連綿とつながる絵本作家たちの挑戦 西山雅子 / 編集者・月とコンパス代表週刊読書人2022年2月18日号 日本の絵本 100年100人100冊著 者:広松由希子出版社:玉川大学出版部ISBN13:978-4-472-12014-5 わが国で絵本といえば、半世紀以上、版を重ねるロングセラーが書店の棚で幅をきかせるなか、年間一〇〇〇冊ほどの新刊が出版されている。国内外の絵本事情に詳しい本書の著者、広松由希子氏によると、ほぼ自国の需要だけで初版三~五〇〇〇部もの新刊が売れる国は世界でも少なく、今や日本は絵本大国という。 本書は、そんな日本で大正から平成にいたる約一〇〇年間に出版された絵本から、代表的な画家・イラストレーター一〇〇人による一〇〇冊を選び、発表年順に紹介した絵本史である。絵本の視覚的側面に重きをおくのに画期的な大判の判型、ちょうど小学生向けの図鑑ほどの紙面にここぞという場面がオールカラー見開きで収められ、ページをめくるたびときめきが止まらない。目を虜にする見開き画像は縮小されてはいても絵の雰囲気をよく伝え、文字までしっかり読めるのが嬉しい。なによりこの作家にしてなぜこの一冊なのか冴えわたる選書にうなる。作家の本質を射抜く解説はどれも読み応え十分だ。 例えば、瀬川康男。累計七〇〇万部を突破した日本一のベストセラー絵本『いないいないばあ』(一九六七年、童心社)の画家として名高い。だが本書では、それより晩年、転機を迎えた頃の作品『ぼうし』(一九八三年、福音館書店)が収められている。線の一本一本にもこだわりぬき「苦行僧」とも称された瀬川とは思えぬほど「無造作に描かれ」「最短期間で楽しんで仕上げた」一作という。解説では人気作家の知られざる苦悩と再生への道のり、描かれたモチーフにこめられた世界観から、瀬川がその生涯をかけて追い求めたものは何かを読み説く。 大御所作家の隠れた名作では、安野光雅の『あけるな』(一九七六年、銀河社)も際立つ。『旅の絵本』(一九七七年、福音館書店)をはじめ自作の名著が数あるなか、文を谷川俊太郎が書いた共著が選ばれた。頑丈そうな木の扉に「あけるな」と書かれた表紙をあけたら最後、不思議な世界に迷い込む。ページをめくる読者の行為によって成立する読者参加型絵本のはしりだ。思えば安野のデビュー作は、エッシャーの影響が色濃いだまし絵による『ふしぎなえ』(一九六八年、福音館書店)であった。持ち味である写実絵のリアリティを駆使して読者にどんなトリックを仕掛けるのか、実験に満ちた本作はマイナーでも安野ならではと改めて気づかされる。解説では、こうした読者参加型絵本が二〇〇〇年以降、電子図書到来の反動で、紙の本の可能性を問う試みのなかで増えたことにも触れ「時代を三〇年ほど先取りした本書は、二十一世紀にこそ再読したい」と述べる。まさしく! 本書が教えてくれるのは、有名なロングセラーも知る人ぞ知る意欲作も、ひとりひとりの作家が自らの可能性にかけ果敢に挑んだ一作が、日本の絵本表現の枠を少しずつ拓いてきたことだ。巻末には一八七〇年から二〇二〇年までの日本と世界の絵本、出版に関わる動き、社会の動きをおさえた年表を収録。欧米の優れた絵本に学び、盛んに吸収し、発展した駆け出しの頃を経て、時代を映しつつ日本独自の絵本文化を創出してきた歩みが相対的に見渡せる。 この大著に収録された絵本のすべてが広松氏の本棚から選ばれていることも特筆したい。編集者、家庭文庫の主宰者、ちひろ美術館学芸員を経て評論家、作家として、絵本をさまざまな立場からとらえてきた。収録作には自身が子どもの頃に強く引き込まれた絵本や、わが子が食い入るように眺めた絵本も含まれている。幼な子の柔らかな感性をつかんだ秘密はどこにあるのか、時の精査を経て、今もなお本棚に残る個人的にも愛着の深い一作に「なぜ」という評論家の目が注がれる。言葉にしにくい感覚を伝えるのに長け、子どもから大人まで幅広い読者をもつ絵本だからこそ、重要な視点に思える。 広松氏が優れた絵本を語る時に使う「一生もの」という言葉に個人的に惹かれている。絵本にこの言葉を用いる人を私は他に知らない。本書もまた絵本をこよなく愛し、創造し、より豊かな文化的成熟を願う人々にとって、とっておきの「一生もの」になるに違いない。(にしやま・まさこ=編集者・月とコンパス代表)★ひろまつ・ゆきこ=絵本評論家。編集者、赤ちゃん文庫主宰、ちひろ美術館学芸部長などを経て、現在フリーランスで絵本の文、評論、翻訳、展示、展示企画などを手がける。一九六三年生。