――哲学・神話・聖書の複数の源流、長いスパンでとらえる――竹原創一 / 立教大学名誉教授・宗教学週刊読書人2020年12月4日号キリスト教思想史の諸時代Ⅰ ヨーロッパ精神の源流著 者:金子晴勇出版社:ヨベルISBN13:978-4-909871-27-5 ヨーロッパ思想史に関する数ある書物の中で、本書の特徴は、思想史を人間学と結びつけているところに認められる。人間学は「人間とは何か」を探求し、「自分を知る」ことを目ざす学問であり、ヨーロッパ思想史において豊かに展開した。その全貌を、長年このテーマに取り組み、著書『ルターの人間学』、『アウグスティヌスの人間学』、『エラスムスの人間学』、『ヨーロッパ人間学の歴史』など多くの成果を生み出してきた著者が、その総決算として本シリーズ『キリスト教思想史の諸時代』全七巻をとおして開示する。本書はその第一巻であり、キリスト教思想史の起点となるイエス・キリストの登場と新約聖書の成立を中心に、その前後の思想史の流れを丁寧に分かりやすく解説している。本書表紙の挿絵にラファエロ作「アテネの学堂」が用いられているように、ヨーロッパ精神の源流としてだれもがギリシア哲学を思い浮かべるが、本書において源流は一源泉から出た一本の流れではなく、複数の源泉からの複数の流れの出会いと統合によって形成されてきたヨーロッパ精神の根幹をなす大きな流れである。そこに著者は、「ギリシア・ローマの古典文化」と「キリスト教」と「ゲルマン民族」という三つの要素を、著名なヨーロッパ史家のドーソンとピレンヌの言葉を引用しつつ挙げている。その流れはギリシア哲学からそれに先立つギリシア神話やバビロン神話へ、また別の流れとしてキリスト教の母胎をなすヘブライ宗教へまで遡る。他方その流れは下って、中世ヨーロッパのキリスト教的統一世界へ至り、その後もさまざまな対立と統合を経ながら、現代のEUにまで及ぶ。このように著者は本書において「源流」を太古から現代までの長いスパンにおいてとらえている。 人間学には、ギリシア哲学に由来する、人間を「精神と身体」に二区分する人間学と、新約聖書(第一テサロニケ五章二三節)に由来する、人間を「霊、魂、身体」に三区分するキリスト教的人間学とがある。著者は、信仰者か無信仰者かにかかわらず、すべての人間に本性的に備わっているとみなされる「霊」の機能である「霊性」に着目して、ヨーロッパ思想史の中に霊性思想史を読み取ってきた(著書『キリスト教霊性思想史』、『霊性の証言』など)。それによってヨーロッパ霊性思想の本流はギリシア思想よりキリスト教思想であることを説いている。見たり感じたりしうる理性や感性で主に構成されている現代世界において、見えざる深い次元から自己と他者を受け取り直す霊性思想を顕現化すること、これが今なぜ「キリスト教思想史」を学ぶかの理由である。また著者は思想史の学びを、現在の困難な問題解決のためにいったん過去へ遡って、あらためて走り直し、飛躍する「助走路」に譬えている。 著者が米寿を越えてなおどのようにして、このように大きなシリーズ遂行のエネルギーを保っていらっしゃるのか不思議に思ってお尋ねした。著者は今なお早朝に起床し、ヨーロッパ精神の源流をなす諸原典(主にラテン語)を読み続けていらっしゃるとのこと、しかもそれを勤勉な努力というより、日々楽しみながら行っていらっしゃるとのことである。そこから並外れてすぐれた多くの著作と翻訳が生み出されてきていることがわかった。全七巻の完結を祈る。(たけはら・そういち=立教大学名誉教授・宗教学)★かねこ・はるお=聖学院大学名誉教授・岡山大学名誉教授・宗教学。著書に『人文学の学び方』など。一九三二年生。