――漫画家から「資産家」への変身過程を綴る――山本貴光 / ゲーム作家・文筆家週刊読書人2021年3月19日号電子と暮らし著 者:西島大介出版社:双子のライオン堂ISBN13:978-4-910144-03-0 薄桃色のラヴリーな装幀に、本を手にした愛らしいキャラのイラスト、そして「電子と暮らし」とくれば、ネット時代の小粋な暮らしについて、ライフハックなんかも書かれたエッセイ集かしら、と思う向きがあっても無理はない。他方で著者のお名前に心当たりがある人なら、きっとなにかワクワクする内容に違いない、と期待に胸が膨らむだろう。だってなにしろ西島大介さんは、『凹村戦争』(二〇〇四)で漫画家として私たちの前に現れて以来、『世界の終わりの魔法使い』、『ディエンビエンフー』をはじめとする漫画で、SFと魔法と現実と虚構と生と死と絶望と希望と出会いと別れが綯い交ぜになった、他ではちょっと見たことのない世界を垣間見させてくれる人だから。 この本は、そんな西島さんが、イタリアから届いた一通のメールをきっかけに、漫画家から「資産家」へと変身してゆく過程を綴った日記式エッセイである。急いで付け加えておくと、彼の漫画を一ページたりとも読んだことがなくても楽しめる。 問題のメールは、イタリアの編集者からで、『ディエンビエンフー』のイタリア版を出したいのだけれど、誰に許可を取ればよいかと問い合わせるものだった。商業出版の世界では、こうした著作権その他の処理は、出版社が行ってくれる。西島さんは、連載を手がけていない時期だったこともあって、自分で対応することにした。無事契約は成立。前払い金も振り込まれる。すでにある作品がお金になった。おお、作品は資産なんだ!と、西島さんは可能性に気づく。それなら電子書籍はどうだろう。 作品を自分で電子書籍にする。言葉でいうと簡単そう。でも実際には、たくさんのステップがある。原稿をつくる、整理する、法律的な手続きをする、校閲する、デザインする、データをつくる、価格を決める、流通させる、広告する、エトセトラエトセトラ。出版社はこれを分業でやっている。だから漫画家は最初の原稿づくりに集中できる。自分で電子化する場合、全部自分でやるか誰かに依頼する必要がある。漫画家でありながら、自ずと出版社のような働きになる。そう、電子出版の道は、分業から統業(そんな言葉があるか知らないけれど)への道、私的な創作物を世界へとつなぐための橋を架ける一大プロジェクトなのである。しかもお子さんの学費の捻出や生活もかかっている! と書けば、なにやら悲壮感も漂ってきそうなところ、西島さんの文章はあくまで明快で軽快。漫画や出版をめぐるあれこれのややこしくて面倒で必ずしも楽観できない状況を解説したり検討したりしながら、西島さんはそのつど「それならこんな可能性もあるぞ!」「こうしたらどうだろう」と楽しむように問題の山をかき分けながら進んでゆく。私の脳裡では、『ディエンビエンフー』で、ベトナム戦争の最悪の現場に放り込まれながらもほわほわと生き延び続ける主人公ヒカル・ミナミの姿が重なる。ヤケクソなのかポジティヴなのか分からない、絶望を越えた明るさとでも言うのだろうか。 気になる「資産運用」の結果はどうだったか。電子書籍への道は、地獄巡りか天国への扉か。その目でどうぞご覧あれ。(やまもと・たかみつ=ゲーム作家・文筆家)★にしじま・だいすけ=漫画家・音楽家(DJまほうつかい名義で活動)。著書に『凹村戦争』『すべてがちょっとずつ優しい世界』『くらやみ村のこどもたち』『世界の終わりのいずこねこ』など。一九七四年生。