――人間の営みをより面白くみる視点を獲得する――江川純一 / 明治学院大学研究員・宗教学週刊読書人2020年8月14日号二〇世紀の神話学者のなかで、いまだに異彩を放っているのは、デュメジルとクロード・レヴィ=ストロースであるように評者には思われる。彼らにはある共通点が存在する。ともに、エミール・デュルケーム、マルセル・モース、アンリ・ユベール、マルセル・グラネといった『社会学年報』派の強い影響を受けていることである。①対象とそれを受容している社会との相関を考察すること、②対象全体に目を配り、部分は全体との関わりでのみ重要であるとすること、③その上で、対象を理解するための新しい方法・視点を案出しようと試みること。こうした『社会学年報』派の研究の特徴は、いずれもデュメジルとレヴィ=ストロースに受け継がれている。もちろん二人の神話学はまったく異なるのであるが、①~③における「対象」を「神話体系」に置き換えると、デュメジルとレヴィ=ストロースの神話学の特徴にもなる。 本書は、タイトルが示しているように、インドの叙事詩『マハーバーラタ』を、ジョルジュ・デュメジルの「三機能体系説」を用いつつ読み解いた書である。神聖性・主権性に関わる第一機能、戦闘性・力強さに関わる第二機能、生産性・豊穣性・平和に関わる第三機能、これら三つが絡み合うことで神話世界が構築されていることをデュメジルは指摘したが、本書はその発展的継承である。全体は「あらすじ」、「論考」、「小事典」の三部に分かれており、専門的知識を持たなくても読み進められるよう工夫が施されている。さらに、十三本が収められた第Ⅱ部の「論考」では、各論文の「おわりに」の部分、もしくは最終段落において結論が明確に述べられており、学術的に高度な内容ながら、読み易いものとなっている。 『マハーバーラタ』の構造や要素を他の神話体系と比較した第七章から第一三章までの七本は、どれも一読の価値がある。たとえば、日本の「花咲爺」に似た説話が各地に存在することはよく知られているが、第十章では、日本、中国、台湾、チベット、ルーマニア、インド、エジプトの説話が、「連続変身」というモチーフとその順序への着目から比較され、「その原型と思われる型」とその伝播の想定が提示されている。比較という作業は魅力的であるが、実はたいへん困難な営みである。共通点や類似点の指摘は到達点ではなく議論の出発点にすぎず、同じであること・似ていることの意味こそが問われなければならないためである。本書では、「インド=ヨーロッパ語族の共通神話に遡る古い神話が受け継がれているもの」、考え得る「伝播経路」、「似た状況のもとで別個に発生した同一の現象」といった形で、主題ごとに、それぞれ根拠が示されたうえで、しっかりと見解が述べられている。全体的視点を有した専門家ならではの考察である。 最後に、書きにくいことではあるが、やはり触れないわけにはいかないだろう。本書は実に丁寧に作られている。この内容でこの価格は見事である。版元にも拍手を送りたい。 本書を読み終わると、『マハーバーラタ』そのもの、そして、『デュメジル・コレクション1~4』(丸山静・前田耕作編、ちくま学芸文庫)を手に取りたくなる。特にデュメジルの問いに答えた、本書第Ⅱ部第五章の「ビーマはなぜ料理人に変装したのか」は『ユピテル・マルス・クイリヌス』へと誘う。 人文学の意義の一つは人間の営みをより面白くみるための視点の獲得にある。このことを改めて教えてくれる書物である。(えがわ・じゅんいち=明治学院大学研究員・宗教学)★おきた・みずほ=神話学者・比較神話・インド神話。神話学研究所を主宰。著書に『怖い女』『マハーバーラタ入門』など。一九七七年生。