――格差社会の再出現とともに注目される「現代の古典」を解説――小澤浩明 / 東洋大学社会学部教授・社会学週刊読書人2021年2月12日号ブルデュー『ディスタンクシオン』講義著 者:石井洋二郎出版社:藤原書店ISBN13:978-4-86578-290-5 来年、没後二〇年となるフランスの社会学者ピエール・ブルデューの著書『ディスタンクシオン』(一九七九年)が再び、注目されている。昨年末にはNHKの「100分で名著」にもとりあげられた(岸正彦『100分で名著 ブルデュー ディスタンクシオン』NHK出版)。一九九〇年に邦訳されすでに二〇刷を数える「現代の古典」ともいえる本書は刺激的でもあるが、難解でもある。そこで初学者の入門書としてお薦めなのが、翻訳者自身がわかりやい解説をする本書である。本書は『差異と欲望―ブルデュー『ディスタンクシオン』を読む』(一九九三年、藤原書店)に続く、著者の二冊目の解説書であるが、今回は本の流れに沿って、一章ずつ読み進めるという講義形式をとっており、より分かりやすくなっている。 卓越化、差別化を意味する『ディスタンクシオン』は、「趣味と階級」の関係を実証的に分析した研究書である。「正統的趣味」、「中間的趣味」、「大衆的趣味」という三つの趣味は支配階級、中流階級、庶民階級にそれぞれ社会階級に対応している。つまり趣味の選択はたんなる個人の選好の問題ではなく、それぞれの趣味の「場」における正統性を理解するだけの「文化資本」を所有しているか否かによって決定づけられているのだ。 しかも、趣味は社会空間における象徴闘争であるという。社会空間は文化資本・経済資本の総量である縦軸と両資本の異なる比率を示す横軸(左は文化資本が多く経済資本が少ない。右は経済資本が多く文化資本が少ない)によって描かれる。この空間の位置によって、行為者の知覚や行動原理であるハビトゥスが決定づけられ、卓越化するための象徴闘争が繰り広げられるのだ。著者は、この図式によって、大学教員がネクタイをしないのはなぜかを分析してみせる。ちなみに、犬派と猫派も同様に分析できるという。 では、『ディスタンクシオン』が再び注目されているのはなぜか。著者によれば、それは一九七〇年代後半に広まった「一億総中流」という幻想が解体し、再び格差社会が出現したからだと診断する。それが趣味を切り口に「階層化メカニズム」を分析した本書が注目されるゆえんだと述べている。 さらに、著者はブルデューの「怒りの才能」への強い共感を表明する。かつて著者の大学院ゼミに参加させていただいた評者としては、「先生がこのようなことを書くのか」という驚きとともに大きな共感を抱いた。ブルデューは晩年、ネオ・リベラリズム批判に研究的にも運動的にも尽力したが、その行動は「上からの啓蒙」としてフランスでは批判を浴びたという。でも構わないではないか。鎮火を仕事とする消防士のように、社会に問題があれば発言する(「向かい火」を放つ)のが、知識人の役目なのだから。権力者は思い通りの発言をしない知識人に苛立つ。その象徴が日本学術会議任命拒否問題だ。権力者の耳に痛いことを発言し続けたブルデューへの著者の共感に評者も深く共感する次第である。(おざわ・ひろあき=東洋大学社会学部教授・社会学:Twitter@ozapan)★いしい・ようじろう=東京大学名誉教授・地域文化研究・フランス文学。著書に『パリ―都市の記憶を探る』『身体小説論―漱石・谷崎・太宰』『文学の思考―サント=ブーヴからブルデューまで』。一九五一年生。