――主人公は虫に人生を狂わされてしまった者たち――切通理作 / 批評家週刊読書人2020年10月16日号クワバカ クワガタを愛し過ぎちゃった男たち著 者:中村計出版社:光文社ISBN13:978-4-334-04487-9 昆虫に関して学者がわかりやすくその知られざる生態を伝える新書……というものは既に世に出ているが、これはあくまで民間の「クワバカ」(クワガタに取りつかれちゃった人)を主人公にした人物ノンフィクションである。クワガタの大きさを競ったり、クワガタ同士を戦わせたりする「大の大人たち」の、人生を賭けた「ロマン」に寄り添い、謳い上げる。 著者はこれまでスポーツ・ノンフィクションを中心に手掛けていたというだけあって、西表島や石垣島でハブの脅威にさらされながらクワガタを探す「死と隣り合わせのスリル」がクワバカたちのアドレナリンを上げていくさまや、クワガタ相撲の「選手」たちにはどのようなスパーリングを施しているのかに目を向けた記述などには、身体的な躍動感が伴う。 虫そのものの前に、虫に人生を狂わされてしまった者たちを主人公に置いており、1ミリの大きさの違いにこだわる彼らを、著者は一歩引いて面白おかしく記述している……ばかりではなく、実は著者本人も、私費を投じて西表島にガイドなしで連泊して、闇の中でマルバネクワガタを探したり、クワガタ相撲に自分のヒラタクワガタを出場させるなど、昆虫相手の五感を研ぎ澄ませていく。結果、三〇匹に一匹の確率でしか出会えないといわれる「大歯型」マルバネをビギナーズラックで採集できたり、外国産クワガタに一回戦では勝利を収め、昆虫の遺伝子にある戦いの本能を味わえたりという「かけがえのない体験」を共有していく。 クワバカたちの活動は稀少種の発見や生態の解明など、昆虫研究にも寄与していることが記されているが、そのような意義は後付けであり、民間の人々による「好き」が動機だ。競争原理で火が付く一種の射幸心抜きにしては語れない。弊害として「採集圧」がその種の絶滅に最後の一手を貸してしまう危険性、ひいては天然記念物として採集禁止になるという、いわば闇の部分も、ごまかさず見つめられている。 著者が認める真のクワバカは、決して乱獲はせず、養殖の個体を野生と標榜するような嘘を嫌う人たちだ。だがインターネットの普及など市場が拡大することにより昆虫が単に投機の対象と化し、モラルが崩れていく。 一方、「種の保存法」と名付けられた規制が、かえって種の絶滅を助ける可能性にも触れられている。 夜でも明るいLEDの普及など便利になった採集現場は、それが頭打ちになる未来をも早めていたのかもしれない。 だが「観察なんかして、何がわかるの? 虫ってのは、自分で採って、触って、標本にしてみて、初めてわかることがいっぱいあるんだから」という、本書に登場する代表的な「クワバカ」の一人・花谷達郎さんの言葉は象徴的だ。 あらかじめ研究対象として見るのではなく、子どもの時に芽生えた昆虫採集の楽しみの延長で、結果的に自然と親しんでいく。そんな幸福なシンクロ状態が、それぞれの人物の半生に宿った状態を追体験できる本書は、やはり「ロマン」の書であり、エンターテインメントになり得てもいる。(きりどおし・りさく=批評家)★なかむら・けい=ノンフィクションライター。著書に『甲子園が割れた日 松井秀喜5連続敬遠の真実』(第一八回ミズノスポーツライター賞最優秀賞)『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(第三九回講談社ノンフィクション賞)など。一九七三年生。