――「ぶれの無さ」を実感する四編――若林踏 / 書評家週刊読書人2020年5月22日号(3340号)罪人の選択著 者:貴志祐介出版社:文藝春秋ISBN13:978-4-16-391182-3抗えぬ力に支配されそうになった時、人はいかなる行動に出るのか。貴志祐介はこのようなテーマに取り組み、人間の内奥にある美醜を描いてきた作家だ。本格デビュー前に書かれた短編から、二〇一〇年代以降に発表された中短編を収めた作品集『罪人の選択』を読めば、その「ぶれの無さ」がはっきりと分かるはずである。 表題作は犯した罪の清算のために、生死を賭けたデスゲームを強制される人間の話だ。終戦直後のある防空壕内で、磯部という男が友人の佐久間に猟銃で脅されながら、ある選択肢を突き付けられる。目の前にある一升瓶と缶詰、どちらかを選んで口にしろ、ただし一方には猛毒が入っている、と。磯部は戦時中、佐久間の妻を寝取っており、その罪を裁くために佐久間はこのような生死の選択を磯部に迫ったのだ。 極限状況下における思考パズルの趣向を備えた一編だが、面白いのは磯部の物語以外にも、時制の異なるパートを織り交ぜて展開する事である。このパートの存在がパズルをより複雑なものにすると同時に、運命を他人に弄ばれる事の恐怖を訴えかけてくる。小説の向こうから、悪魔の嘲笑が響き渡ってくるような感覚を味わうのだ。 「夜の記憶」は表題作と同様、カットバックの手法を効果的に用いた一編で、異形の姿を持つ「彼」と呼ばれる存在が海中を蠢くシーンと、浜辺のリゾート地で過ごす男女の場面が交互に描かれる。二つの光景にどんな意味があるのか、と思って読み進めると、途端に壮大で歪な世界が広がる仕掛けになっているのだ。 こうした歪んだ理を持ってしまった世界の話が本書には収められている。「呪文」は通称〝まほろば〟と呼ばれる惑星を舞台にしたSF短編だ。〝まほろば〟ではマガツ神という神の存在が信じられており、主人公の金城はその信仰が世界の破滅を招くような危険なものではないか、確かめにやってきた人物だ。進歩した文明と、神への信仰。水と油の存在を混ぜる事によって、理屈では解釈できない力に縛られてしまう人間を、皮肉な視点から見つめる作品である。ラストの壮絶な場面には、ただただ飲み込まれた、という思いだけが残る。 飲み込まれるだけではなく、世界に抗い続ける人間の姿を描いたのが掉尾を飾る中編「赤い雨」である。本編の世界では〝チミドロ〟という生物の胞子が地球上を覆い、人体に有害な赤い雨が降り注いでいる。主役である科学者の瑞樹は、雨を逃れる安全なドーム内にいながら、「ある目的」を遂行するために外の世界に出ようとする。 絶望的な世界でも、アイデンティティを賭けて戦う人間の猛々しさを描いた小説である。瑞樹の背景にはチミドロが生み出した社会の分断があり、彼女の行動にはその分断を超えて独力で運命を切り開こうという意思がある。例え希望のない世界だとしても、自身が背負ったものの為に、戦わねばならない時がある事を、この小説は力強く訴えかけるのだ。(わかばやし・ふみ=書評家) ★きし・ゆうすけ=作家。著書に『十三番目の人格 ISOLA』『黒い家』『硝子のハンマー』『ダークゾーン』『新世界より』『悪の教典』など。一九五九年生。