をどう見ているのか、ということにも関心を持ちたいわけです。そのような文脈で、ではなぜQアノンが生まれたのか、それを信じている人びとの目に今のアメリカ社会がどう映っているのか、このことをある程度おさらいしておきましょう、というのが本書の主旨なんですよ。このテーマに沿って1冊にまとめてみた結果、Qアノン誕生前史となる90年代のクリントン政権以降に勃興したアメリカのネットメディア、特に保守系を中心としたネットメディア史を紐解くことにも繋がりました。 実は本書の前に刊行した『世界はいつでも不安定』(ワニブックス)の第一章で伝統的なアメリカの保守層の人たち、ようはアメリカ南部で普通に暮らしているおじさんたちのことですが、彼らが自国をどう見ているのか、ということを書きました。ですので、Qアノンにのめり込んだ人たちに特化して書いた本書とセットのような体裁になっていますので、現在のアメリカ社会を読み解く上でも参考になる部分はあるのではないかなと思っています。 掛谷 90年代に勃興してきたネットメディアの歴史は知らないことばかりでしたね。ちなみに本書では触れられていないのですが、90年代のアメリカ保守系メディアといったときにパッと連想するのが最近亡くなったラッシュ・リンボーなんですよ。私なんかは彼のラジオトークショーを聞いて英語を勉強したくらいですから(笑)。 なぜ彼の名前を挙げたかと言いますと、Qアノンにハマったのが基本的にアメリカの保守系全般だと言われがちなんですが、保守のなかにもQアノンの影響を受けていない人たちがいます。それがラッシュ・リンボー本人や彼に影響を受けた政治評論家のベン・シャピーロをはじめ、今人気の保守系政治YouTuberたちなんですよね。 内藤 Qアノンにハマらなかった人たちが本来の意味での保守だと言えるでしょう。彼らのような真の保守は自国の伝統的な土着部分にしっかり根をおろしている強みがあるから、陰謀論のようなものには簡単に引っかからない。 掛谷 逆にQアノンにハマった人たちは物事を極端に単純化してでしか見れないじゃないですか。彼らは「ディープ・ステイト(闇の組織)」なる存在が世界を裏から支配していると信じきっていて、「ディープ・ステイト」に関係する著名人や企業が利権を貪っているように思いこんでいます。でも普通に考えればひとつの組織が世界を操れるほど世の中は簡単な構図では出来ていませんよね。そもそも社会は多数の利権が複雑にからみ合っていて、それこそ既得権者同士の対立なんてしょっちゅうあるわけで。それを単純化した0・1の図式でしか見られないということは、パソコンに内蔵されているメインメモリが1ビットしかないようなもので、作業記憶の領域が極端に小さい。そんな人が陰謀論にハマりやすいんだろうなと思っています。 内藤 あとは今、中間層が没落して下層に落ちていくのが顕著ですので、そこで生じるルサンチマンも作用しているでしょう。それは日本にも同じことが言えて。 掛谷 私がよく視聴している「Blue Collar Logic」という政治系YouTube番組があるんですけれども、番組パーソナリティのデイブ・モリソンは普段トレーラーハウスで生活しているような人物ですので、経済的に成功していない保守の典型のような人で。しかしデイブ・モリソンはQアノンブームの最中も陰謀論にハマらずに、いつも伝統的宗教観に根ざした深い思索をもって情報を発信していました。困窮した生活を送りながらも決してブレない人もアメリカには少なからずいるんですね。内藤先生がおっしゃるように自身の境遇に対して常にルサンチマンを抱いて陰謀論にのめり込む人は、やはり物事を考える力が著しく欠落しているのだと思います。 内藤 自国の文化に根ざした伝統的なバックグラウンドをどれだけ体得しているかは大事ですよね。その伝統的価値観を否定し続けているのがリベラルなわけで。ちゃんとした大人に囲まれてきちんとした教育を受けて育ってきた人たちというのは、金銭的な環境に関わらず地に足をつけた考え方ができるようになるんですよ。 掛谷 デイブ・モリソンも、親が毎週教会に通っていたそうですよ。彼の思索の背景を知る上でうってつけの回があって、なぜタトゥーを入れないほうがいいか、ということを語っている人気動画があります。彼の説を簡単に紹介すると、人は常に考えを変えながら成長していく生き物ですが、すぐに消したり修正できる経験だったらバカなことをしたと反省して自身の成長に繋げられるけれど、それが消せない経験の場合考えを変えずにバカなことをした過去の自分の行為を正当化してしまう。つまり自身の成長を阻害する原因になるから、タトゥーのように消せないものはやらないほうがいい、と。この話にいたく感銘を受けました。アメリカの宗教を基盤とする伝統的価値観に裏付けられた人というのはこういう思慮に富んだ解説が出来るんだ、って。 内藤 結局はそういうことなんですよね。 2020年米大統領選総括 掛谷 Qアノンの問題を語る上でポイントになるのが昨年のアメリカ大統領選で、本書の第一章でも一連の流れを論じられていますが、私が見た大統領選の印象も少しお話しようと思います。私は主にアメリカの保守系政治YouTube番組を中心にオピニオン情報を収集していました。先ほど名前を挙げたベン・シャピーロやデイブ・モリソン、あるいは黒人のアンソニー・ブライアン・ローガンのチャンネルが有名どころですね。 彼らは基本的にトランプ支持の論調でしたが大統領選後の不正選挙を巡る情報が錯綜していたとき、たとえばアンソニー・ブライアン・ローガンなんかは大統領選中に何かしら不正はあっただろうが証拠はないからとりあえず保留する、という見解でした。唯一、不正の証拠が判明したフルトン・カウンティの件だけは言及して、それ以外のものは基本的に無視という具合に。陰謀論にハマらなかった保守系の人たちは基本的にこのようなスタンスでした。逆にQアノンにハマったトランプ支持者は、一次情報をきちんと確認しないまま真偽不明の情報をどんどん流して盛り上がっていましたよね。 内藤 Qアノンにハマるような保守の人やトランプ支持者というのは長い間リベラルからいじめられてきた経験があって、怨念の発露という意味でも今回の大統領選はお祭りだったんですよ(笑)。 掛谷 私の場合、トランプ政権の大統領補佐官だったピーター・ナヴァロが発表した「ナヴァロ・レポート」も読みましたし、トランプの顧問弁護士のルドルフ・ジュリアーニの動画チャンネルやいくつかの州での公聴会も聞いた上で、これだけでは不正選挙の証明はできないなと思いましたから。やはり一次情報をもとに検証するのが基本です。 ところが日本で陰謀論にハマった一部の保守やトランプ支持者たちも多分に一次情報の確認を怠っていましたし、基本的な英語の読解力がないにも関わらず現地の未確認情報を引っ張ってわかった気になっていましたよね。彼らは何をもって情報を選別していたのだろうか。 内藤 アメリカのお祭り騒ぎに触発されて自分たちが盛り上がれる話題に乗っかった、というところでしょう。それに0・1思考の人たちは基本的に贔屓の引き倒しで日米ともにトランプに肩入れしすぎていたから、日本ではいわゆる安倍信者と言われている人たちに今回の騒動が当てはまった。安倍さんが昨年夏に総理の座を退いて傷心しているところに、盟友トランプもいなくなるとなったら。そういう悲壮感が増していく反面、YouTubeやツイッターで危機を煽ったら思いのほか再生回数やリツイートが加速した。今までさんざん虐げられてきた人たちだから、大統領選をきっかけに世間の注目を一気に集めたことが快感になっていった、という現象だったんじゃないでしょうかね。 僕はYouTubeチャンネルの「チャンネルくらら」で早稲田大学招聘研究員の渡瀬裕哉さんと一緒に今回の米大統領選を長期間にわたって観察してきたのですが、アメリカ政治に詳しい渡瀬さんは割と早い段階からトランプ敗北と分析していましたね。ふたりともトランプ政権をかなりポジティブに評価していたので、なんとか巻き返して欲しい気持ちで選挙戦を追っていましたけれども。ただ、昨年8月のUAEとイスラエルの国交正常化を見て僕もトランプの負けを確信しました。少なくともその時点で世界は政権移行を前提に動いているな、と。そうであっても開票ギリギリまで勝ってほしいよね、という論調で発言してきましたが。 掛谷 内藤先生には開票前に一度お会いしましたが、そのときに「トランプは負けそうだ」って話をしましたよね。 内藤 2回目のテレビ討論会ではだいぶ巻き返しを図れたのに、なんでこれを最初からやらなかったんだ、みたいな。 掛谷 1回目のテレビ討論会をどう評価するかで情勢を客観的に認識できているかどうかの線引ができた部分がありますよね。1回目は誰がどう見てもトランプの負けでしたので、2回目のテレビ討論会を見る前に郵便投票を済ませた人は間違いなくバイデンに入れたでしょうから。 内藤 選挙の争点にアイデンティティ・ポリティクスが入ってきたことも従来の選挙戦から様相を変えましたね。コロナ前まで経済は確かに好調だったのですが、大統領選前に行われたいくつかの州知事選挙で共和党が負けていた点を鑑みても、それまでの常識は通じなくなっていました。 掛谷 私も4年間のトランプ時代の政策は評価しているのですが、あの大統領からああいう優れた政策が出てきたということはスタッフが優秀だったと見て大丈夫ですか? 内藤 ひとつには副大統領のマイク・ペンスが偉かった、と。実質ペンスが大統領だった面があるくらいです。しかし、もし2016年の大統領選で共和党の大統領候補ペンスだったらヒラリー・クリントンに勝てたかどうか。もうひとつはトランプ自身がワシントン政治のアウトサイダーだったので、過去のしがらみとは無関係に損得勘定で動けた部分も大きいです。たとえばイスラエルとアラブ諸国の仲介にしても、今まではうやむやな形の政治決着をしてきましたが、トランプは実利を優先してサインしましたので。このあたりも政治的素人ゆえの決断力です。あとは大統領に勝手に喋らせて、優秀な裏方が的確に動いていたという面も多分にあったでしょうね。その結果、現在のバイデン政権は発足前にいろいろ言われましたがトランプ政権の政策を継承せざるをえなくなっている状態です。 掛谷 私はバイデン政権になったら、あまりにひどかったオバマ政権外交の二の舞になると危惧していたので、この部分は認識が足りなかったなと反省しています。内藤先生は今の流れが今後も継続されていくとお考えですか? 内藤 これはネットで拾った情報の受け売りなのですが、トランプ政権以前の外交は安全保障と経済を切り離して別々に動いていたけれども、トランプはそれを一体化させた。だからこれを元に戻すことはできないだろう、と。その意味で言えば、このままの方向で進むと思います。一方でトランプは中国を、バイデンはロシアをそれぞれ敵認定している違いもあります。基本的にバイデンは大西洋を中心に世界政策を考える人ですから、ゆくゆくは東アジア戦略を全般的に日本に委ねてくるかもしれません。あと今は人権問題で中国を締め上げていますが、そのうち中国以外の人権問題にも口を出してくる可能性がありますので日本にとばっちりがくるかもしれません。そのときに頭に血がのぼった保守系の人たちが、バイデンはけしからん、みたいなことを言いだすと話はまたややこしくなるな、と(笑)。 アメリカのポリティカル・コレクトネス 掛谷 アイデンティティ・ポリティクスの話が出ましたが、近年のアメリカは二大政党制のひずみからか、特に民主党側のアイデンティティ・ポリティクスのひどさが際立って、建国の理念すら認めない方向に向かっているように思います。 最近アメリカからきた留学生やALT(Assistant Language Teacher)の若い人と話をしたのですが、来日の理由にポリティカル・コレクトネス(以下ポリコレ)が嫌だという、いわゆるポリコレ疲れがあるみたいです。よく日本は同調圧力で選択肢を狭めていると言われますが、今の欧米のポリコレに比べればまだましと思っている人たちがいる、ということですね。 内藤 ポリコレを主張する人たちは選択肢自体を否定してきますよね。そもそもポリコレの歴史的背景はヨーロッパが近代化、文明化を進める上で、他の地域の異分子を徹底的に差別、排除して純化していったことに対する反省から出てきた反差別が由来です。そしてあまりにもポリコレの勢いが激しくなった結果の反動として出てきたのがQアノン、という文脈ですね。 これは本書でも触れましたが、アメリカでポリコレに類するものが出てきたのは90年代初頭で、クラレンス・トーマスという保守派の判事を最高裁に任命するときの公聴会においてリベラルがセクハラ疑惑で彼を糾弾しました。その翌年にビル・クリントンが民主党の大統領候補として選挙戦に臨むにあたり女性スキャンダルが浮上しましたが、リベラルはこれに対してだんまりを決め込んだ。この掌返しにリベラル以外の人たちはうんざりした、ということがありまして。ちなみに今の日本でもリベラルのあまりにも露骨なご都合主義にみんなうんざりしてきていますよね。 掛谷 リベラルのダブルスタンダード的な態度は過去の大統領選にも表れていますね。これはベン・シャピーロの分析の引用ですが、バラク・オバマが大統領選を戦った2008年と2012年の共和党の候補はジョン・マケインとミット・ロムニーでした。このふたりは共和党支持層からみても非常にいい候補者で、人格的にもトランプとは正反対です。この両名は選挙戦で正々堂々とオバマの政策批判をして戦ったのですが、対するオバマは徹底的に対立候補の人格攻撃を仕掛けた。その結果人格攻撃の方が勝った、と。だから共和党は2連敗した反省からトランプを候補として擁立し、民主党の十八番である人格攻撃で対抗して勝つことができた。その戦法に出たからトランプは余計リベラルに嫌われているんじゃないか、とも私は見ています。 内藤 ようするに今までリベラルはやりたい放題だったんですよ。なぜ共和党がオバマに対して人格攻撃出来なかったというと、彼がアフリカ系でオバマ個人に対する攻撃をあたかも人種差別だと読み替えて逆発信されてしまうリスクがあったからです。トランプの場合そのへんの制約を取り払って戦えた、という面はありますね。 トランプに関して付け加えてお話すると、これも本書に書きましたがアメリカはお国柄、自己啓発の精神が非常に強くてですね。そのメンタリティに基づいて努力をすれば必ず成功出来る、という信念を徹底できる人間でないとアメリカではリーダー、ひいては大統領候補にすらなれないわけです。トランプはそのモデルを突き詰めて強烈にしたキャラクターだといえます。 掛谷 自己啓発の精神性というのはキリスト教の預定説にも深く関わっていますね。 内藤 あとは彼の風貌ですよね。金髪白人男性で割とマッチョ、このイメージは失われつつある伝統的アメリカ人像とマッチしていて、ある種の郷愁をそそるわけです。マチズモ自体、今はネガティブに言われることが多いのですが、かといってそのイメージに紐付いた伝統的価値観を一気に払拭できるかといえば無理なんですよ。それはあくまでアメリカ北部のいわゆるエスタブリッシュメント側の人たちが否定しているだけで、南部で暮らす普通の人たちからすれば到底受け入れられない。この構図を指してアメリカの分断だとリベラルは主張しますが、元々違うものを無理やりくっつけたことによる軋轢の面の方が強いです。民主党やリベラルの人たちは分断の解消を声高に唱えますが、内実は分断の解消ではなく自分の気に入らない言論を差別だなんだとレッテル貼りして反対意見を圧殺して分断をなかったことにしようとしているだけです。こういったリベラルに圧殺された側の意見や背景というものを丁寧に見ていかないと、社会の本質は見えないですよね。 掛谷 日本人が見るアメリカは北部中心というか、エスタブリッシュメントなバイアスのかかった情報が大半です。私がアメリカにホームステイしたときはバリバリのクリスチャンのお宅にお世話になりましたが、食前に家族揃ってお祈りするのが日常という家庭でしたね。このようなキリスト教に根ざした伝統的なアメリカ像はなかなか伝わってきにくいのが実情で。そこを見落とすからリベラルやポリコレが嫌いな人たちの言い分がわからないし、それが極端化したQアノンという特殊な現象も見えてきにくいわけで。 内藤 逆に言えば非常に尖っているQアノンからアメリカ社会の別の一面が見えてくるともいえますね。 ちなみにこれは日銀審議委員の安達誠司先生の発言ですが、トランプという人はアホを最大限に利用して大統領に当選したのだけれども、アホを切り損なって自滅した、と(笑)。身も蓋もない表現ですが、今回の事象をよく表しています。アホというのはQアノンに流されたトランプ支持者のことですが、もしトランプがプロの政治家として8年間大統領職を全うするのであれば、いつかはそういう支持者たちを切る決断が必要だった。それが出来なかったのも彼の政治的素人たる所以といえるかもしれません。 掛谷 去年のBLM騒動のときにトランプは「Law and Order」と連呼していましたが、1月6日の一部過激なトランプ支持者による議事堂襲撃が起きたことによって自分で破ってしまった。これはさすがにまずかったですね。 内藤 リチャード・ニクソンが使ったフレーズをトランプも使ったわけですが、双方晩節を汚したという点でも同じなのは皮肉ですね。それゆえ彼の実績が冷静に評価されるようになるためにはもう数十年待たなければならなくなりました。ただ我々のように是々非々でトランプを評価する人間がいる反面、リベラルなんかは価値観が相容れないという理由で徹底的に彼の業績を認めようとはしないでしょうが。とはいえ客観的に見て認めるべきところは認めないと、という穏健な物言いにしかならないから、刺激不足で結局リベラル側に力負けしちゃうんですけどね(笑)。 Qアノンを受け入れた日本の土壌 内藤 先ほども少し触れましたが、なんで日本の一部保守系にQアノンが受けたのか。これ自体は非常に大きなテーマでして、実はこの部分を掘り下げていけばもう1冊本が出せるほどです。同盟国とはいえ、なんでよその国の大統領選でここまで熱くなれたのか。この前提になる今の僕の考えを本書の最終章でも簡単に論じましたが、基本的にどんな制度もどんな思想もその社会に受け入れる土壌がないと根付きません。たとえばキリスト教やイスラム教といった一神教がなぜ日本で大多数にならないのか。それは理屈としてこれらの宗教の教義や価値観はわかるけど、感覚的に受け入れる素地がそもそもないからです。だから日本全体でみてもだいたい1%くらいの割合で常に推移しているのですね。 Qアノンというものも元々はキリスト教的なエッセンスが散見されるので土壌という点では同じなのですが、それでも日本のごく一部には受け入れるだけの素地が出来ていったのも事実としてはあって。それは先ほど掛谷先生のお話に出た「ディープ・ステイト(闇の組織)」が世界を牛耳っている、という陰謀論がにわかに信憑性をもって広まっていったことに起因します。この「ディープ・ステイト」的なお話はそれこそ月刊雑誌「ムー」(ワン・パブリッシング)の中とかでエンタメ的に語られていれば可愛いものだったのですが、それがここ数年、急激に保守系の論者の間で喧伝されるようになりました。このきっかけを作ったのが元駐ウクライナ大使の馬渕睦夫氏です。馬渕氏は2014年、ロシアによるクリミア併合事件がきっかけで以来保守論壇に重用されるようになりましたが、この件に関する彼の言論はうなずける部分が多々ありました。その彼が次第に「ディープ・ステイト」の存在をほのめかすようになり、そこに保守系の人たちが飛びついていった。 保守系の人たちというのはもともとアンチ・グローバリズムの傾向が強くて、自分たちが大事にしている伝統的価値観がグローバリズムに飲まれようとしている危機感の背後に、世界を裏で操っている陰謀組織がある、と考えた方が彼らとしては逆に安心できる面があるんですよ。話はズレますがリベラルの人たちもグローバリズムは嫌いですよね。リベラルの場合はGAFAのような既存の国際的巨大企業への反発という要素が大きいのですが、彼らはそれに対抗するために自分たちで違う形のグローバリズムを形成しようとするので、ある意味別の「ディープ・ステイト」を作っているとも言えるのですが(笑)。 「ディープ・ステイト」に関する情報は馬渕氏を起点に多数の論者から日本の保守系YouTubeチャンネルの「チャンネル桜」や、「ChannelAJER」などで無批判に発信され続けた結果、これらの番組の視聴者を中心に周知され土壌ができていきました。さらに今回の米大統領選関係の真偽不明の過激な情報が上乗せされQアノン現象が日本でも表面化した、というのが今回の基本構造ではないでしょうか。Qアノンにハマるような人たちはネットやSNSで自分好みの情報しか見ないというのもクラスター化に拍車をかけましたね。馬渕氏はQアノンに関して特段情報を発信したわけではありませんが、僕は彼について二・二六事件と北一輝の関係のようなものだと見ていて、今回の件における罪深い存在だと思っています。 掛谷 なるほど。もう一点、私が日本でQアノンが受けた理由として日本人の言霊信仰に由来するものがあったのではないかと見ていまして。「トランプが絶対勝つ」以外は口にしてはいけない空気感が強かったといいますか。 内藤 それ以外のことを口にするのは縁起でもない、と。確かにトランプを応援する側の論調にも温度差がありましたね。僕らのように「敗色濃厚だけど勝ってほしい」と陰謀論にハマった人たちによる「絶対に勝つ」で。後者は思いこみが強すぎて、それこそ入試前に願書を出した時点で受かった気になっているようなものですよ(笑)。 掛谷 これは保守や極端なトランプ支持者にかぎらず、リベラルの護憲論にも当てはまると思っていて。戦争を想定しなければ、自国が軍隊を持たなければ戦争が起きないというのも言霊思想でしょう。Qアノン自体はキリスト教的な文脈が散りばめられているのでアメリカには受け入れる土壌がすでに備わっていましたけれども、かたや日本の場合は社会の素地になっている言霊信仰にうまくハマったような印象があるんですよね。結局、日本人は第二次大戦の頃から負けることを織り込んで物事を考えるのが苦手で。昔からなにも変わっていないんだな、と(笑)。 内藤 これはすべてのことに言えるのですが、勝負事に挑む際は和戦両様の構えが必要ですよね。 掛谷 実はこれから取り組もうとしている課題に、日本のトランプ支持の著名人が発信した去年10月までの大統領選に関するツイートから言語機械学習の仕組みを使って陰謀論にハマった人とハマらなかった人が割り出せるか検証しようと思っているんですよ。10月までの投稿でしたら似たりよったりの内容ですので、その情報を元にどれだけ予想できるかという試みで。成果でたらお伝えします。ちなみに内藤先生は陰謀論にハマりやすい人の傾向をどう分析していますか? 内藤 陰謀論にハマりやすい人はとにかく他者の視点や反対意見を受け入れませんよね。面白いことに我々のようにトランプを支持しつつも敗北を素直に受け入れた人たちに対して、陰謀論の人たちはなぜか最初からバイデン推しをしていたと見なして噛み付いてきましたが、我々のスタンスとしては現実問題バイデン政権に移行することが決定的なのだから、次のことを見据えて備えていこうという意見だっただけで。現実的な意見に耳を塞ぐのは言霊信仰に依るところでしょうし、あとは気の合う仲間同士で固まっていたいという気持ちも強かったんじゃないかな。 今回、保守派の著名人たちも陰謀論に傾注していったこともあり、その人を中心にグループができていきましたよね。あたかもネット上のファンクラブ的な密な関係が生まれて。その空間内でスターは自分を推してくれるファンの声援に応えようとどんどん意見を尖鋭化させ、ファンがそれを拡散してクラスター化していった、という図式でした。それがさらに過激化した先にあるのがカルト集団なのですが、幸い日本ではカルト化まではいきませんでした。 掛谷 本家アメリカのトランプと支持者の関係もこれに近い図式でしたよね。 陰謀論にハマった保守系ベストセラー作家 内藤 前作『みんな大好き陰謀論』(ビジネス社)を書いたことや、今回のように陰謀論を巡る話しているとよく誤解をされるのですが、僕は決して陰謀自体を否定しているわけではないんですよ。陰謀というのは世論誘導や世論工作といった形でいたるところに存在しています。そうやって工作を仕掛けてくる外国勢力からすれば、今回日本で陰謀論にハマった人ははっきり言ってチョロいですね。どうやれば引っかかるか、手に取るようにわかったことでしょう。 掛谷 チョロかったのが匿名の一般人だったらまだ影響は軽微なんですけど、ハマった著名人の代表格が某保守系ベストセラー作家だという(笑)。 内藤 百田尚樹氏ですよね。確かに彼は売れっ子作家ですが言われているほどの社会的影響力はあるのか、僕には疑問なんですよ。 掛谷 百田氏は最近、幸福実現党や日本第一党の人を自身のYouTube番組に呼んだりして間接的に応援しているような形じゃないですか。それが次の選挙でどれだけ作用するかがひとつのものさしになる気がしています。 内藤 それもほとんど影響はないでしょうね。もし仮にいずれかの党で一議席を取れるようなことになったら、それは単にそれらの政党自体の足腰が強くなっただけの話ですよ。むしろ百田氏は彼らのコアなファン層に便乗している節すら見えます。 掛谷 なるほど。 内藤 今、百田氏は保守のスターのような扱いを受けていますが、そもそも彼に明確に保守思想があったかどうかも疑わしいと思っていて。彼は代表作『永遠の0』(講談社文庫)内で単純素朴に戦前のすべてが悪かったわけではない、ということを書いただけなのに、まったく的はずれのリベラルから戦争美化だと批判された一方、保守サイドからは祀り上げられてそのまま保守論壇の人間関係に引っ張られていったのが実態だろうと私は見ています。 保守側からすれば石原慎太郎以来の文壇的スターじゃないですか。そしてスターは現在のところ彼しかいないということもあり、余計ちやほやしている部分もあって、本人も満更ではない感じですよね。多分おだてられるのが好きな人なんでしょう(笑)。だから異なる意見の人から冷静にたしなめられると逆ギレしてしまうところもあって。そういう性格が透けて見えるから、言われているほど世間的な影響はないだろうな、と。 掛谷 それはなんとなくわかりますね(笑)。 内藤 もう少し付言するならば、百田氏の小説ってつまらないですよね。これは決してくさしているわけではなく、あくまで文芸評的にみて面白くないという意味で、その理由は明確なんですよ。百田作品は映像映えするのですが、活字で読むとすごくつまらない。なぜかというとストーリーが淡々としていて、文学的余白に欠けているからなんです。実はこの特徴は宮尾登美子さんの小説にも同じことが言えるんですよ。掛谷先生は宮尾登美子作品を活字でお読みになったことはありますか? 掛谷 いや、私はないですね。 内藤 根っからの読書好きの人間が小説作品を読むときは、自分の頭のなかで登場人物のキャラクターを設定したりしながら、物語世界を膨らませて自由に作品を楽しむものなんです。たとえて言うならば飛行機模型を作るときに、材料の木を削るところからはじめて自分好みの造形に仕立てていくような感じですね。ところが百田作品や宮尾登美子作品というのはプラモデル的な構造になっていて、順を追って読み進めれば必ず同じ像が浮かんでくる。読んだ全員が同一のイメージを共有できる仕立てになっています。ただプラモデルづくりには自分の好きなように色を塗ってアレンジができる楽しみもありますので、映像化の際には物語の基本構造を外さずに、作り手独自の味付けができる。その面白さが映像クリエイターたちを惹きつけるんでしょう。それに昨今、プラモデルづくりのような読書を望んでいる人たちが多いこともあって百田氏の作品は商業的な成功をおさめましたが、僕のように無垢の木を削るところから小説を味わいたい人間からすると読む楽しみに欠ける。だから彼の作品はあくまで放送作家がつくる放送台本やプロットのようなものとしてしか見れないんですよ。 掛谷 たしかに彼の作品がそういう具合に見えるっていうのは納得できます。 内藤 そうは言いながらも、作品自体はよく出来ているとも思っていて。これはありえない話ですがもし百田氏から自身の作品評を頼まれたら、「僕の考えている小説のあり方とは違うけれどもいい作品だと思います」と言います。それを端からあなたの作品はつまらないですよ、なんて言ったものならその瞬間に激怒して以降はまったく聞く耳を持たなくなるでしょうね(笑)。 新型コロナウイルス発生起源と陰謀論 掛谷 Qアノンの話題から少し逸れますが、去年お会いしたときに私が今取り組んでいる新型コロナウイルスの起源研究の話をしたじゃないですか。新型コロナは武漢の研究所で人工的に作られたものだという。 内藤 そうですね。 掛谷 新型コロナ人工ウイルス説が言われはじめたころは、国内外の研究者から陰謀論扱いをされました。我々の共通の知人である経済評論家の上念司さんなんかも当初は人工ウイルス説に否定的でしたが、科学的知見をもとに人工説の可能性を説明したら天然説と人工説の両方を考慮してくれるようになりました。私は彼ぐらいのスタンスが正しいと思っています。生物学の専門知識がなければそもそも私の学術的見解の信憑性を測ることはできないので、私ひとりの意見を鵜呑みにせずにあくまで参考にする程度で結論を留保する、という態度の人の方が陰謀論にはハマりにくい。逆に陰謀論にハマる人は性急に結論を出したがりますが(笑)。 内藤 陰謀論にハマる人は「必ずしもそうは言えない」という曖昧な物言いをすごく嫌うというか。これは右左問わず極端な意見の人に見られる傾向だと思います。 掛谷 もともと生物学を専攻していたこともあり今回新型コロナの起源を調べはじめたのですが、この件に関する論文は50本以上読んだと思います。現在の専門の論文よりも今はコロナ関係のもののほうを多く読んでいるかもしれないですが(笑)。あとは月に1回、私同様、新型コロナの起源を探っている世界中の研究者たちと毎回4時間ほどオンライン・ミーティングをして意見を交換しています。 現在の我々の見解では、新型コロナウイルスは高確率で遺伝子組み換えが施された人工物で、何らかの形で武漢の研究所から漏洩したものである、ということでほぼ一致しています。決定的な証拠はまだ出ていないので100%断定とはいきませんが。 最近ではアメリカの世論もこちらの説に傾いてきていて。5月上旬に著名な科学ジャーナリストのニコラス・ウェイドが新型コロナウイルス人工説を強く示唆する長編記事を発表し、あるいは「サイエンス」誌にも漏洩の可能性も含めて調査すべきだ、という18人の研究者によるレポートが掲載されたことが大きな要因ですね。こういった流れを見るとアメリカ人も案外権威主義的なところがあって、「サイエンス」誌の影響は絶大だな、と(笑)。 内藤 「サイエンス」誌にも載せられるだけの十分なデータが揃ってきたことの裏付けとも言えますね。 掛谷 新型コロナウイルスによって世界中で300万人以上の人が亡くなりましたが、もしこれが人工的なもので、なおかつ研究所から漏れたにも関わらずその事実を隠匿していたとのであれば、これは世界的な人権問題ですよね。今取り沙汰されている香港やウイグル問題以上に世界中の人たちの関心が高いのは当然です。実はすでにウイルスの遺伝子組み換えを行うことによる危険な機能獲得実験を規制すべきだ、という声もあがっています。今後はウイルスを研究するにあたりIAEAのような国際的な査察機関を設けなければならないだろう、という流れになっていくでしょうね。このような国際的な流れを日本が敏感にキャッチして率先して引っ張っていければいいんですけれども。 内藤 良くも悪くも世界が透明性を求める方向に進んでいるということですね。特に中国に関してはあらゆる面において透明性を担保させなければならないので、どのように働きかけるかは今後の課題でしょう。そのカギになるのが今回のウイルスなのかもしれませんが。 掛谷 武漢ウイルス研究所では2019年秋にそれまで公開していたウイルスの塩基配列のデータベースを閲覧できなくしてしまったんですよ。表向きはサイバーアタックでネットワークが遮断したと言っていますが、閲覧規制のタイミング的にパンデミックが始まる直前ですので、その時点で何かおかしいことが起きていたと見られても不思議ではないです。あと、私は研究所の人たちの血液サンプルを採取して感染履歴を調べる必要があると思っています。もしこういった情報公開要求を受け入れないのであれば世界中の学会から締め出すことすら辞さない、それくらいの覚悟で臨むべき事案です。 内藤 情報公開について中国の首を縦に振らすには論理立てて説得していく必要がありますね。新型コロナウイルスは開発元の人為的ミス、あるいは事故で流出したけれども、それはあくまで管理の不備が原因なのだから今回の件で中国の責任は問わないし賠償請求もしないが、その変わり今後安全に研究を行うために武漢ウイルス研究所はきちんと検証させなさい、と。こういう形で話を持っていくべきでしょう。 掛谷 まったく同感です。 内藤 ここで気をつけなければいけないのが、あたかも中国が生物兵器を作って世界にバラまいた、という別の陰謀論に向かってしまうことです。ようやく科学的な知見も集まってきて真相を解明するまであと一歩のところに来ているのに、生物兵器だなんだという荒唐無稽な話になってしまうと……。 掛谷 当初からそういった非現実的言説と混同されないように、私なんかはできるだけ科学的な発信を心がけてきましたけれども、どうもQアノンにハマるような人たちは声高に騒ぎたがるので。この件に関しては頼むからおとなしく私に任せてくれ、と(笑)。 内藤 陰謀論にハマる人というのはどうして無自覚に敵にエサを与えてしまうのか。もしかするとこれこそが敵工作員による影響力工作なのかもしれないですけれども(笑)。 保守とリベラル 掛谷 これは日本の保守系全般に言えることかもしれませんが、自分たちが発信するメッセージが世界から見たときにマイナスイメージを引き起こしていることを理解していないんですよ。それこそ従軍慰安婦の問題しかり、自分たちの主張が歴史的に正しいからといってそれを声高に主張しても、よその国の人はそもそも関心がないわけで。それよりも世界に対して日本のいいところをアピールしたいなら別のコミュニケーションの方が有効で、例えば日本の漫画やアニメを通じて家族仲の良さを伝える、とかですね。アメリカなんかは今家庭崩壊が深刻な社会問題になっているので、このメッセージはダイレクトに刺さりますよ。 内藤 定番の「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」、「クレヨンしんちゃん」などみんなそうですね。 掛谷 受け手側が興味を持つような形で日本の良さを伝えることが重要ですから、もっと意識的に情報を発信すべきなんですよ。それが正しい日本理解にもつながりますし、保守の人たちが本当に訴えたいほかの問題にも関心を示してくれるようにもなりますので。 内藤 そのとおりだと思います。仲間を増やしたいのであればそれに沿った戦略をきちんと立てるべきです。それなのに保守系の人たちはどうも直情径行のきらいがあって、自分たちが気持ちよくなっているだけなんですよ。それこそ散々リベラルからイジメられてきた鬱憤の発露なのでしょうが、いい加減それは卒業しなさい、と(笑)。あとはアニメなどを通じて海外に評価された事実を今度は国内向けに発信していく。そうすると日本の伝統的な家族制度を批判しているリベラルへのカウンターにもなります。結果を出したいならここまで筋道を立ててやる必要があるのに、自分のお気持ちひとつで動くから、結局何がしたいの? って思っちゃいますね。 掛谷 逆にリベラルの人たちはそういったアピールが巧みですよね。国際的にもうまく連帯しています。かたや日本の保守が大統領選でアメリカのトランプ支持者と連帯したかというと内輪で盛り上がっただけで(笑)。 内藤 なぜか都内で不正選挙を糾弾するデモをやってましたね。あれなんかまさに自己満足の極みですよ。 掛谷 あと、日本の保守は自国の文化・伝統を礼賛する一方、ほかの国の文化に対しては否定的な面があるじゃないですか。西洋は一神教で多神教の日本より劣っているみたいな態度をしばしばとりますが、私からすると一神教の文化は真理を探究することに長けているので科学の研究に向いていると思いますし、ほかにもそれぞれの国や地域で生まれた素晴らしい伝統がたくさんあります。当然のことながら良い面悪い面があるので、お互いの伝統を認め合いながら、それぞれの価値観を大切にする姿勢が求められます。 内藤 それぞれ文化を尊重しながらアンチ・ポリコレで連帯すればいいんですよ。一方でリベラルはさらに一歩先を進んでいてですね。彼らは各国の極右やネトウヨたちが日本の女性差別的な家族制度などを肯定的にとらえて、日本的な排他的社会を理想化している。我々は世界が日本のような方向に向かうことを阻止しなければならない、といった主張ですでに動きだしています。本来、保守の人たちが世界に評価された日本の社会制度、ということを自国向けにアピールしなければいけないのに、早速機先を制されている。 掛谷 リベラルの人って基本的に頭がいいんですよね。人間的には嫌な人が多いのですが(笑)。それに比べて保守の人は……。 内藤 リベラル的思考は相応の訓練を積まないと身につかないですから相対的に頭のいい人が多い、ということではないでしょうか。それに人間の本質はもともと保守的な傾向があるんですよ。だからほっとくとどんどん右に寄っていってしまう。 掛谷 どうして保守の人たちは国際協調が苦手なんでしょうね? 内藤 基本的にナショナリストですから、どうしてもドメスティックな方に関心が向いてしまうんですよ。それが行き過ぎると極端な排外主義になって。いくら海外への興味が希薄だとはいっても、リベラルは相変わらず国際協調をして攻めてきますから、やはり日本の保守も海外の保守やアンチ・リベラル、アンチ・ポリコレで手を組む必要はあると思うんですけどね。 掛谷 実はこれからやりたいことのひとつに、海外のポリコレ難民の学生をたくさん受け入れたいと思っているんですよ。ただし受け入れるにあたって日本語の習熟はハードルが高いから当面は英語だけで卒業できるプログラムをベースにして、という具合にです。日本のアニメなどを見ていれば、自国よりもポリコレがひどくないことは感じ取れるはずですから。そうやって世界中からアンチ・ポリコレの人たちが集まって日本を満喫しながらポリコレのない社会の素晴らしさを日本向けにも発信してくれるようになると、リベラルのポリコレ言説を鵜呑みにしなくて済むし、日本人も自信が持てるじゃないですか。そういった国際的な輪を広げていきたいんですよね。 内藤 それは楽しいアイディアですね。 掛谷 このアイディアのキモはリベラル好みの多様性やグローバルをこちら陣営で全部取り込んでしまう、という部分で。人種も国籍も多彩な国際的枠組みを作ってみたらみんなアンチ・リベラル、アンチ・ポリコレだった、という(笑)。 内藤 実際、今の海外の普通の人たちもリベラルやポリコレのダブルスタンダードには辟易しているでしょうから、そういった人たちに日本を楽しんでもらいたいですよね。 掛谷 行き過ぎたポリコレの反動として生まれたのがQアノンだったので、アンチ・ポリコレ空間ではそういったものが生まれる余地もないですし。 内藤 結局のところ極右と極左はニコイチなんですよ。一方で激しい集団が形成されればそれに対するものがカウンターとして出てくる。日本でも最近は鳴りを潜めていますが旧在特会と旧しばき隊の関係のようなもので。ニコイチならニコイチらしくふたつまとめてどっかにいってくれ、と(笑)。それが普通に暮らす大多数の人たちの願いですよ。(おわり) ★ないとう・ようすけ=郵便学者。日本文芸家協会会員。切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続けている。主な著書に『事情のある国の切手ほど面白い』、『マリ近現代史』、『朝鮮戦争』、『パレスチナ現代史』、『チェ・ゲバラとキューバ革命』、『改訂増補版 アウシュヴィッツの手紙』など。1967年生。 ★かけや・ひでき=筑波大学システム情報系准教授。東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。通信総合研究所(現情報通信研究機構)研究員を経て現職。専門はメディア工学。 著書に『学問とは何か』、『学者のウソ』、『「先見力」の授業』、『人類の敵』がある。1970年生。