――真っ当な世の中を獲得するための入門書――斎藤貴男 / ジャーナリスト週刊読書人2021年3月12日号レイシズムとは何か著 者:梁英聖出版社:筑摩書房ISBN13:978-4-480-07353-2 日本のレイシズム現象は今、戦後最悪の状況にある――。 昔のほうがマシだった、という意味ではまったくない。ただ、現代のレイシズムは過去にはなかった二一世紀的特質を備えている。 思想性などとは無縁の〝普通の人々〟による、遊び半分の差別煽動回路の台頭と、暴力の組織化、これを利用する政治の定着。かくて猖獗を極める日本型極右に、このままでは民主主義も社会そのものも乗っ取られてしまうと、梁英聖は断じた。 本書『レイシズムとは何か』の著者である梁は、大学の博士課程で学ぶ研究者の卵にして、「反レイシズム情報センター(ARIC)」の代表だ。本書執筆の動機が卑劣な在日コリアン差別への憤りであることは疑いようもないが、その深刻さや歴史を改めて論じることはしていない。これらを語る以前の段階で、誰もが取り組める課題を明確にすることに集中したという。 日本にレイシズムは存在しないとの珍説が罷り通って久しい。朝鮮人やアイヌ、沖縄県民に対する差別は同じ黄色人種が対象で、欧米の黒人差別とは異なる民族差別なのだから、レイシズムではないのだという理屈だとか。 論外だ。それら日本の差別(部落差別等も含めて)のどれもがレイシズムだと、国連人種差別撤廃委員会に認定され、政府は幾度も包括的差別禁止法を制定するよう勧告されている。遺伝的な意味で人類をカテゴライズし得る〝人種〟など存在しないというのが現代生物学の定説で、もはやレイシズムは、古い概念上の〝人種〟間の差別のみを指す用語ではないのである。 もちろんレイシズムは世界中にある。優生思想の蔓延やナチズム、ファシズム等々の悲惨を形成した歴史、また現代の欧米社会における現実も周知の通りだが、それでも第二次世界大戦後の世界が、少しずつではあっても「反レイシズム」のメカニズムを可視化して、一定の歯止めを創ってきた事実は動かない。 米国の反共戦略に追随するだけで、戦争責任に頬かむりした日本にはそうした努力が皆無だったと、著者は喝破する。それどころか、たとえば一九五二年に施行された入国管理法制で、旧植民地出身者に対する独特のレイシズム体制を整えてさえいる、と。 かくて今日、差別を国是とするかのような醜悪な社会が現出した。沖縄県民を「土人」と呼ぶ警察官。ネトウヨに媚びを売り、否、自らがネトウヨに成り下がって恥じない国会議員たち。チェック機能たるべきマスコミがまた、それらをむしろ増幅させていく。 著者の主張は、したがって一刻も早く日本にも「反レイシズム」の仕組みを構築することだ。具体的には、①差別する〝自由〟の規制、②〝人種〟の否定、③差別扇動と極右の違法化、④国家による差別扇動への対抗、といった「反差別ブレーキ」の確立が急務とする。その上で、癒着しきったレイシズムとナショナリズムを断ち切れたら素晴らしい。 とてつもない難事業ではある。しかもレイシズムは、資本主義、いわんやそのハイパー版としての新自由主義とすこぶる相性がよいという。経済的利益および効率を絶対の価値観とするイデオロギーは、対抗軸たる「平等」の定義すら歪めてしまったからだ。 だが、米国のBLM(ブラック・ライブス・マター)運動は、すでにその先にある未来を目指して行動している。私たちも彼らに学び、今度こそ、真っ当な世の中を獲得しよう。そう確信させてくれる入門書である。(さいとう・たかお=ジャーナリスト)★リャン・ヨンソン=一橋大学大学院言語社会研究科博士後期課程在籍・レイシズム研究。NGO「反レイシズム情報センター(ARIC)」代表。著書に『日本型ヘイトスピーチとは何か』。一九八二年生。