――「番台から眺めてきた、本と人との風景」――大西寿男 / 校正者・ぼっと舎代表週刊読書人2021年3月5日号古本屋の四季著 者:片岡喜彦出版社:皓星社ISBN13:978-4-7744-0725-8 ここに一冊の写真集がある。『造船の町と人びと』。神戸市兵庫区は造船の町だ。巨大なドックが建ち並び、かつては造船会社や関連工場で働く人があふれていた。その町のいまの姿を活写したのは、労働団体に長く勤めてきた片岡喜彦さん。働く男たち、女たちの厳しいまなざしや笑顔、お年寄りや子どもたちの何気ない日常が生き生きと切り取られている。 その後、定年退職した片岡さんは、二〇〇九年五月、同じ兵庫区の商店街の外れに小さな古書店を開いた。本好きが高じて「道楽」で始めたという「古書片岡」は、この春で一二年を迎える。 本書『古本屋の四季』は、書評誌『足跡』の連載を中心に、開店前からの日々を記したエッセイをまとめたもの。「番台から眺めてきた、本と人との風景」が、飾らない語り口で綴られていく。「夫が癌だとわかってから初めて声を出して笑いました」という初来店の女性。五味川純平の戦記物を買って「むつかしかった」とはにかむ中学生。本を求めにというより、おしゃべりに訪ねるご近所のお年寄りや障害のある若者。ソープランド帰りの男が買っていったのは、魯迅に関する本二冊。「小さな親切、大きなお世話」と自認する片岡さんは、しばらく姿を見かけないお客さんがいればやきもきし、入院すれば緊急連絡先を買って出たり、時には転居先を探してあげたり、ご近所のお子さんを預かったり。さまざまな本や人たちとの出会いが、過去を振り返るのではなく、現在進行形でゆるやかに流れていく。 豪華本の『佐藤忠良』を値引きしようとしたら、「一度つけた値に自信を持ちなさい」「安くしたらいかんよ。この本はこの店になくては」とかえってお客さんから諭されたこと。『近代日本思想大系 柳宗悦集』を何度も手に取り棚に返す学生さんに、「意を決して、本を手に番台に来られたら、黙って値引きしてあげるつもり」で、その日の来ることを楽しみに待っていること。 次第に充実し個性が表れてくる棚の風景とともに、私たちも小さな店内に居合わせているような気持ちになる。 本が売れたときより引き取るときの方がうれしくて、どんな本と出会えるかがいつも楽しみな片岡さんのところには、さまざまな人から(東京や北海道からも)蔵書の処分の相談や依頼が届く。本を整理する片岡さんは、ご本人や家族の方の本への愛情、本を手放す寂しさや「断腸の想い」を感じ、「本と心の整理」がなかなかつかない人にはいつまでも待つ。「ゴミとして捨てるのが忍びない」本も、できうるかぎり引き受ける。「やまだ書店」「ロードス書房」「トンカ書店」(現・花森書林)など、神戸界隈ではおなじみの古書店との交流も描かれ、時に売上金額や来客数まで赤裸々に語る本書はまた、古書店を自分で始めたい人への指南書ともなっている。 働き人の町で《本好きの 人・本・心 つなぐ店》をモットーに、やわらかい本から硬派の本までを並べる「古書片岡」(☎〇七八-三六一-八七六六)を、のんびり訪ねてみたい。現在、営業時間は一三時から一七時、お孫さんのお守りの関係で不定休だそうだ。(おおにし・としお=校正者・ぼっと舎代表)★かたおか・よしひこ=「古書片岡」店主。労働者運動の専従職を三五年間勤め、二〇〇九年に古本屋を開業。著書に『本のある風景』『造船の町と人びと』(いずれも非売品)など。一九四七年生。