――意識を変え、社会を変えるために――志賀信夫 / 批評家週刊読書人2021年8月6日号脱セクシュアル・ハラスメント宣言著 者:角田由紀子・伊藤和子(編著)出版社:かもがわ出版ISBN13:978-4-7803-1151-8 セクシュアル・ハラスメントという言葉は、伊藤詩織さんの事件や#Me Too運動で改めて注目されたが、一九八九年に生まれ、すでに三〇年以上経過している。本書は、専門家を中心にその法的問題を取り上げて、法整備とともに社会を変えようとするものだ。 八九年に初のセクシュアル・ハラスメント裁判を起こした弁護士の角田由紀子は、その歴史と構造を簡潔に示し、これは性差別、性暴力だと明言して、現実の「性的同意」と法的な「性的同意」の問題点を明らかにする。 国際法学者の申惠丰は、諸外国の法制度と、職場の暴力とハラスメント撤廃の「ILO一九〇号条約」を示す。国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長で弁護士の伊藤和子は、刑事法の視点で分析する。また、労働法とジェンダー法の専門家、朝倉むつ子は、「ILO一九〇号条約」の批准と国内法改正を求める。連合の井上久美枝は、労働現場のハラスメントを統計とともに分析する。そしてアクティビストの山本和奈、ライターの小川たまかは、若い世代の体験と声を伝える。 一方、広島大学ハラスメント相談室専門相談員で准教授の北仲千里は、大学のハラスメント問題を探る。この問題が注目されたのは、一九七三年、立教大学大場助教授の女子学生殺害・一家心中事件だ。それから二〇年で問題が顕在化したが、さらに三〇年たっても日本の対策は進まない。若い山本和奈の「三〇年後、同じ問題を抱えたくない」という声が耳に痛い。 男性執筆者が九人のうち二人なのも、男性の取組みの困難さを示している。職場のハラスメント研究所代表の金子雅臣は、その「男たちの意識をどう変えるか」を述べる。 金子は福田淳一事務次官のセクハラ発言と麻生大臣の擁護発言、高橋都彦狛江市長の発言を取り上げ、「L館事件」の地裁・高裁・最高裁の判決の違いを示しながら、「女性(被害者)が判断する」という結論に至る。さらに、苛立つ男たちや、なぜ男が理解しないのかを追及し、「セクハラは男性問題」になりつつあるとする。LGBT法連合会の神谷悠一は、性的志向・性自認へのハラスメントの問題を提示する。 最後に、編著者でもある伊藤和子が提言をまとめ、不同意性交等罪と地位関係性利用型性犯罪規定の創設、そして行為者・事業者の罰則規定などを求めている。 だが、例えばこの六月に伊藤詩織さんに敗訴した、元東大特任准教授大澤昇平は何ら反省を示さない。これは、角田の述べるように、日本がいまだ「おじさん支配の国」で、家父長制社会、それを背景にした軍国主義社会であったことと無縁ではない。現代の若者も無意識に継承している。 だからこそ、個別の問題提起と同時に、法制度改革によって着実に変化させていくべきだ。そのためには、本書の発言に注意深く耳を傾けて、資料に示された法律の文言をしっかり読み込む必要があるだろう。そうして、少しずつ意識を変え、社会を変えていく時なのだ。(しが・のぶお=批評家)★つのだ・ゆきこ=弁護士。東京・強姦救援センターの法律顧問。性暴力に関わる事案で被害者側代理人を務めてきた。一九八九年、初のセクシュアル・ハラスメント裁判を福岡地裁に起こした。★いとう・かずこ=弁護士。ミモザの森法律事務所代表、NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長、理事。日弁連両性の平等に関する委員会委員。