――マクロ経済学的観点から分析、緊縮主義との決別を説く――伊藤俊幸 / 金沢工業大学虎ノ門大学院教授・元海将・組織論・安全保障論週刊読書人2021年6月18日号脱GHQ史観の経済学著 者:田中秀臣出版社:PHP研究所ISBN13:978-4-569-84843-3 著者は、戦後のGHQによる日本占領統治をマクロ経済学的観点から読み解き、それは現在の日本の政策全般にも多大な影響を及ぼしていると述べる。特に今日まで続く増税をはじめとする「緊縮財政策」の起源は、GHQが掲げた緊縮主義に日本の緊縮主義者が相乗りしておこなった戦後統治にあると結論づけている。 また、「GHQの「経済民主化」――財閥解体、労働の民主化、農地改革など――のおかげで自由経済の余地を拡大し、さらに傾斜生産方式により経済復興の足掛かりを得た」とする教科書的な占領期の経済政策は、「全て戦争の原因になった大資本の解体による日本の経済力の弱体化が目的であった」とこれまでの解釈を否定する。その上で、「リフレ主義(デフレを脱却して低インフレ状態で経済を活性化する政策)や、「小国主義」を安全保障の観点から採用するものだった」として、戦前戦後におけるリフレ派のパイオニアである石橋湛山を登場させるのだ。 リフレ派の論客である著者は、今日の新型コロナ危機における大型の財政支出に対し、「財政規律は大丈夫なのか」「国民の借金が増加する」といった「悲観論」がマスコミで喧伝されているのに対し、メディアを通じ活発に発言している。「日本の場合は、現在の日本銀行の金融緩和姿勢が採用されているため、経済が回復するまで国債金利は低位安定するだろう。むしろ問題は、経済回復の途上で、実際に増税して経済を後退させるリスクである。先日、(私は)経世済民政策研究会の顧問として長島昭久、細野豪志両議員と共に、西村康稔経済再生担当相に政策提言を提出した。その中には、まず菅義偉政権は在任中に「コロナ増税」をすべきではない、という主張を中核にいれた。その趣旨は緊縮主義という「危険な思想」との決別である」と述べている。 本書では、経済政策に加えて憲法改正問題、中国・韓国との関係、学術会議・あいちトリエンナーレ問題といった、いま話題になっているトピックスについても、この占領期における経済思想――GHQの経済政策思想とそれに親和的な日本の専門家たち――による「影」を感じる、として論じている。 かつて竹中平蔵、中川秀直両氏に代表されるリフレ派が「上げ潮派」と呼ばれていた時代からの一〇年以上にわたった財政再建派(与謝野馨、谷垣禎一両氏)との政界における政策論争は、民主党政権になるとリフレ派を代表する有力議員が存在せず、財務省が主導する増税の三党合意がなされた。そしてアベノミクスにより黒田日銀総裁が登場したことで、一定の決着がついた今、政界における経済政策議論は低調だ。どちらの経済政策を支持するかはともかく、二〇二一年四月の日米首脳会談において、「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有した」と共同宣言し、日本はアメリカ側につくと旗幟を鮮明にした。中国への対応について「ルビコン川を渡った」今こそ、日本人は一読すべき一冊である。(いとう・としゆき=金沢工業大学虎ノ門大学院教授・元海将・組織論・安全保障論)★たなか・ひでとみ=上武大学教授・日本経済思想史・日本経済論。著書に『経済論戦の読み方』『デフレ不況 日本銀行の大罪』、共著に『日本経済再起動』など。一九六一年生。