――「建築類型学」や都市再生の方法論の手ほどき――藤村龍至 / 建築家・東京藝術大学准教授・RFA主宰週刊読書人2021年10月29日号都市のルネサンス イタリア社会の底力【増補新装版】著 者:陣内秀信出版社:古小烏舎ISBN13:978-4-910036-02-1 イタリア都市・建築研究の陣内秀信氏による「体験的イタリア都市論」である『都市のルネッサンス イタリア建築の現在』(中公新書、一九七八)の二回目の再刊行である。本書ではイタリアの都市といっても有名なローマ、ミラノ、フィレンツェではなく、ヴェネチア、チステルニーノ、ボローニャという、課題を抱えつつ、その取り組みによって再生を果たした都市が北、中部、南から一都市ずつ取り上げられている。 本書の魅力はまず、冒頭のフィールドワークでの数々のエピソードの散りばめられた留学体験記的な記述によって読者が著者のイタリアでの生活を追体験でき、気がつけば建築類型学のような専門的な議論についても体験的に理解できてしまう点にあるだろう。だが本書の興味深い特徴は、再刊行(二〇〇一)、再々刊行(二〇二一)時に都度書き加えられたまえがき、あとがきによって、一九七〇年代の著者の体験の読み方がどんどん更新されている点にあると思われる。 最初の刊行は一九七八年であり、著者がイタリアに渡った一九七三年の秋から五年後であった。当時のヴェネチア建築大学では都市と建築に関する研究で注目されていた。核となったのは建築類型と都市組織を互いに分かち難く結びついたものとして理解する「建築類型学」という方法論であった。都市と建築、ハードとソフト、計画と生活を切り離す近代主義的な方法論が全面化した時代にあって、近代主義に疑問を呈する一九七〇年前後の事態を打開するヒントを「イタリア建築の現在」に見ようとしたのだろう。 都市と建築を一体に考える方法論は、わが国ではいわゆる「町並み」に合わせた建築をつくる、あるいは建築によって町並みを復元する「コンクスチュアリズム(文脈主義)」と呼ばれる方法論として受け入れられた。二〇〇一年の再刊行時に『イタリア 都市と建築を読む』(講談社、二〇〇一)というタイトルで「読む」という側面が強調されたのは、わが国で文化財保護法改正による伝統的建造物保存地区の制定(一九七五)、都市計画法改正による「地区計画」制度の制定(一九八〇)年代以降の町並みブームの後で景観法が制定(二〇〇五)されようとしている矢先であった。 その後イタリアでは一九八〇年代入ると、一九六〇―七〇年代に試行錯誤された方法論が実を結び、社会全体が輝きを取り戻していく。そこで推進力になったのは「建築類型学」をもとに一見特徴や構造のないまちを「読み」、特徴や構造を見出し、新たな意味を与えていく「都市再生」という方法論である。 今、わが国では著者の体験したこのイタリア流都市再生の方法論が待望されている。一九九〇年代以後本格化した経済のグローバル化の進展により、大都市への資本の投下が進み発展する一方で空洞化が進んだ地方都市では二〇一〇年代に入り、民主党政権から安倍政権に戻って始まった「地方創生」の取り組みが本格化し、観光政策とともに一定の成果が出た。いま同書が『都市のルネッサンス イタリア社会の底力』(古小鳥舎、二〇二一)と題して再々刊行を迎えたことの意味は、以上のように都市と建築をめぐる日本とイタリアの展開を比較してみると見えてくるだろう。 岸田新内閣は「デジタル田園都市構想」を掲げる。モデルにしたであろう大平正芳の「田園都市国家構想」(一九七八)には、確かに田中角栄の『日本列島改造論』(一九七二)のあと、工業化の後を見据えて定住圏を作ろうとしたり、テクノポリス構想や「頭脳分散立地」など、地域を単位に新たな経済循環をつくろうとする点など、そのコンセプトはイタリアにおける「テリトーリオ」や「キロメトロ・ゼロ」の考え方に重なる点も多い。 都市を読み、再生の方法論を見出すうえで、陣内氏がイタリアで学んだのは建築を主役した「建築類型学」であった。アメリカでは公民権運動からの展開で弱者の包摂を含めた「コミュニティデザイン」が確立された。それらに対して、わが国の「底力」となる方法論は何か。再々刊行にあたり与えられた同書のタイトルは、読者にそう問いかけている。(ふじむら・りゅうじ=建築家・東京藝術大学准教授・RFA主宰)★じんない・ひでのぶ=法政大学特任教授・イタリア建築史・都市史。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。地中海学会会長、建築史学会会長、都市史学会会長を歴任。著書に『東京の空間人類学』(サントリー学芸賞) 『水都東京』など。一九四七年生。