――エビデンスに基づきデジタル漬けの危険性を立証――斎藤貴男 / ジャーナリスト週刊読書人2021年10月15日号デジタル馬鹿著 者:ミシェル・デミュルジェ出版社:花伝社ISBN13:978-4-7634-0972-0 今春、全国の小中学生ほぼ全員に、1人1台のパソコンかタブレットが配布された。各学校の高速通信ネットワーク環境が整備され、自宅学習のオンライン化も進められていく。「GIGAスクール」の国策が動き出したのだ。政府によれば、教育も行政手続き同様にデジタル化が急務だという。平井卓也・前デジタル担当相に至っては、文部科学相に「教科書を原則デジタル化すべき」とまで提言してみせた。 愚かな。理由は本書『デジタル馬鹿』に書いてある。フランスの権威ある文学賞・フェミナ賞の2019年度特別賞を受賞。コロナ禍でデジタル化が加速した先進各国で翻訳が急がれている〝警世の書〟だ。〈ジャーナリストや政治家、メディアに登場する専門家の一部が、デジタル業界による噓のような作り話を何の批判もせず、そのまま垂れ流して平気でいられることには、ただ驚くばかりである。〉 認知神経科学を専攻し、フランス国立衛生医学研究所の所長も務めている著者には、目下の言論状況が許せない。なぜならデジタル・ネイティブが脳を進化させるなどという楽観論は完全に否定されている。人間の注意力はデジタル技術の発達とともにあった過去15年間で下がり続け、ついには「金魚以下」になったとは、カナダ・マイクロソフト社のマーケティング部門によって発表されたデータ。そう、デジタル漬けの子どもは「馬鹿」になるのだ。 本書の論拠は、メディアが黙殺して一般には隠蔽されてきた、世界中の膨大な研究成果だ。政府やグローバル資本の意志に従順でない議論は「エビデンスがない」と排斥される昨今の言論界にあって、本書はマスコミ的にはトンデモに見えても、実際には「デジタル馬鹿」を立証するエビデンスの塊だと言っていい。 スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツが、自分の子にはスマホを持たせなかったというエピソードは、なかなかに有名だ。デジタルの依存性は「ヘロインに匹敵する」と、子ども用の使用制限アプリを自分のスマホにインストールしたのは、フェイスブックの「いいね」機能を開発したジャスティン・ローゼンスタインだったりも。当人が公にした実話である。 もはやデジタルを逃れて生きる未来は望めない。とすればせめて、依存症にだけは陥らないための訓練を授けておくくらいしか、現代の親が子どもに残してやれることはないのではないか。 本書のラストに列挙された対策マニュアルは、実にシンプルだ。①6歳前の幼児にはスマホの「画面」を見せない、②6歳になっても1日30分~1時間以上は使わせない、③子ども部屋にデジタル機器を置かない、④不適切なコンテンツは不可、⑤朝の登校前には使わせない、⑥就寝前もダメ、⑦ながらスマホの禁止……。 大変な企てだ。しかし、と著者は断ずる。〈彼らの多くが大人になったとき、子ども時代の豊かな体験を通して、スポーツや思考、文化に自分を解放できることに、そして有害な「画面」のせいで精神的に不毛にならなかったことについて、あなたに感謝するだろう〉と。 教育分野までがデジタルに支配されると、どんな社会が現れるのか。本書には米国ペンシルヴァニア大学での実績が引かれた。「ムーク」(Massive Open Online Course =インターネットを介した講義)によるミクロ経済学を登録した学生は3万5819人もいたが、最後まで受講したのは2・5%、うち証明書を取得できたのは2・1%。ひと握りの上位者がすべてを分捕れる仕組みこそ正義と見なす新自由主義のイデオロギーにとって、デジタルはオールマイティのツールたり得る。〈私たちが現在の世界で子どもたちに約束している未来は、ますますオルダス・ハックスリーの『すばらしい新世界』で描かれるディストピアの亡霊に似てくるようだ〉――。 おぞまし過ぎる道行きではないか。デジタル信者は、本書の次にハックスリーへと読書を進めるべきだろう。(鳥取絹子訳)(さいとう・たかお=ジャーナリスト)★ミシェル・デミュルジェ=神経科学者。フランス国立学術センター、マサチューセッツ工科大学やカリフォルニア大学などで研究。著書に『テレビ・ロボトミー テレビの影響に関する科学的な真実』(未邦訳)など。一九六五年生