書評キャンパス―大学生がススメる本―中井香帆奈 / 神戸松蔭女子学院大学文学部2年週刊読書人2021年1月8日号アンマーとぼくら著 者:有川浩出版社:講談社ISBN13:978-4-06-220154-4 価値観を変える本に出合いたい。旅行が出来ない時世なので、本で想像力を膨らませたいし、旅行の気分を味わいたい。これはそのような思いに答える本である。読めば、家族についての考え方が広がり、舞台となる沖縄を知ることが出来るだろう。 題名の「アンマー」は沖縄の方言で「お母さん」という意味である。主人公のリョウは実の母親を「お母さん」と呼び、新しい母親を「おかあさん」と呼ぶ。 リョウが5年生になる春休みに父親が突然リョウを沖縄に連れていき、再婚相手の「ハルコさん」を紹介する。実の「お母さん」が死んでまだ一年、北海道の家を売り、沖縄への移住を決めてしまう父。リョウが晴子さんにも沖縄にも、「アンチ」の思いを持つのは当然といえば当然だった。 本書では、「今」と子供時代の記憶が、混ざり合って記される。大人になったリョウはなぜか記憶が曖昧になっているが、久しぶりに沖縄を訪ね、休暇中のおかあさんと一緒に沖縄観光に出かける。 子供時代にも、写真家の父と観光ガイドの仕事をもつ晴子さんとリョウとで、沖縄観光に出かけている。いろいろな思い出が描かれるが、中でも家族でシーサーを作り、紅型を染める体験は、沖縄という土地柄と、家族団らんの両方が描かれ、この作品で大切なテーマ要素が詰め込まれていると思う。また父親が、道ばたのオジギソウを全て閉じていくという場面では、父親の子供のような性格がよく分かった。このことを「絨毯爆撃」と表現していたのが面白かった。 そして、リョウが晴子さんを初めて「おかあさん」と呼ぶ場面は、考え抜かれていながらとても自然で、晴子さんを母親と認めていることを伝えようとしている勇気が見えた。また、リョウが自分の名前が書かれた父親からの手紙を見て号泣する場面も印象的だった。そのときの様子から、父親へのこれまでの気持ちが、一気に爆発していることが伝わってきた。 本書では、大人になったリョウが記憶を回想するだけでなく、タイムスリップめいたことをする。そして、母親と息子が沖縄を回想しながら観光するという、平和な物語だと思っていたところ、クライマックスで一変した。観光という現実的な出来事と、タイムスリップという非現実的な出来事が上手く混ぜ合わされて、リアリティのあるファンタジーとなっている。「チンビン」「ポーポー」や「残波岬」「斎場御獄」など、沖縄の料理や場所の名前が出てくる。有名な食べ物や観光地も、知られていないようなものもでてくるので、沖縄に行ったことが無い人も行ったことがある人も、楽しめる。 ただリョウの視点から描かれているため、父や母たちについてはとてもよく描かれているのだが、リョウ自身の人間性を書いている部分が少なく、気になった。そして「リョウ」の本名は最後に明らかになる。 私はこれまで、母親に支えられていると感じることが多かった。この本を読んでから、父親も母親以上に自分を支えてくれていることに気づいた。家族の生活分まで働いてくれている父親に感謝したくなった。『アンマーとぼくら』は、沖縄の名所や名物を紹介しながら、家族の大切さを描き出す物語だ。ぜひ家族というものの温かさを感じてほしい。そして普段は見られない自分たちの家族の一面を捉えて、受け入れていけるといい。いつかは別れるときが来る母や父、兄弟との一瞬の思い出も大切にしていきたいと思う。★なかい・かほな=神戸松蔭女子学院大学文学部2年。現在行っていることは、日本の語学・文学・文化やメディアについての勉強です。