――自分の力を自分の夢のために使うこと――小澤みゆき / 編集者・ライター週刊読書人2021年9月10日号私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない著 者:キム・ジナ出版社:祥伝社ISBN13:978-4-396-61760-8 フェミニズム専門の独立系書店や、フェミニストのネットワークづくりを支援するスペースが広がっている。台湾では一九九四年から「女書店」が営業しているし、日本・東京には今年、「エトセトラブックスBOOKSHOP」がオープンした。韓国・ソウルにある「ウルフソーシャルクラブ」もそうした場所のひとつ。SNSを見ると、フルーツを使ったパイやケーキ、チョコレートシェイクなどのおいしそうな写真が目に飛び込んでくる。一見すると普通のおしゃれなカフェだが、店の説明書きや店内画像には「MORE DIGNITY LESS BULLSHIT」「'A room of one's own' made real」といった力強い言葉が掲げられている。アイコンに描かれているのはオオカミ。「ウルフ」には、モダニズム作家ヴァージニア・ウルフの名前と、オオカミの両方の意味が込められている。「ウルフソーシャルクラブ」は、男性中心社会に声を上げ、女性たちの連帯を促す、東アジアでも有数のフェミニズム言論空間だ。 本書の著者はカフェの運営者。フェミニズムへの目覚めと、社会への違和感を率直に綴ったエッセイは多くの韓国女性に支持され、発売三カ月で五刷を記録した。カフェを開く前の職業はコピーライターだったという。広告業界という華々しい世界でがむしゃらに働き、男性と同等の収入を得ていた著者。そんな彼女がなぜ、フェミニストのための場所を作ろうと思ったのか。 二〇代と三〇代を仕事に捧げてきた著者は、四〇代になってそれまでの自分を振り返り、下した選択が本当に自分の判断によるものだったのか疑問を持つ。就労も退職も結婚も、個人的なことに見えるけれど、背後にあるのは社会構造であり、その中で女性が抱く苦しみは共通のもの。女性が仕事や家庭で感じる小さな疑問も、突き詰めれば家父長制という、誰もが当たり前に思ってきた考えを疑うことに繫がる。著者は自らの経験を通して「家父長制から自由になろう」と語りかける。元コピーライターらしく、その言葉は飾りがなく簡潔だ。 特に心打たれたのは「どうせ使うお金、女に使おう」というメッセージ。消費もまた人生の選択であり、身近なところにその機会はある。キャリアを、夢をあきらめないためには、うわべだけでない連帯が必要であり、そのためにお金=自分の力を使おうと読者に呼びかける。 二〇二一年四月、著者はソウル市長選に「女性の党」から立候補。落選はしたものの四位という善戦だった。日本にも、本や映画を通じて韓国フェミニズムの情報は日々伝わってくるが、改めて韓国の女性たちは声を上げ、社会を変えようとしているのだと胸を熱くさせられた。 ヴァージニア・ウルフが『自分ひとりの部屋』で、女性が生きるためのお金と空間の重要性を説いてから百年余。その火を絶やすまいと、海の向こうの「妹たち」は吠え続けている。(すんみ・小山内園子訳)(おざわ・みゆき=編集者・ライター)★キム・ジナ=韓国のコミュニケーション・ディレクター。時代や社会へ向けたメッセージを広告や空間を通じて発信している。運営する「ウルフソーシャルクラブ」は、ソウル有数のフェミニズム空間であり、ニューヨーク・タイムズにも紹介された。二〇二一年四月のソウル市長選に立候補した。