――持ち前の調査力やインタビュー術、手に汗握る展開が読みどころ――板坂真季 / ミャンマー在住ライター週刊読書人2021年2月5日号黒魔術がひそむ国 ミャンマー政治の舞台著 者:春日孝之出版社:河出書房新社ISBN13:978-4-309-24979-7 あれには、そんな意味があったのか。 本書はミャンマーが軍政から民政へと移管していく二〇〇〇年代初頭の数年間を、占いを軸に解き明かした一冊だ。著者は、毎日新聞アジア総局長も務めたジャーナリスト。ミャンマーで取材を重ねる過程で湧き上がった政治と占いとの根深い繫がりを、持ち前の調査力とインタビュー術で探っていく。 私自身はミャンマー在住八年目だが、前半は著者がミャンマーに駐在していた三年間と重なる。当時、政治にまつわる占いの噂はいろいろと耳にしていた。 ①「アウンサンスーチーがこの国を支配するだろう」と高名な占い師が予言した。 ②遷都は占い師が決めた。新首都の省庁の配置や道路の幅も占い師が決めた。 ③アウンサンスーチーは占いに興味がないらしい。いや、お抱え占い師がいる。 これらに対する「回答」を本書は示し、推理小説さながらのカタルシスある読了感さえ与えてくれる。 構成は、著者が政治への占いの関与に気づくきっかけとなった、秘匿された最高権力者の誕生日をテーマにした1章、アウンサンスーチー政権誕生にまつわる占いを突き詰める2章、二〇〇五年の遷都への占いの関与疑惑を描く3章、そして呪詛人形が証拠品とされたクーデター事件を調査する4章からなる。 個人的に惹かれたのは、3章が紹介する実例の数々。二〇一一年、テレビニュースは、政権のお歴々が女装して政府主催の晩餐会に出席する姿を映し出した。おそらく占い師が「次期政権は女性が取る」とでも託宣したため、当時の与党がアウンサンスーチーが政権を握るのを阻止しようと、全員が女装していったん〝女性政権〟を実現させるという厄除けを実施したのでは、と著者は推測している。 また、ミャンマーの数秘術が重視する数字のひとつ、11にまつわるエピソードも興味深い。遷都の際は11月11日に11の省庁が移転したと発表したり、その時の恩赦では9002(数秘術的には9+2で11と解釈)人の囚人を釈放したとされた。実際にその数だったかはささいな問題で、11として語ることにミャンマー社会が意味を見い出していること自体が重要なのだろう。 白眉は4章。失脚後も政権内に一定の勢力を維持していたネウィン元大統領がクーデターを企てたとして逮捕され、死刑判決を受けた。その際に証拠品として、当局は呪詛人形を押収。人形を使い、当時の最高権力者タンシュエを呪殺しようとしたとされたのだ。これはネウィンを排除したかったタンシュエ側の言いがかりなのか、ネウィンは本当にタンシュエを呪い殺そうとしたのか。著者は製造元を突き止め、身分を偽って取材を敢行。さらに同社のフランス人経営者と政治家たちとの怪しい関係を様々な文書を駆使してひも解いていき、ある仮説にたどり着く展開には胸が躍った。特に、関係者たちとの丁々発止のインタビューは手に汗握る読みどころとなっている。 ある社会の行動原理や文化の深層を解き明かすのに、何か一つのモノや事象を軸にして突き詰めていく手法は、文化人類学の王道だ。そこへ著者は、新聞記者らしい客観的な事実調査やインタビューを重ねて行く。しかし学術書や新聞と異なるのは、全体に散りばめた主観と憶測と感情の起伏だ。これにより、客観性を身上とする学術書や新聞記事にはない、政治家の生々しい息遣いやミャンマー文化がもつ深淵な様相を読者に伝えることに成功している。(いたさか・まき=ミャンマー在住ライター)★かすが・たかゆき=ジャーナリスト・元毎日新聞編集委員。著書に『アフガニスタンから世界を見る』『イランはこれからどうなるのか』など。一九六一年生。