――認定制度が開始、入門書として好適な一冊――中野目徹 / 筑波大学人文社会系教授・日本近代史・史料学週刊読書人2021年7月2日号アーカイブズとアーキビスト 記録を守り伝える担い手たち著 者:大阪大学アーカイブズ(編)出版社:大阪大学出版会ISBN13:978-4-87259-644-1 今年一月から国立公文書館による「認定アーキビスト」の制度が開始されたことをみても、本書の刊行は時宜をえたものといえよう。公的機関が認定するプロフェッションとして、アーカイブズ(公文書館、文書館)に置かれる「専門職員」に独自の名称=「アーキビスト」が付与されたのは、資格化へ向けた第一歩だと考えられる、まさにその時だからである。 そもそも我が国で、最初のアーカイブズとして山口県文書館が設立されたのが一九五九年、国立公文書館の設置は一九七一年、アーカイブズに関する法律として「公文書館法」が制定されたのは一九八七年のことであった。同法の第四条第二項で「歴史資料として重要な公文書等についての調査研究を行う専門職員」の配置が規定され、その「専門職員」がアーキビストだとされてきた。明治期から存在する博物館や図書館と較べてみてもアーカイブズの歴史が短いものであり、学芸員や司書と比較してアーキビストが国民の間に定着していないことは明白であろう。公文書管理に関する基本法である「公文書等の管理に関する法律(公文書管理法)」が制定されたのは、約十年前の二〇〇九年のことであった。 本書はサブタイトルで「記録を守り伝える担い手たち」と掲げているので、書名の後半すなわちアーキビストにウエイトを置きながら、全体としては、「あとがき」にも書かれているとおり、「公文書の管理と保存にかかわる課題を広く一般に向けて発信する啓蒙書・教養書」であると同時に、「地方公共団体の職員研修、大学の授業の教科書・副読本」として編まれたものである。実際の編者は、大阪大学アーカイブズ室長の高橋明男と同室教授の菅真城の二氏がつとめ、ほかに六名の研究者が執筆にあたっている。 八講にわたる具体的な内容は、標題だけ示すと、第一講「アーカイブズ学事始め」(菅真城)/第二講「公文書の管理と保存を法律からみると」(高橋明男)/第三講「公文書管理制度の形成」(三阪佳弘)/第四講「地方公文書館の現状と課題」(矢切努)/第五講「何を残すべきなのか—熊本県公文書への私のチャレンジと日本への提言—」(三輪宗弘)/第六講「自治体史編纂から見た公文書保存」(飯塚一幸)/第七講「企業アーカイブズ—その歴史と現状、課題」(廣田誠)/第八講「デジタル時代のアーカイブズとアーキビスト」(古賀崇)となっている。 体系的に、過不足なくアーカイブズ学の構築を目指すというよりは、すでに各研究分野でそれぞれの立場を確立している八名の執筆者が、これまでのキャリアのなかで経験してきたさまざまな事象をアーカイブズとアーキビストに関連させて披歴するというスタイルをとっている。したがって、各講はいずれも読みごたえのあるもので、啓蒙書や副読本として簡単に読みとおすことはできない、重量感のある叙述になっている。内容のいくつかを紹介しよう。 例えば、第四講で、地域住民が公文書館に理解や関心を示さない現状では、政治家や行政が公文書館を設立・拡充するメリットを感じることができず、予算の無駄遣いだという批判を受けることになりかねないという指摘は、まさにその通りであろう。では、どうすればよいのだろうか。情報公開制度すら利用しようとしない住民が、過去の情報であるアーカイブズの所蔵資料に関心を示すとは思われないのである。国民や住民が政治や行政の「客分」でしかないという江戸時代以来の私たちの意識と、「公文書等が健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」であることを高らかに謳う公文書管理法の第一条の空々しい文言の乖離は、何によって埋めてゆけばよいのだろうか。 その点で、「一方的に糾弾し、批判するだけでなく、資料の大切さや重要性、後日公開することの利点を為政者や官僚に説く努力もしなければいけない」という第五講の指摘は首肯できる。具体的な事例に基づいて立論する第五講の主張は説得的である。「公文書は、後日公開することで、県民や国民にプラスになるようにしたことを明らかにするものだ」という「スタンス」はアーキビストの一つの姿勢として傾聴に値するであろう。また、第七講にある「企業アーカイブズの本来の意義は、事業の記録を経営資源として利用することにある」という指摘は、行政機関や大学のアーカイブズにもそのまま通用するもので、改めて何をアーカイブズとして残すか、アーキビストの職務とは何かを考えさせられる記述である。他の各講いずれも手堅い内容で学ぶべき点が多い。 現在、複数の大学が大学院修士課程レベルのアーキビスト養成専攻・コースの設置を模索している。本書がそのような教育の場で使用される入門書として好適なものであることは紹介者として保証できる。しかし、アーキビストを多数養成して全体の底上げを図るという考え方は理解できないでもないが、実際に学生を指導する立場の一人としては、有資格者のインフレ状態を惹起し、学芸員や司書の二の舞とならないことを願うばかりである。(執筆:高橋明男・菅真城・三阪佳弘・矢切努・三輪宗弘・飯塚一幸・廣田誠・古賀崇)(なかのめ・とおる=筑波大学人文社会系教授・日本近代史・史料学)