その生き方、「驚異の農法」の実践者たちを描く土屋敦 / 料理研究家週刊読書人2020年10月30日号マル農のひと著 者:金井真紀出版社:左右社ISBN13:978-4-86528-288-7http://sayusha.com/catalog/books/p9784865282887c0095 イラストレーター&文筆家の金井真紀さんは、「ちょっとヘンな市井の人たち」について書(描)かせたら日本で右に出る者がいない書き手だと思う。その金井さんが最新作で取り上げたのは道法正徳さん。金井さん曰く、「上司の言うことを聞かずミカンの声を聞いた。驚異の農法に開眼したひと」であり、その農法を広めるべく全国を飛び回る「農の伝道師」である。 では「驚異の農法」とはなにか。その基本は、作物の枝が上を向くように幹に縛ること、そして、果樹から垂直に勢いよく伸びる立ち枝を切らずに残す(通常の果樹剪定は、立ち枝を切り、横枝を伸ばす)ことだ。それによって作物は元気に大きく育ち、果実は甘くなる。肥料は必要なく、害虫や病気にやられにくいので農薬も少なくできる、というのである。 いいことずくめすぎてちょっと怪しく感じるが、ちゃんと理屈がある。植物は、新芽の先にオーキシンという植物ホルモンができ、それが樹内を下に移動し根の成長をうながす。一方、根の先端ではジベレリンが作られ、それが地上部に移動し、枝を伸ばし、葉を茂らす。ぎゅうぎゅうに縛って芽や枝先を真上に向ければ、重力で早くオーキシンが根まで降りてきて根が成長し、より多くのジベレリンが作られて枝葉もよく成長する、というわけだ。果樹の立ち枝を残すのも同じ理由である。 この道法流の「縛り法」が生まれたきっかけが面白い。農協の技術指導員だった道法さんは、先輩が発案した、果樹の苗木をふわっとゆるく縛るやり方を農家に指導していた。その中で一人だけ、吉田さんという人が、なぜか苗木の枝を幹にぎゅうぎゅうに縛り付け、いくら言っても直してくれない。しかも面倒くさがって苗木に肥料をやらなかった。 ところが、なぜか吉田さんの苗木は他の苗木を圧倒する勢いでぐんぐん成長した。そして、地域の農協苗木品評会で第一位、さらには広島果実連合会会長賞まで受賞したのである。 人の言うことを聞かず、自分のやりたいようにやる人というのは本当に貴重だ。しかし誰もその人を認めなければ、ただ変人扱いされるだけ。道法さんは、自分の指導を拒否した吉田さんを否定せず、目の前に起きていることを偏見なくしっかり受け止めた。イノベーションは、そういうときに起こる。 マニュアルより自分の目を信じた道法さんは、農協の技術指導に反旗を翻した。「上司の言うことを聞かずミカンの声を聞いた」のである。その結果は左遷に次ぐ左遷で、とうとう「組織を乱した」として総務部広報課へ異動させられ、現場から外されてしまう。 道法さんは、高邁なる信念に従ってストイックに生きる反骨の人といった感じではない。したたかで、下ネタ好きの愛すべきパンクなおっちゃんである。左遷後、実家のミカン畑で週末だけ農業にかかわるようになった道法さんは、肥料や農薬をまくような「面倒な作業」をせずに、いかに手抜きしていいミカンを作るか試行錯誤し続け、「楽して儲かる農業」を目標に無肥料栽培に磨きをかけた。そして、「驚異の農法」を引っ提げて、愛すべきキャラと下ネタを武器(?)に全国で講習会を行う「伝道師」となったのだ。 さて、本書の後半部は、道法さんの農法を実践する人たちのルポルタージュだ。長野に移住し、ゲル(モンゴル遊牧民の移動式住居)で暮らすリンゴ農家、親に隠れてこっそり道法さんのやり方を実践する農家の跡取り。科学の面から道法スタイルにアプローチする大学の准教授、東日本大震災後の福島で再生可能エネルギーによる電力とワインを作る元技術者……道法流の農法と出会った彼/彼女らが、それぞれの生き方を背負って、悩み、葛藤し、試行錯誤する姿を描く。読み進むほどに、偶然とも必然ともいえる人と人との縁の不思議さに感じ入り、ああ、どの人生も素晴らしいなぁ、とつぶやきたくなる。 最後に登場するのは、熊本県津奈木町役場で農業プロジェクトを推進する福田大作さん。津奈木はかつて水俣病の被害を受けた地域でもある。あえて詳細は書かないが、道法さんが関わる農地として、日本の環境運動や有機農業運動の象徴とも言える畑が登場したのには驚いた。私自身、こどものころ、この畑の甘夏ミカンを、その来歴を聞かされながら何度も味わってきたから、なおさらだ。 ああ、結局ここにつながっていたのか……。 その必然に納得し、感慨に浸った。あの甘夏の酸味と苦味が、舌の奥によみがえってきた。(取材協力:道法正徳ほか)(つちや・あつし=料理研究家)★かない・まき=イラストレーター・文筆家。著書に『世界はフムフムで満ちている』など。一九七四年生。